恋愛ハードモードは続く
寮に戻ると、すでに学園から連絡を受けていたエリーとリサが二人揃って出迎えてくれた。
リサは「マリー様にもしもの事があればっ……! リサは天にお供いたしますから」と涙ながらに訴える。令嬢らしからぬ「ぐえっ」という声が出るほど強く抱きつかれて、リサを落ち着かせるのにしばらくの時間を要したほどだ。気持ちが重い、重いよリサ!
お父様とお母様も寮の部屋で待っていて、奇跡の生還を果たしたくらいの感動……というかタウンハウスの方で生還パーティーなるものが行われてびっくりした。
派手なドレスを着て、頭に羽根のついたにぎやかな帽子を被ったお母様を見て私は唖然とする。
「傷ついた娘をひっそり休ませてあげようとか、そっと見守ろうとかそういうのはないのですか?」
私が尋ねると、まるでこっちがおかしなことを言っているような反応が返ってきた。
「マリーちゃんたら、そんなありきたりなことして忘れられると思ってるの? 素人ね」
素人って何!? 殺されかかるプロとかいるのって突っ込もうとしたら、パーティーに呼ばれてしまってちょっと引いているサレオスの姿が目に入った。あ、いた。この人プロだった。
「細かいことは気にせず、楽しく過ごしたらいいのよ! やりたいことやったもん勝ちなんだから」
お母様はおかしいけれど、どこまでも明るかった。
「生きていないと楽しめないわ。恋もできないんだから、ね、マリーちゃん」
シャンデリアやランプが煌めくホールには、陽気な音楽が流れていてみんな楽しそう。
クレちゃんはシーナと楽しそうにおしゃべりしているし、アイちゃんとジュールはもぐもぐやってるし、それを見ているといつもの平和な空気が戻ってきたんだとほっとする。「あれ、パーティーやってよかったんじゃない?」という気分になってくるから不思議だわ。
私はここでもサレオスの隣にしれっと座り、デザートのケーキを食べる。ブルーベリーのタルトやアプリコットとグーズベリーのパイなどをお皿に盛り、一人バイキングのようになっている。
「そんなに甘いものが好きなのか?」
うぐっ……! この距離でたまにしか見せない笑顔は破壊力がすごすぎるっ!
もはや存在が尊い。「甘いものよりあなたの方が百倍好きです」と心の中で呟く。あぁ、このまま一緒にいたら、私のこと好きになってくれるかしら?
広いソファーの真ん中に二人きり、肩が触れるほどの妙に近い距離感につい頬が緩む。しまった、食べてる場合じゃない。彼の横顔を満喫しなければ。恋人同士のような甘い空気はまったくないけれど、そこは妄想力でカバーしてみせましょう!
優雅にグラスを傾ける彼の横顔をじっと見つめてしまう。
「どうした?」
視線に気づいたサレオスは穏やかな雰囲気で口角を上げると、ふと何かに気づいたように私の前髪にそっと触れ、細くきれいな指で優しく梳かしてくれた。
「うっ……!?」
突然の無自覚イケメン攻めに、私は耐えきれずに両手で顔を覆って悶えてしまった。
いやぁぁぁ! 好きすぎて身が持たない、消滅しそう!
自分の一挙一動がこんなに私を動揺させているとは思っていない彼は、優しい瞳で私の顔をのぞきこむ。私は指の間からばっちり彼のきれいな顔をのぞき見て、ますますキュンときてしまった。
「ほら、まだたくさんあるから」
そういうと、彼は目の前にあったクッキーを取り、私の口元に運ぶ。
「ひっ……!」
こ、これは餌付け再び!? 何の意図も下心もなく、ただ餌付けしてくるサレオスが怖い……!
私のことを小動物のペットか何かだと思っているだろうか、そんな気すらしてきたわ。
強敵すぎる。この王子様に好きになってもらわないといけないなんて、おそろしい無理ゲーかもしれない。
そうよ、落ち込んでいる暇なんてないわ! 私は勢いよく彼の指先にあるクッキーをかじった。甘酸っぱい後味に思わずぎゅっと目を瞑る。
「……おいしい」
目を開けると、サレオスは柔らかな笑みを浮かべていた。
あぁ、好き。お嫁さんになりたい。
恋愛ハードモードはまだまだ続きそうだけれど、いつか必ずこの人と結婚するんだから!
そう、私は秘かに決意した。




