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悪役令嬢はシナリオを知らない(旧題:恋に生きる転生令嬢)※再掲載です  作者: 柊 一葉
1巻部分

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物語のキャラクターって、みんなすごい

消灯時間を過ぎた頃、私は一人で屋上にいた。

ここはみんなが泊まっている建物の隣の棟にある。どうしても一人になりたくて、無理を言って出てきてしまった。肩からかけている大きめのブランケットのおかげで、凍えることはなさそう。

アリアナ様のことや色んなことを考えていたら、苦しくなってしまって逃げてきたのだ。

途中、ジュールに会ったら「明日パンやるから」って言われた。いや、いらないから。私の心の傷はパン一個できれいさっぱり修復されるレベルじゃないから。

「はぁ……」

口からほんの少しだけ白い息が漏れる。もしかすると一緒に魂も出ているかもしれない。

はい、さすがにマリーもショックを受けていますよ。

花壇のレンガに腰かけて、空を見上げると無数の星が輝いていた。眺めは最高、でも気持ちは沈んでいる。まさか自分が、物語の主人公のように誰かから憎悪を向けられる日が来るとは思わなかったわ。そして、これは地味にクる……。

「物語のキャラクターって、みんなすごいわ……」

私のひとり言が、しんと静まり返った空気に放り出された。

前世で散々読み漁った推理小説や、流行りの漫画のことが記憶に蘇る。

某・高校生探偵なんて何回も殺されかけてるし、そもそも彼のそばにいる人たちなんて殺人事件に対する耐性がすごい。クラスメイトたちは一体どうやって死の恐怖を乗り切っているんだろう?

彼らはまったく関係なくても殺されかかるし、なんなら呆気なく消される。

そして学園内で事件が起こっても、出席日数をきちんとまっとうしようとする鋼のメンタルがすごすぎる。私が生徒なら即刻、転校するわ。同じモブでも彼らと私とでは底力が違う。モブ界にもきっとヒエラルキーがあって、私は底辺に違いない。

私なんてちょっと殺意を向けられただけで、しかもそれを後から知ったくらいのショボさなのに、このメンタルの凹みようときた。

……私、一体何の話をしているんだろう。

とりあえず、この長いひとり言をまとめると、「殺されかけても平然と日常を送れる人、メンタルすごいな」ということだ。

今、胸につかえまくっているモヤモヤをどうすればいいんだろう。こんなこと初めてで、うまく処理できないでいる。

もっと早くに本音で話をするべきだった。そうすればこんなことにはならずに済んだのに。もちろん、邪魔だからって人を陥れて殺そうとするのは絶対にダメよ。

でもアリアナ様ときちんと話をすれば、こんなことには……。私のせいでサラさん取り巻きの人たちの人生も変わってしまった。後悔しても仕方ないのに、同じことが頭の中をぐるぐると回る。

「はぁ……」

特大のため息が体の奥底から漏れ出した。

「風邪ひくぞ」

突然聞こえた声にビクッと全身が跳ねる。ゆっくりと横を向けば、厚手の上着を着たサレオスがいた。髪紐で括っていない黒髪が風に揺れている。

うっ……!! だめだ、今このタイミングでサレオスを見たら、ドサクサに紛れて泣きついてしまいそう。弱っているときだからなおさら頼ってしまいそうで怖い。

「なんでここに」

「俺の部屋に呼びに来た。クレアーナたちが」

あぁ、気を遣わせてしまったんだな。私が一人で出てきたもんだから、わざわざサレオスを呼んでくれたんだ。

そして私の奇行に付き合わされてしまうサレオスって可哀想。巻き込まれ体質なんだろうか。

そういえば、助けてもらったお礼を言い損ねていることを思い出した。

「あの、今日は助けてくれてありがとう」

「いや、もっと早く見つけられればマリーが苦労せずに済んだんだ。……何もなくて本当によかった」

あぁ、やっぱりサレオスは優しい。今すぐ抱きついてしまいたいが、相手に受け入れ態勢がなければただのタックルになるからやめておく。

「マリーがつらそうだと、クレアーナが心配してた」

うわぁ、心配させてしまっている。どうしよう。私は暗い気持ちをごまかしたくて、無理やり笑ってみせた。するとサレオスは伏し目がちにこう言った。

「シーナ嬢に言われたんだ。『殺されかけるつらさはよく知ってますよね?』ってな」

「え」

ひぃぃぃ! そこは絶対触れちゃダメなとこよシーナ!

