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弟を捕獲しました

郊外研修から戻ってしばらくの後。

私はテルフォード領へ一時的に戻ることにした。


アリアナ様の処分がひと段落したと思ったら、またフレデリック様が「やはりもっと厳しい処罰をしなくては示しがつかないのでは」と言い出したからだ。


彼はテルフォード家のタウンハウスにまで訪れてまで、そう主張してきた。フレデリック様は国を背負う立場であり、私の願う処分は甘いこともわかっているけれど、今さら厳罰に処するなんて……!


お父様が外務大臣の仕事で隣国に行っている今なら、私を丸め込めるとでも思ったのか。厳罰にしたら私がいつまで経っても事件のことを忘れられないって言ってるのに!

クレちゃんは呆れて「もういっそ呪いの矢でも射る?」と言い出した。「それはさすがに時期尚早だ」と真顔で言ったサレオスは、いつかはやってもいいと思っているのかしら。


悩んだ結果、私は「希望が聞き届けられないなら、ショックで療養します!」と言ってとりあえず学園を休むという強硬手段に出た。


療養しますと宣言してから休むって……。自分でも無理があるなと思わなくもないが、とにかく学園を休んでテルフォード領に戻ることにした。


被害者の意見を聞いてくださいフレデリック様!


「え、なになに、マリーったらうちに帰るの!?私も行きたい!」


シーナがものすごく興奮してついてきたがったので、一緒に馬に乗って帰ることになった。なんでも、私の弟のレヴィンを見てみたいんだとか。


「レヴィンって顔は可愛いけど、生意気で性格キツイよ?いいの?」


「もちろんよ!年下属性は生意気であってこそ萌えるわ!楽しみ!」


シーナがはりきっている!


生意気な弟なんてそんなにいいもんじゃないのに……。シーナはひとりっ子だから兄弟が欲しかったのかしら?



ちなみに学園を休んでいいのかというと、休んでいいのだ。出席日数は半分以上が進級ラインで、あとは試験に受かればいいというなんとも緩いルールだからね。



さっそくみんなにしばしのお別れを告げ、シーナとエリーと3人でテルフォード領へと向かった。


「それじゃ、いってきま~す!」


「気を付けて」


あぁっ、濃紺の瞳が今日も澄んでいるわ。サレオスは早朝にもかかわらず、お見送りをしてくれた。馬に跨る私は、なるべく明るく振舞った。


じっと目を見ていたら、手綱を握る私の左手にそっと触れられた。小指をスルッと撫でるという謎のお別れをされ、ドキッとする。


どうしよう、出発前にキュン殺しされる!

なんで今日に限ってそんな子犬みたいなかわいい表情をしているの!?早朝だからお腹空いたの?連れて帰りたくなるじゃない!


すぐに馬から飛び降りで抱きつきたい衝動に駆られたけれど、チリほどしかない理性でぎりぎり踏みとどまった!


大好きなサレオスと離れるのはさみしいけれど、私だってただサボりに帰るわけじゃない。


レヴィンが部屋にこもってるってエレーナが心配していたから、様子見をするという目的があるのだ!


それに、私がフレデリック様の婚約者候補という噂だって、この突然のお休みで私の病弱設定が浮上してくれたら消えていくはず。王太子妃は健康第一だしね!


なんて計算高いのマリー!クレちゃんにも褒められちゃった!私、だんだん悪女になっていっています!


出発するとき、サレオスに抱きついてぐりぐりしたかったけれど、そんな大胆なことができるはずもなく普通に笑ってバイバイした。


あの夜「忘れさせてほしい」と言ってしまった自責の念がまだ残っていたため、そんなにいつもは甘えられない。


私にだって、羞恥心というものはあったようだ。我ながら意外だった……




うちへの道のりは、1日半ほど。馬車だと途中の宿で2泊するんだけれど、今回は馬で走るので、馬車よりは随分早く帰れる。


シーナはエリーが乗せてくれているので、私はひとりでのんびり。


はぁ・・・誰かの二人乗りを見るたびに、「私もサレオスと一緒に」と思ってしまう。これはもう私の悲願になりそうだわ。


シーナのピンクがかった茶色の髪が、風にふわふわとなびいていて美しい。私はそれを眺めながら、馬に揺られて草原を進んだ。



領地に戻った私は、自分の部屋に戻るよりも先にレヴィンの確保に向かった。出迎えてくれたエレーナによれば、食事はメイドが持って行っているから問題ないけれど、とにかく部屋から出てこないらしい。


夏休みに祖父の家に遊びに行って、ファイヤードラゴンのウロコや牙をゲットしてきてからずっと何かを作っているそうで、エレーナも使用人もほとんどレヴィンの姿を見ていないのだそうだ。


夏休みは子供らしく海で泳いでるとばかり思ってたのに……お祖父様、何やらせてるの!?


