お誘い
郊外研修二日目の夜、早めの夕食を終えた私たちは、自由時間に「流星の丘」という天体観測スポットに行くことに。
「マリー様! 流星の丘で星を見た恋人同士は将来結ばれると噂ですのよ!」
アイちゃんが拳を握りしめている。まだ恋人じゃないけれど、そこはいいのかしら?
「それは絶対に行きたいわ!」
廊下を歩く私たち二人は、異様なテンションで周囲から浮いているが気にしない。
今、クレちゃんとシーナは温泉に入っているので、私はアイちゃんと仲良く部屋に戻った。髪はアイちゃんに魔法で乾かしてもらったので、まだ少ししっとりしているが香油のいい匂いがする。
アイちゃんが使う水属性の魔法は、水を出すだけじゃなくて髪の毛についた水滴を奪うこともできる。ドライヤーいらずで、ものすごく便利なのよ!
部屋に戻る途中、アリアナ様の取り巻きの子爵令嬢・サラさんに会い、「フレデリック様が千華丘で待っていると伝言ですわ」と教えられた。
なんでサラさんからフレデリック様の伝言を聞くのだろう、と思ったけれど、絶対に行きたくなかったので「それは私への伝言じゃないと思います!」と返事をしておいた。
サラさんの顔が引き攣っていたけど、私は気づかないふりをした。こっちは必死なのよ!
彼女はフレデリック様と奴隷契約を結ばされたのかしら? 心配だわ……!
それに千華丘って、きれいな花がたくさん咲いているけれど、今は崖崩れの危険性があるから立ち入り禁止じゃなかったっけ?
まぁ、フレデリック様ならヴァンがいるから、崖から落ちたりしないよね! 私は意気揚々と部屋に戻った。
――コンコン
部屋に戻ってしばらくすると、ジュールがひょこっと顔を出した。アイちゃんがすごく嬉しそうな顔をしていたので、私もつい嬉しくなってしまう。好きな人が突然来てくれるって嬉しいよね!
「テル嬢、ちょっといいか?」
ジュールはそういうと、すぐに部屋に入ってきた。まだ返事も何もしていないのに……。
「なんか、サレオスがマリーに伝えてくれって。千華丘の近くの小屋で待ってるらしい」
「えええ!? なんで!?」
「そこまでは知らん。俺は伝えてくれって言われただけだ」
みんなで流星の丘に行く約束は? 私がアイちゃんを見ると、ふふふっと笑って私のショールを差し出してきた。
「流星の丘に行くのは、また後でいいじゃないですか。私たちは先に行きますので、小屋に行ってから後で追ってきてくださいな。サレオス様がいるなら安心でしょう?」
私はショールを受け取ると、アイちゃんに抱きついてから部屋を出た。はぁ、恋する女の子同士っていいわ!
◆◆◆
マリーが部屋を出て行った後、残されたアイーダとジュールは一階にあるカフェテラスへと向かった。
アイーダは、廊下で前を歩くジュールの背中に悶えている。
(もしやこれが、マリー様がよく言っているキュン死にしそうという状況でしょうか!? マリー様は一日に何度もこれほどの苦しみに耐え抜いておられるのね……! すごいわ、マリー様!)
絶対に不要な尊敬の念が生まれていた。
カフェテラスに到着して二十分ほど経った頃、クレアーナたちの歩いてくる姿が見えた。シーナがにっこり笑って手を振っている。
(笑顔が素敵すぎて眩しいわ! 次の物語のヒロインは、シーナさんをモデルにしましょう)
手を振り返しながら、アイーダは自身の書く小説の新作について考えていた。
ところが、二人の後ろからサレオスとフレデリックが歩いてくるのが目に入る。
おかしいと気づいたアイーダとジュールは顔を見合わせた。
「サレオス、テル嬢はどうした?」
ジュールの問いに、サレオスは何のことだとその表情を曇らせた。
異変を察知したクレアーナはすぐさまジュールの胸ぐらを掴み、説明を求める。ジュールは眉根を寄せて、マリーのことを話した。
「サレオスが千華丘で待ってるって聞いて、テル嬢に伝えたんだ」
「俺は伝言なんて頼んでない」
サレオスの濃紺の瞳が次第に鋭くなっていく。彼の機嫌に伴い周囲の空気がだんだんと冷える中、ジュールはすぐそばにいたサラを指差して言った。
「はぁ? だって俺のところにあの子がきて『マリー様に、サレオス様が千華丘の近くの小屋で待ってる』と伝えてくれって』
サラはこちらを見ると、ビクッと全身を震わせる。サレオスは一瞬でサラとの距離を詰め、睨みつけながら低い声で問いかけた。
「誰だ、君は。なぜ嘘をついた? 何が目的だ」
周囲にいた者たちに、一瞬だけ微妙な空気が流れる。サラは試験の際、サレオスの前に座っているのになぜ覚えていないのかと全員が思っていた。
しかしサラはというと、小刻みに震えるばかりで何も話そうとしない。その状況から事態を察したクレアーナは「アリアナ様ね」とぼそっと呟いた。
その言葉を受け、サラは声を上げて泣き叫ぶ。
「ごめんなさいっ! どうしても断れなかったんです! 千華丘にはリラさんとマーヤさんが……マリー様が来たら突き落とせってアリアナ様に命令されて……」
サラが言い終わるよりも早く、サレオスは外に飛び出そうとした。
が、フレデリックに肩をつかまれて制止されてしまう。
「サレオスは留守番だ。隣国の王子様を危険な目に合わせるわけにいかないよ」
その目は真剣で、決して嫌味で言っているわけではないとわかるが、この状況では苛立ちの種にしかならない。
「うるさい、俺にかまうな」
「そんなわけには行かないよ。私が行く」
「はっ! そういうことならおまえこそ待機だ。大切な王太子様だろう?」
サレオスのあからさまな挑発に、フレデリックがわずかに怯む。
「マリーは俺が助ける」
肩に置かれた手を振り払い、サレオスは雨が降る森の方へと飛び出して行った。