私は自分の顔が引き攣るのがわかった。サレオスは立ったまま、何がおかしいのか笑っている。

「あそこまで直接的に言ってくれた方が逆に話しやすい。めんどうがなくていい」

「えええ……、そういうものなの?」

「少なくとも俺は不快ではないな」

そうなんだ。よくわからないけれど、本人がいいならいいか。

私は肩からかけているブランケットの端っこをぎゅっと握った。これ以上なにか話すと、果てしなく愚痴が漏れそうだったから。

耐えるのよマリー、助けてもらってさらに泣きつくなんて迷惑はかけられないわ!

視線を逸らし情けなくへの字口で耐えていると、ずっとこちらを見ていたサレオスがゆっくりと近づいてきて私の隣に座った。

「マリー。何でもいいから、言ってみろ。すべて聞かなかったことにするから」

え。このモヤモヤを? どす黒い気持ちを? サレオスに言うの?

私は驚いて、彼の濃紺の瞳をじっと見つめた。正気ですか私泣きますよ?

「俺は良くも悪くも、もう慣れてしまったからな。でもマリーは違う」

「それは……なんていうか。うん」

「泣き喚きたいならそうすればいいし、何も言いたくないなら言わなくていい。帰れというならそうする」

やだ。ここにいてほしい。私は前を向いて、瞼を限界までぎゅっと閉じた。

「こ、ここに居て……」

そして少しずつだけれど気持ちを口にする。

「びっくりした。殺したいほど恨まれてるなんて」

まさか自分にそれほど重くて暗い感情が向けられるとは思いもしなかった。

「わ、私がもっと早く話をすればよかった。苦しい。……怖い。……つらい」

「うん」

堪えきれず涙がボロボロとこぼれ落ちた。

「うっ……こんなの無理だよ! なかったことにしたい、でもそんなことできない。小説とか伝記とかの主役は、殺されかけても『死ななかったからいいよね』ってスルーしてる人たちばっかりだけど、ひっく……私には無理! ムリムリムリ!」

アリアナ様のことは別になんとも思ってないし、好きでも嫌いでもないけれど、でも殺したいほど憎まれていることは単純につらいと思った。

「うわぁぁぁん!! わぁぁぁぁぁぁ!」

私の感情が爆発した。

あぁ、あまりにひどい。この年になって、泣き方が「うわぁぁぁん」はない。でも止められない。

持ってきたタオルは涙でびしゃびしゃだ。鼻水もすごい。

これは非常にやばい状況だ。まったくもって可愛くない。痛烈な後悔と恥ずかしさが沸き起こる。

サレオスはただ隣に座っていた。ときどき相槌を打ち、ときどき私の頭に触れて優しく髪を撫でてくれる。私、髪がぐちゃぐちゃなの……?

膝に突っ伏しているような状態で、しかもブランケットはとっくに後ろに落ちている。ううっ、ちょっと寒くなってきた。鼻をずずっとすすって顔を上げる。そこに、顔の横から私をまるごと包み込むようにふわっとブランケットが掛けられた。

「落ち着いたか?」

サレオスがブランケットを整えながら、私の顔を覗き込む。涙で目のまわりがヒリヒリして、ちょっとでも表情を動かせば顔がカピカピでパリパリなことがわかるほどだ。

マズイ。いくら暗くてもこんな顔見せられない。

私は顔の半分くらいをブランケットの中に隠す。かろうじて目だけを出し、サレオスを見てうんうんと頷いた。

落ち着きました。少なくとも、自分の顔のヤバさを認識できるくらいにはね!

「何も気の利いたことは言えないが……忘れるに限る」

サレオスはいたって真剣みたいだけれど、あまりに無茶な提案にふふっと笑ってしまった。まさか忘れろと言われるとは思わなかったわ!

「忘れろって……。それは、なかなかむずかしい」

私が笑っている理由がわからないのか、サレオスが困っているのが伝わってくる。お嫁さんにしてくれたら、幸せすぎて忘れそうだけど……ってこんなこと言えない!

「忘れさせてほしい」

はっ!? しまった!! 思わず口から願望が漏れた!