「何でファイヤードラゴンなんて狩りに行ったのよ……」


「自由研究ですわ!ビート先生からの課題です。」


エレーナが自信満々に言う。え、あなたも行ったの?わたしの周りは自由な人ばかりね!


ビート先生はかつて私にも歴史や地理、社会学など色々教えてくれた赤髪の先生だ。あの紳士先生も、まさか自由研究を出してドラゴン狩りに行く子がいるとは予想していまい……




3階にあるレヴィンの部屋の前につくと、私はドアの真ん中にある金具を何度も叩きつけて来訪を知らせた。これだけ叩きまくれば、私が帰ってきたのだと気づくはず。


シーナがびっくりしていたけれど、姉として弟をここから出さねばならないのよ!


――カンカンカンカンカン!!!


連打していると、中からドタバタと人の足音が聞こえてきた。バタンと大きな音を立てて扉が開くと、そこには作業着にゴーグルという姿のレヴィンがいた。


「うるさい!姉上!」


レヴィンはシャツ風の前開きタイプのつなぎを着ていて、全身黒ずくめである。そして頭には透明な楕円形のゴーグルを乗せていて、今まさに作業を中断したという感じだった。


「レヴィン!何やっているのあなた!エレーナやみんなが心配しているわよ!?」


私は弟を見るなり、怒りの声を浴びせた。でもレヴィンはまったく聞く耳持たずといった感じで、お父様そっくりの藍色の髪をかきあげる。


背は私より少し高いくらいのチビ属性なのに、その姿は何から何までお父様似でものすごい美少年だ。ゴーグルのベルトの隙間からぴよっと跳ねている髪すらもおしゃれに見えるのはなぜだ!?



「きゃぁぁぁ!ショタから美青年に変わる過渡期だわっ!」


レヴィンを見たシーナがあまりの萌えに絶叫している。エレーナが「シーナ様どうなさったの!?」と本気で心配しているので、これは心配いらないと言っておいた。


「はあっ……!レヴィン推しの子たちにも見せてあげたかった……!」


えええ!?どういうこと!?シーナ、まさかうちの弟もゲームのキャラだったの?だから見たいって、わざわざ会いに来たのね!?


あれ?でもレヴィンは2つ下だから学園では合わないはずだけれど……。私は目の前のレヴィンをそっちのけで首を傾げた。



「一体何しに帰ってきたんだよ姉上。せっかく学園の寮に入って顔を見ずにすんでるのに」


うわー、何このかわいくない弟!ほんの少し背が高いだけなのに、尊大な態度で反り返って見下ろしてくるのが腹立たしい!


偉そうに見下ろしてるけど、160cmも152cmもほぼ同じだからね!私は同じと思ってるからね!?



「何しにって、レヴィンがちゃんとした生活を送っていれば私だって帰って来ずに済んだのよ!こっちのセリフよ、一体何をやっていたの!?」


私が詰め寄ると、やれやれといった表情で部屋の中に入っていくレヴィン。もちろん私たちはすぐにその後を追う。


「これだよ。これを作ったんだ。」


弟が肩に担いでみせたのは、1メートルくらいの真っ黒な円筒だった。トリガーのようなものまでついていて、もう嫌な予感しかしない。


「レ、レヴィン、これって」


「見たらわかるでしょ?魔力バズーカだよ」


え?なんで当然って感じで言ってるの?


あなた14歳よね!?どういうこと!?


オロオロする私を放置し、レヴィンはその魔力バズーカを白い布で磨き上げていく。


「あぁ~、やっとできた~」


なんか嬉しそうに頬ずりまでして気持ち悪い。


彼の説明によれば、これまでは発砲の衝撃に耐えられる素材がなかったのだが、ファイヤードラゴンの牙を使うことでばっちり本体の耐久性が上がったらしい。


それでずっと部屋に籠って、この魔力バズーカの完成を目指していたんだそうな。


え、もうお姉ちゃんついていけないよ!あなたこの間までキャンプ用具を作っていたじゃないの!それがなんでバズーカになったの!?


「夏休みに急激に背が伸びちゃったー」とかいうレベルの変化じゃないよ!なにやってんの?がんばる方向性がおかしい。


エレーナはというと、「あの牙がこうなったんですね~」と呑気にバズーカを観察している。


ってゆーかこの部屋、なんか生臭い。部屋の中を見渡すと、サイのような巨大な頭蓋骨とかスライムが入った瓶とかがいっぱいある。いつの間にか弟が別の世界に行ってしまったように思えた。



「ええ~っと、私も入っていいのかな?」


扉の向こうから、ちらっと顔だけ出すシーナ。私は彼女に近づき、レヴィンが魔力バズーカを作っていたことを説明した。


「えええ……さすが天才ね。やることがおかしわ!」



手をパチパチと叩いて、何やら感動している。いやいやいや、もっと他に頭を使うことあるよね。14歳ががんばるべきことってバズーカづくりじゃないよね!?


