真相
「ううっ……痛い」
薄暗くて気づかなかったけれど、小路の横は急な斜面だったらしい。私は見事に転がり落ちて、四回転くらいしてしまった気がする。左手首がじんじんと痛む。軽度の打撲だと思う。
ポツポツと降り出した雨粒が、髪や頬に落ちる。ゆっくりと顔を上げると、隣にはこっちを向いて横向きになり倒れている先輩がいた。
「先輩!? 大丈夫ですか!?」
私はすぐに起き上がり先輩の華奢な肩を揺らす。死んでいるかも、と焦ってしまっておもいきり揺らしてしまったけれど、意識はあるようで「うう~」と呻き声を上げた。しまった、これは完全に私が道づれにしたパターンだわ!
先輩は上半身を起こしてその場に座ると、シャツについた土を手でさっと払った。
「マリー大丈夫? 咄嗟のことで防御魔法が完全に構築できなかったんだ」
「あ……」
私は自分の身体を見回すけれど、手首が痛いこと以外に怪我はなさそうだ。きっと先輩が防御魔法を使ってくれなかったら、骨折くらいはしていたかもしれない。泥まみれじゃないのも奇跡だ。
「ありがとうございます、助けてくれて……でもごめんなさい」
先輩は優しい笑みを浮かべて、大丈夫だよと言った。
「雨が降ってきちゃったね~。マリー、いったんあそこに避難しよう」
その視線の先には、二階建ての小屋があった。
先輩は私の手を引いて起き上がらせると、私の肩を抱えて雨から庇うようにして道を急いだ。雨は次第に激しさを増していき、容赦なく振り注ぐ。
近くの小屋に逃げ込んだ私と先輩は、入り口と窓際にあった二つのランプを点けた。上部に魔力を流し込むだけでいい、古い旧式のランプだった。
サイズのわりに明るい光に安心したが、先輩の姿を見て私はぎょっとする。
「あーあ、すごく濡れちゃったね」
髪から滴る水滴を指で払う先輩は、白のシャツが濡れて肌にぴったりと張り付いてエロさが倍増していた! 私は心の中でシーナを呼ぶ。そして「これはアイちゃんにネタとして提供しなければ!」とも思った。
「あんまり見られると恥ずかしいんだけど」
先輩が茶化すようにそう言った。しまった、アイちゃんにネタ提供しようと思ったせいで、ついついガン見してしまったのだ。
あわあわと取り乱した私は、ふと自分があまり濡れていないことに気づく。
先輩が庇ってくれたおかげで、私は濡れずに済んだみたい。ショールに少し雨粒がのっているくらいで、払えば水滴はほとんど落とすことができた。
「これで拭いてください」
ショールを差し出すと、先輩は微笑みながらそれを受け取る。そして髪や体を拭かず、口元に持っていった。
「はぁ……マリーのにおいがするね」
「ひぐっ!?」
わぁぁぁ、変態だ! そうだった、この人すぐに嗅ぐ人だった!! 私は背筋がぞっとして、思わず自分で自分を抱きしめた。
――ドガーーーーン!
小屋を揺らすほどの雷鳴が轟き、先輩の肩がビクッと揺れた。
あ、わりと近くでまた雷が落ちた音がした。山の天気は変わりやすいって本当だな……。サレオスは大丈夫かなと心配になる。小屋に灯りがついていなかったから、まだ来ていないみたい。
私は先輩の方とちらっと見たけれど、ショールを頭の上からかぶり髪を拭いている先輩はじっと動きを止めていた。拭かないといけないのに、なぜただ被っているだけなんだろうと思いつつも少しだけ声をかけてみる。
「とにかく雨が止むまでここで避難ですね」
「あぁ、そうだね……」
おかしい、返事がか弱い。
私と先輩は、窓際から取ったランプを真ん中に置いて、床に三角座りをして待機した。風呂上がりに雨に濡れてしまったことで少し寒くなり、膝を抱えるようにして体を縮める。
「「……」」
しばらく沈黙が続いて、雨音と雷鳴が不規則に聴こえてくる。ゴロゴロという予兆の後、ときおり落雷の激しい音が聴こえてきた。寮や学園でもたまに雷鳴が響くときがあるが、ここまで凄まじいのは初めてかもしれない。山ってすごいわ。
隣をちらりと見れば、ショールを被ったままの先輩がいる。私はじっと目を凝らして、先輩の肩を見ていた。ときおり先輩の身体が雷に反応してビクッと揺れているのは気のせいなんかじゃない。
「先輩、まさか雷が怖いんですか」
「……マリーは雷怖くないの?」
そういうと、先輩は目を閉じて自分の腕の中に頭を埋めた。
「俺、昔さ……父に森の中に放り出されたことがあって……。修行だって言われて最低限の水と食料、それに剣一本で五日間森を彷徨ったことがある。五歳くらいのときかな」
先輩の話に私は目を見開いた。え!? ノルフェルトのおじさま、五歳を森に放置ってスパルタにもほどがある……! あんな優しそうな顔したイケおじなのに、教育方針が獣みたいだわ。
「そのとき豪雨の中で暗闇を過ごして以来、雷とか大きな音がダメなんだ……」
先輩はひたすら、ごめんと謝っていた。その姿はまるで小動物のよう。ふわふわの髪が犬っぽい!