隣で、明らかにサレオスが固まった。うわ~、困ってる、悩んでる。

腕組みをして考えてる! 首がすごい方向に曲がっててめっちゃ考えてるわ。どうしよう、私から溢れ出た煩悩が彼を悩ませています……。

ものすごく長い沈黙の後、さすがにもうそろそろ助けてあげなければと思った私はとりあえず笑ってみせた。

「ごめん、無理難題をふっかけるつもりは」

その瞬間、ちょうど彼が動いた。ブランケットごとぎゅっと抱きしめられ、思考が停止する。

わぁぁぁぁぁぁぁ!! ぎゅって、ぎゅーってなってる! 私の頭の上に、サレオスの顔がある!

全身の筋肉が一気に収縮したみたいに、体に力が入った。もう心臓なが破裂するほどバクバク鳴ってて、なぜか耳の下の血管が痛い。

「確か、つらいときはこうするのがいいと、兄上が言っていた。随分と昔の話だが」

お、お兄様ぁぁぁ! 好き、ありがとうございます! マリーは悶え死にそうなくらい感謝しています!

「兄上は、俺がつらいときはこうしてくれた」

「……そう。優しいお兄様だね」

そうか。殺されかけるのに慣れちゃうくらいつらい思いをたくさんしたけれど、サレオスにはお兄様がいたんだ。

「母は小さい頃に亡くなったからな。五つ上の兄上は、俺のことを何かと気にかけてくれた」

お兄様ありがとうございます! サレオスをこんなにステキな人にしてくれて。私は心の中で、お兄様に盛大に拍手を送った。

「お兄様がいて、サレオスは幸せね。それにお兄様も」

「兄上が?」

「うん」

「……そうか」

そして私も幸せです。幸せすぎて、おもいきり息を大きく吸い込んだ。

くぅぅぅ……!こんな日が来るなんて、生きててよかった!

厚手のブランケットが邪魔な気すらしてきた。心臓がドドドってかなりの速さで鳴っていて今にも破裂しそうなんだけど、それでもこの包まれている感じがどこか落ち着く……謎な感覚だわ。

私はご厚意に甘えて癒しを堪能し、かなり長い時間こうしていたと思う。

あれ、でも私サレオスに頼っちゃダメだって思ったのに完全に煩悩に負けたわ!? しまった、またもや迷惑をかけてしまった。これはサレオスが巻き込まれてるんじゃなくて、私が無意識で巻き込んでいるのよね!?

「あの、ごめんなさい。一人でがんばろうと思っていたのに結局甘えて、泣き喚いて多大なるご迷惑を……!!」

これは菓子折りでどうにかなる迷惑行為ではないわ。反省する私を抱きしめたまま、サレオスがふっと笑った。

「迷惑なんかじゃない。マリーの世話くらいできるから頼ってくれていいんだ」

うぐっ……! そう言われるとおもいきり頼りますよ!? 私は言葉を鵜呑みにする女ですよ!?

そして思った。「え、これは腕を回してもいいの?」と。できることなら、私も腕を回してぎゅってしたい。でもそろそろタイムオーバーな気がする。どうなの、どうなのマリー!?

私は悩んだ末、躊躇いがちにそっと彼の背中に手をまわしてみた。

「っ!? 冷たっ!!」

手のひらから感じる、サレオスの上着の冷たさにびっくりした。私のせいで、ものすごく寒い思いをさせていたらしい! これはマズイ!

急いで離れようとすると、少し体を離したサレオスが「大丈夫だ」と言った。

ダメ! 至近距離でそのイケボはダメ!! キュン死にレベルが高すぎる!!

「上着は外側が冷たいだけだ。と言ってもさすがにこのままだとマリーが風邪をひくな。そろそろ部屋に戻ろう。みんな心配してるだろう」

きれいな指で私の涙を拭ってくれたサレオスは、私の機嫌をうかがうように目を細める。

ううっ……このままお部屋にお泊りしてもいいですか? スイッチの入った妄想がやばい。私は心を落ち着けるために、深呼吸を繰り返す。

決して、至近距離にあるサレオス空間を堪能しているわけではない、はず。

私は諦めてゆっくりと立ち上がる。彼は私が歩き始めたのを見届けると、ゆっくりと歩き出した。

くっ……! もう、そういうところが好きなの! ちゃんと私のことを見ていてくれるところが好きなの!

あったかいけれど重いブランケットに包まり、まるで着ぐるみのような丸々した姿で歩きながら私は悶えた。

はぁ……好き。お嫁さんにしてほしい。


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