「天才って……。あ!そういえばレヴィンってゲームのキャラなの?2つ下だから、ヒロインと同じ時期に入学しないはずだけど?」


「ああ、飛び級よ、飛び級!」


「ええ!?レヴィンが飛び級?ってことは、来年の春に入学してくるってこと!?」


私は目を見開いて、シーナに尋ねた。にこっと笑って肯定した彼女は、私のそばから身を乗り出してレヴィンを見た。半信半疑の私は、すぐにそれを弟に確認する。



「ねぇ、レヴィン。あなた飛び級するの?来春、学園に入学するの?」


魔力バズーカを丁寧に作業台の上に置いたレヴィンは、うっとうしそうな顔で私の方を見る。


「はぁ?何言ってんだよ。飛び級なんてするわけないじゃん!来年ってことは2年に姉上いるんでしょ?やだよ、姉上がいると騒がしいから」


おふっ!なんということ!私が弟の進学の邪魔になっている!?そんなにイヤ?そんなに私と一緒に通うのがイヤなの!?地味にショックだわ!


「学園なんて年取れば自動的に入れるんだから、俺はあと1年しっかりこもって魔法道具の研究がしたいの!」


なんだその「しっかりこもって」って……。こもるな、出ろ!



「だいたいっ!なんで武器つくってるのよ!どこに攻め込むつもり!攻められる予定でもあるの!?」


「はぁ!?もとはといえば姉上のせいだろ!姉上が昔から変態とかロリコンとか手当たり次第に釣ってくるから、俺も母上もがんばって武器つくってるんじゃないか。」



なにそれ!?初めて聞いた。私は衝撃で一歩後退した。なんか膝から崩れそうだわ。


「私のためなの!?」


「うーん、まぁ9:1だね。趣味が9」


「少なっ!私の分、少なっ!!」



見た目はお父様にそっくりなのに、中身は完全にお母様だ。このままでは破壊神と呼ばれるようになってしまうのではないだろうか。これは本当に心配だ!



「あらー。ゲームの設定では、姉を嫌っていて、早く出世して認められたいっていうキャラなんだけれど、だいぶ違うわね。マリーとも仲良さそうじゃない」


え、シーナ。これの何を見て仲良さそうと思ったの?


少なくとも、同時期に学園に通いたくないってくらいには嫌われているわよ!?


私の視線を感じたシーナは、あははと笑った。


「こんなの嫌われてるうちに入んないわよ。思春期にありがちな反抗期ってやつでしょ?」


えええ、反抗期だからってバズーカつくっちゃダメでしょ!?


「私なんて、前世で弟に電話したら『おかけになった電話番号は……』って機械の声が流れたわよ。」


はい、ごめんなさい。それと比べたらマシかもしれません!


「だいたい、マリーが来たらすぐ出てきたじゃない。好かれてるわ」


う~ん。そうなのかしら……?



「姉上、さっきから誰としゃべって……」


レヴィンがようやくシーナの存在に気づいたようで、茶色い目を大きく見開いている。


まさか私に友達がいるとは思っていなかったのだろう……!

姉をみくびるなよレヴィン!



「あ、はじめまして!シーナ・マレットと言います。マリーのクラスメイトです!」


「……」


レヴィンは挨拶もせずに、茫然と立ち尽くしていた。エレーナが「ねぇねぇ」と話しかけるが、まったく反応がない。


「レヴィン?どうしたの?」


魔力バズーカの開発で精魂尽きたか!?私は動揺し、レヴィンの身体をおもいきり揺さぶってみた。


「……はっ!?天使がいた!」


「は!?」


「俺、飛び級する!来年進学する!シーナさんと同じ学園に通う!」


あわわわわわ!どうしよう!レヴィンがシーナにひとめ惚れした!エレーナは呆れた顔でレヴィンを見つめ、おもいっきり顔を歪ませている。まぁ、気持ちはわからんでもない。


シーナは驚きのあまり、私と顔を見合わせて絶句した。あれほど私がいるからイヤだと言っていたのに……。恋とは誠に恐ろしきものですお母様……


その後、ものすごく素直になったレヴィンに対し、シーナはずっとはしゃいでいた。


「童顔、生意気系男子!うわ~!完成度高いっ!きれい!」


「シーナさん、童顔っていうのはちょっと……」


「ねぇ、お願い。『俺を懐柔するつもり?できるもんならやってごらんよ』って言って!」


「えええ……!?」


これは完全に弟の一方通行だな~。シーナにはジニー先生がいるし……。私はふたりのやりとりを複雑な気持ちで見つめていた。

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