目撃
私はワンピースにショールを羽織り、サレオスとの待ち合わせのために千華丘の方に向かった。
外に出ると雲がかなり速いスピードで流れていて、今にも雨が降り出しそう。こんな空じゃ、流星の丘に行っても星は見えないかも。
そんな懸念はありつつも、千華丘までは歩いて十五分くらいだから天気は大丈夫かしら。
自由時間でうろうろしている生徒たちの姿がちらほら見え、みんな郊外研修を満喫しているようだった。
私は、千華丘に近づくにつれて広がる芝生の上を足早に歩く。
学外のイベントでこんな風に二人だけで待ち合わせするなんて……恋人同士みたい! ショールをぎゅっと握るけれど興奮を抑えきれないわ。
ドキドキしながら千華丘に近づくと、薄暗い道の先に人影が見えた。サレオスかも、そう思うとこっそり近づいて驚かせてみようかなとイタズラ心が湧いてくる。
虫がいたら嫌だなと思ったけれど、私は茂みの中をそっと歩いて近づいていった。
でもここで予想外の事態が起こる。
そこにいたのは、サレオスではなかった。
フォルムがおもいきり女子で、しかも二人組。よく見ると、アリアナ様とよく一緒にいるリラさんとマーヤさんだった。
あれ、私ったらこんな茂みに一人で隠れていて、覗き見している人みたい!
どうにも出ていくタイミングがつかめずにいると、二人の会話が聞こえてきてしまった。
「リラさん、本当にするんですか……? もしこんなことが家にバレたら」
んんん? マーヤさんが泣きそうな表情になっているわ。対するリラさんは何かを決意したようで、マーヤさんを宥めているようにも見える。
「仕方ないわ。それに、誰にも見つからなければバレないわよ大丈夫」
「あぁ、リラさん……!」
二人は向き合っていて、手を握って見つめ合っている。
こ、これはまさか禁断の逢瀬!? 私ったらとんでもないところに遭遇しちゃったわ!
リラさんが神妙な面持ちで『誰にも見つからなければバレない』っていうのは、やはり秘密の関係なのね!?
彼女たちは私が見ていることに気づいていない。大丈夫、私はあなたたちの味方よ! 今のうちにこっそり退散して秘密を守ろう。そう思って一歩足を引いた瞬間、木の枝を踏みつけてパキッと割れる高い音を鳴らしてしまう。
「――っ! マリー様!?」
いやぁぁぁ! 一撃でバレた!
彼女たちは私を見て、すべて見られていたと悟ったのだろう。悲壮な顔つきに変わっている。
「大丈夫よ! 私、そういうのに偏見はないから!」
慌てた私は全力で訴えかけた。二人は茫然とこちらを見つめている。
「人の恋はそれぞれだもの! 好きな人が自分を好きって奇跡よね、だから性別なんて……」
「何をおっしゃっているのマリー様?」
リラさんが私を睨んでいる。これはとぼけようとしているのね!? しまった、何も聞いていないふりをすれば良かった! 気まずい空気に耐え切れず、私はその場で踵を返して一目散に走り出す。
「待ちなさい!」
背後からリラさんが追ってくるのがわかった。でも私はもう今さら止まれない!
「誰にも言いませんからー!」
――ドンッ!
「きゃあっ!」
リラさんから逃げるために走っていると、森の中の小路から出てきた人にぶつかってしまう。
「マリー!? こんなところで何を? もう暗くなるよ」
タックルするように衝突した私を抱き留めたのは、アリソン先輩だった。風呂上りの散歩なのか、シャツの胸元をまたもやざっくりと開いていてムダな色気がダダ漏れだ。こんなの見たらシーナが発作を起こす! 早くボタン閉じて!
「えっと私はその、今急いでいて……!」
リラさんから逃げるのも大事だけれど、サレオスのところに行かなくちゃ。私はすぐに先輩から離れて、森の小路の中に逃げようとした。
「でもマリー、暗くなると危ないよ」
先輩はこのまま私を見逃してくれる気はないらしい。よく見ると、ちょっと髪が乱れているし、なんだか頬が赤い。もしや……野外でいかがわしいことをしていたんだろうか!? じとっとした視線で先輩を見ると、くすっと笑って甘すぎる微笑みを浮かべた。
「マリー、最近は俺もそんなに遊んでいないよ?」
うん、そんなにって言ったね。遊んではいるんですね! 私の心中を察したのか、先輩はくすっと笑った。
「ちょっと後輩に呼び出されたんだよ。告白されたけど、さすがにもう手一杯でね」
なんだろう、モテる人っていつでもどこでも告白されるよね。私は苦い顔で先輩の顔を見上げた。
しかしそこで、特大の雷の音が響く。ゴロゴロという低い音の後に、ズガーンという明らかに落ちた音がした。急に雨が降り出し、私も先輩も空を見上げる。
「雨が降る前に宿舎に戻ろう?」
先輩はそう言うけれど私はサレオスに会いたくて出てきたんだもの。このまま帰れない。
「行くところがあるので失礼します!」
私は先輩を振り切ろうと、前を見ずにとにかく千華丘の小屋へと続く別の小路に向かって走った。
そしてその結果、ぬかるみに足を取られ、上半身がぐらりと傾いた。
――ズルッ……
「あ」
「マリー!」
たった数歩。たった数歩走っただけで、私は土の斜面を転がり落ちてしまうのだった。
「ひゃあああ!」
ゴロゴロと雷の音が遠くから聴こえる中、私の視界はスローモーションになり、眼前の景色は森の暗がりへと変わっていった。