なんだ、この人けっこうかわいいところあるじゃないか。私はつい笑ってしまう。
「これは先輩の弱み、握っちゃいましたね……!」
これまでの恨みから、一発逆転の可能性を感じてニヤニヤが止まらない。怯えている先輩なんて、今後もう見られないかもしれない。
「マリーはこれまでの恨みを晴らそうとしているね……」
「今までの行動で好感度えぐってたことは自覚あるんですね!?」
「まぁ、あれだけ警戒されればわかるよ」
先輩は、いつもとは違って力なく笑った。相変わらず鳴り響く雷に、顔色が悪くなっているような気がする。さすがにかわいそうになってきた……!
「真っ暗な中、ひとりで彷徨うのってものすごい恐怖なんだ。十七になってもこんな状態だよ」
あはは、と笑う先輩の声がむなしく響く。どうしよう、私は罪悪感でいっぱいだ。
おじさま! あなたの息子さん、トラウマになっていますよ! なんてことしたのよ本当に。あんな優しそうな顔してどんな教育してんのよ。日本なら虐待で逮捕だわ、逮捕。
私は先輩のそばに寄り、背中をおそるおそるさすってみた。倒れられたら運べないし、吐かれたら絶対もらい吐きする。それだけは避けたい……。
「今はひとりじゃないですよ? 私がいます! 大丈夫です、死ぬ危険性はゼロです!」
あまりに哀れに思えてきて、私は現在の状況を力説した。
「怖くない怖くない! 大丈夫です! 雷はここに落ちてきません!」
こんなところでは絶対に死なない、それを理解して気をしっかり持って先輩!
さらに時間が経つと、雨の音だけが聴こえるようになった。雷はおさまったようだ。
私は先輩の背中をさするのをやめ、少し距離を空けて座りなおす。
「そういえば……今は俺のこと警戒しないの? こんなところに一緒にいていいんだ?」
「雷を怖がって震えている人を警戒しませんよ」
私も自分の腕に顔を乗せながら、先輩の方を向いて話す。ああ、でもお尻が痛くなってきた。木の床に直接座るのはやっぱりだめだな。
「へぇ、それは、しばらくは一緒にいてくれるってこと?」
「ええ。でもこれきりですよ? 雨が止んだら、ちゃんと一人でがんばってくださいね。私はいつまでも先輩のお守りをするほど優しくありませんから」
私がそういうと、先輩からふっと笑いがこぼれた。うわぁ、ほんとキレイな顔してるな。
「あぁ~、そうくる? 甘やかしてはくれないんだね。なんていうか、マリーはマリーだ……」
「当たり前じゃないですか。トラウマがあるのは仕方ないですが、なにもない時に無意味に弱い男は嫌いです」
「ははっ! 言ってくれるね」
普段強気な男の弱気な部分、これもアイちゃんの小説に使えるかも! 私は報告を心に決めた。
雨の音がだんだんと小さくなってくるのがわかり、そろそろ帰れるかなと思って顔をあげると先輩が真剣な顔でこっちを見ていた。
あれ、あんなに怯えてたのにもう復活したのか。私が恨みを晴らせる猶予は短かったらしい。
「マリー」
なんだか先輩がとろんとした目で見つめてくる。
ん? 眠くなったのかな。薄暗いし、その気持ちはわからなくもない。もしかして雨に濡れて熱が出てきたとか!?
「俺、初めて本気になったかも」
「本気で雷を克服しようってことですか?」
突然の「トラウマ克服するぜ」宣言に、私は戸惑ってしまう。まぁ、おめでたいことだし別にいいけれど。やる気は大事だもんね。
先輩はゆっくりと態勢を崩し、床に膝をついてこちらに寄ってくる。どうしたのかと私は三角座りを崩して先輩の方を見た。
「マリー」
「はい?」
少しだけ首を傾げた私に、先輩の手が両肩にかかる。え、何この手は!?
「……嫌なら、避けて」
青い目がじっと見つめてきたと思うと、スッと流れるようにキレイな顔が近づいてきた。
……はぁ!? なんかこれ、どこかで前にもあった気がする!!
スーーーーーッ
もちろん嫌だったから、避けた。
「何しようとしてるんですか先輩!?」
私はすぐに立ち上がり、先輩と距離を空けて狭い小屋の端まで逃げる。
「あれ? まさか本当に避けられるとは思わなかった」
避けるに決まってるでしょう、何なのちょっとかわいそうとか思って同情したのに! ほんっとうにフランクにキスしようとしてくるなイケメンは!
「大丈夫。怖くないよ」
「怖いです。好きでもない人との過剰接触は怖いです。断固拒否しますっ!」
私が壁に手をついてさらに逃げようとするのを見て、先輩はくつくつと面白そうに笑っている。
だから何だ、そのムダな色気は! しなりを作らないでっこっち見ないで!
「マリーには俺のすべてを見せてもいいと思って。もちろん、身も心もね」
「うわぁ、絶対にいらない! 露出狂ですか!?」
攻撃魔法が使えない自分が悲しい! 助けてクレちゃん!! 今だけ私に火球を貸して!
「何もしないよ、こっちに来ない?」
「それは何かする予定の人が言うセリフです! 私、知ってます!」
「意外に賢いねマリー。でも別に襲ったりしないよ。逃げられちゃったし」
「信用できません。なんで寄ってくるんですか!?」
「好きな女の子のそばに寄りたいって思うのは当然のことだよ?」
先輩は整った顔で、色気をばんばん漂わせながら笑っている。
「好きな子とはキスしたいし、それ以上もね。マリーは俺じゃダメ?」
「ダメです……ってうぎゃあっ!!」
「マリー!」
薄暗い小屋の中を壁伝いに移動していた私は、焦って足下に置いてあった薪に躓いてしまう。足首がグキッと悲鳴をあげて激痛が走り、しかも転んだときに左側の膝も肩も強打した。
「ふぐっ……!?」
転倒プラス不意打ちに、まったく受け身がとれなかった。顔面を強打しなかったことが唯一の救いだわ。座り込んで足首を必死でさするけれど、ブーツだからどれくらい腫れているかも血が出ているのかもわからない。私が痛みに悶えていると、すぐに先輩が駆け寄ってきて膝をついた。
「大丈夫? どこが痛い?」
いきなり肩に触れられ、その瞬間に激痛が走った。
「痛っ!!」
「あぁ、ごめん!! 雨も収まったしすぐに宿舎に戻ろう」
そういうと先輩は遠慮なく私の膝裏に腕を回し、抱きかかえようとした。
「ぎゃー!! 自分で歩きますっ! 大丈夫ですからやめてください!!」
必死に抵抗して、床を這いながらすぐさま先輩との距離を空けた。建物の奥の壁にたどり着くと、とりあえず肩に回復魔法をかける。
アリソンは呆れたようにこちらを見て、少しため息をついた。
「怪我してるなら無理せず甘えれば? 誰も来ないから、俺が連れて帰るしかないんだし」
「はっ! 大丈夫です! サレオスが来てくれるはずだから! もともとここに来るはずだったの」
私がそういうと、先輩は一瞬考えて不自然なほどにっこりと笑った。
「へぇ……それなら俺と一緒にいるのを見たらどう思うかな? サレオス様からマリーを奪うなら今だよね?」
あわわわわ……何をそんなに楽しそうに!? 奪うもなにも所有されているわけじゃない。
しまった、肩は痛みが引いたけど足首を直すなら四時間くらいかかるわ。ええ、スキルのなさに衝撃を受けているわよ!
どうしよう、走れないし逃げ場もない。笑顔で近づいてくる先輩が怖すぎる。
「触れ合ってるうちに好きになることもあると、そう思わない?」
「思わない」
なんなのその遊び人の発想。
「ほら、おいで?」
やめて、手を伸ばさないで、私の手はサレオス専用なの!
あぁ、せめて扉の方に逃げればよかった。どうにかこうにか壁を背にして足に負担がかからないように立ち上がると、すぐそばに低い戸棚があり、そこに赤い筒が二本置かれているのが目に入る。
「あ……」
救助信号の発煙筒だ。私は棚の上にあったそれを急いでつかんだ。そしてそれを、先輩に向けて構える。私が何をしようとしているか察知した先輩は、目を見開いて慌てて制止を求めた。
「え、マリー!? ちょっとさすがにそれは……」
確か円筒の下から出ている白い紐を引っ張ればいいはず。私は円筒の先を先輩に向けて、躊躇せず全力で引っ張った。
――パンッ!!
軽い破裂音がして、円筒から白い煙が先輩に向かって飛んでいく。小屋の中が煙だらけになるけれど、そんなこと今はどうでもいい。襲われるよりもずっといい!
「うわっ!」
円筒から放たれた先端のコルクが、燃えながら先輩の胴体にヒットした。魔法で防御したっぽいけれど、どうなったかは煙でまったく見えなかった。
いやぁぁぁ! 視界が真っ白い煙だらけで、ほとんど何も見えない。やっぱり狭い小屋の中で使っちゃダメなやつだった! 私はとにかく姿勢を低くしようとその場にうずくまるけれど、ここから逃げられそうにもなく茫然としていた。
「ゲホッ……ううっ」
これは本格的にマズイ。扉まで走ればいいだけなのに、左足に体重をかければ即座に針で突き刺したような痛みが足を貫く。
でもそこに、小屋の扉が乱暴に開かれる音がした。
――バタンッ!
「マリー!?」
サレオスの低い声が耳に届く。バタバタと足音が聞こえ、助けに来てくれたんだと希望の光が見えた。でもほっとしたのも束の間、扉から空気が入ったことでますます白煙が広がってしまった。
「ゴホッ……ここ! ここにいます!」
私はその場に膝をついて、煙をこれ以上吸わないように手で口元を覆った。目が痛くて涙が止まらない。先輩も咳き込んでいるのが聞こえるけれど、どうなっているかはまったく見えない。
この煙、ものすごく目と喉に悪い。私が床に突っ伏して咳き込んでいると、バタバタと走ってくる足音がしてサレオスの手が肩にかかった。
「マリー何があった、この煙は何だ!」
突如、目の前に現れたサレオスは珍しく動揺している。魔法で煙を避けているのか、彼が来た瞬間煙がふわりと遠ざかっていくのが見えた。
「きゅっ救助信号の煙!」
それだけ叫ぶと、煙を吸いすぎて酸欠状態の私はサレオスにもたれかかってしまった。あぁ、意識が朦朧とする。
瞳を閉じてじっとしていると、お腹にぐっと硬いものがあたって体がふわっと持ち上げられた。
うわあっ! 肩に担がれてる―!! まさかの俵状態で荷物みたいになってるー!
左腕に私を抱えたまま右腕を上に掲げたサレオスは、風魔法を使って一気に煙を拡散させた。視界がクリアになっていくと、先輩が床に転がっているのが見えた。
うん、放っておこう! 元凶はこの人だもの。はぁ……息が思いきり吸えるって素晴らしい。
でも先輩は意外に元気そうで、床に寝ころんだまま煙が消えていく様子を眺めていた。
「やっぱり便利だね風魔法って。お迎えがきてよかったねマリー」
そしてサレオスに担がれている私を見ると、優雅に手をひらひらと振った。
ムダに明るいなこの人。私はサレオスに抱きかかえられたまま小屋を後にした。
外に出ると、雨は上がっているけれど薄暗くて不気味だった。
無言で歩くサレオスは、私を降ろしてくれる気はなさそう。明らかに怒っているオーラをガンガン発していて怖い。
触れた肩や目の前にある黒い髪が雨で濡れているわ。私は彼の前髪を梳かしつつ雨粒を払い、とりあえず謝ってみた。
「ごめんなさい、雨……それに助けに来てくれたことも」
「マリーが謝ることじゃない」
「でも……」
「何もされていないか?」
サレオスが私の頬に手を添え、心配そうにしている。
うぐっ……!! やばいこの優しさ、好き。ただ、今の私は迷惑をかける困った友人であることが切ないわ。押し寄せるキュンに悶えながら、私は何とか平静を装う。
「うん。逃げたから大丈夫。でも足首をひねって走れなくて、もう終わったかと思ったわ」
しかしこの何気なく言った言葉に、サレオスが意外な食いつきを見せた。
「逃げた、って何かされそうになったのか」
目つきが一気に鋭くなった! ピタリと足を止めたサレオスは、眉根を寄せてまっすぐ私を見つめる。
「何かとはまぁその色々、でも何もなかったから大丈夫」
「あいつ……消せばよかったな」
消す!? なんて物騒なことを言うのサレオス!? いやいや、でも結果的には私の方がやらかしたからね! 私は慌ててその後のことを説明した。
「まぁ大丈夫は大丈夫だったんだけれど、近づかれたくなかったから救助信号を撃ったの」
「撃ったって、アリソンに?」
「うん。だからあんなに煙が……」
私はドサクサに紛れて、ほんの少しだけ彼の頭に顔を埋めた。気分的には埋めているけれど、実際はちょこんと額に当たるくらい。これくらい許して!
少し怒りが収まったのか、サレオスは私の髪を撫でると静かにお説教を始めた。
「マリーは人を信じすぎる。今回だってジュールが伝言だって言いに来た時点でおかしいと思うだろう……俺は人にそんなこと頼んだりしない」
「え!? あれ嘘だったの、なんで!?」
私はびっくりして目を見開くと、サレオスは呆れたように小さくため息をつき「詳細はあとで」と言った。
サレオスに運ばれて宿舎に戻っている途中、クレちゃんとジュールが走ってくるのが見えた。私が無事だとわかったクレちゃんはぎゅっと抱きしめてくれて、そのふわふわボディに癒される。足首に応急処置をしてもらっていると、サレオスが魔法で水を出してくれて私に飲むように言った。
でも「サレオスが魔法で出した水!? 持って帰りたい!」という邪な思いが強すぎて、飲むのを躊躇してしまい、クレちゃんにちゃんと今飲みなさいと優しく諭されてしまう。
それでも持って帰りたいと半泣きの私に、ジュールが湧き水もあるぞと勧めてきた。
違う、そうじゃない。私が欲しいのは湧き水じゃなくてサレオス産の水だから。心の中でそう訴えるも、結局諦めて泣く泣くその場で飲んだ。
私がなぜワガママを言っているのかサレオスはわかっていないようだったけれど「こんなので良ければいつでも出してやるから」と言ってくれた。
うっ……それは、それは! お嫁さんにしてくれるって誇大解釈してもいいかしら!?テレパシーを送ってみるも、まったく伝わらなくて残念。
宿舎に戻ると、アリアナ様がシーナによって羽交い締めにされている衝撃の光景を目にすることになる。シーナったら公爵令嬢を羽交い締めはだめ!
うわぁ……修羅場だ!
「マリー様、修羅場だとか思っている場合じゃないのよ……」
クレちゃんから冷静な突っ込みが入った。なんでいつも心の中がまる見えなんだろう!?
すぐに話を聞こうとしたが、私は雨に濡れていたので、クレちゃんによってすぐに温泉に放り込まれた。そしてクレちゃんと一緒に温まりながら、私が騙されたおおまかな経緯を聞くことになる。
私を突き落とすはずだった二人は、逃げた私が先輩と会ったのを見て諦めて引き返したんだそうな。ジュールに捕獲され、今は宿舎の部屋でとりあえず待機させているらしい。
私が先輩と戦っている間に、事態は色々と動いていたようだ。
「アリアナ様は、私を殺したかったってこと?」
いがみ合いや嫌われていることはさすがに自覚していたし、今後もうまくいくことはないだろうしってわかっていたけれど、まさかそこまでとは……。
騙されて殺されかけたのは、かなりショックだ。「未遂だし、まぁいっか」という気持ちにはとてもならない。
「私、そんなにアリアナ様を追い詰めた?」
フレデリック様のこと、どうしても渡したくなかったんだな。いや、渡されても困るんだけれど。
こんなことになるなら、もっと早くに「私はサレオスのお嫁さんになりたいの!」って彼女に宣言しておけばよかった。
「マリー様は悪くないわ! だってどう見てもサレオス様を好きってまるわかりなのに!!」
クレちゃんの言葉に、私はどきっとした。え? まるわかりなの? グループ内だけじゃなくて!? えええ。それはそれで困るかも……!
サレオスにもバレてるの!? ねぇ、どうなの、重要だよそこ!
私は動揺し、温泉の中に顔半分ほどまで浸かった。
「ぼぶどにばいってるばばびだだい」
「え?」
私はザバッと湯から勢いよく上がる。
「お風呂に入っている場合じゃないわ、クレちゃん!」
アリアナ様の話も大切だけれど、どれくらいバレているのかやんわりと探ってみなければ……。
サレオスが知らぬふりをしてくれるかどうかはわからないけれど、私はとにかく急いで着替えてみんなのところに向かった。




