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まさかの二人乗り

郊外研修二日目。早朝から遠乗りがはじまった。

短い草がたくさん生えている丘は、足元がよいとは言えない状態だが、馬で駆けるには眺めもいいしとても心地よい。絶好の遠乗り日和だ。

あんなに恥ずかしがっていたアイちゃんは、当然のごとくジュールとペアになっている。ジュールに手を引っ張られて何とか馬にまたがったアイちゃんを見た私は、生温かい視線を送った。

「ジュール様……馬がこんなに高いとは思いませんでしたわ!」

「んー? 落ちる前に捕まえてやるから大丈夫だ」

「絶対ですよ! 絶対に落とさないでくださいませね?」

アイちゃんは、ジュールに後ろから抱きこまれるようにして馬に乗っている。本気で怖がっているところがまたかわいい。だが私はそのリア充な光景を目の当たりにし、羨ましすぎて悶絶した。

私だって……私だって脳内でサレオスと二人乗りを妄想するからいいもん!

「マリー、そろそろ出発だぞ」

サレオスの声が後ろから聞こえてきた。今日もイケボが内臓に響く。顔も姿も見たいけれど、この声だけっていうのもたまらなく萌える……!

私たちのグループは、先頭にジュールとフレデリック様、真ん中に私とクレちゃん、そして後方にサレオスと先輩がいる。フレデリック様とクレちゃんは、ひとりで優雅に騎乗中だ。

そして……私は二人乗りしている。アリアナ様と!!

自分の運命を呪わずにはいられない。ヒロインなら絶対にありえないわこんなの。

そう、すべてはフレデリック様が彼女からのお願いを華麗に断ったことからはじまった。王子は二人乗りをあっさりと断ったのよ!

クレちゃんは自分一人なら乗れるけれど、二人乗りをしたことがないので人を乗せられない。この結果、馬に乗れないアリアナ様とシーナを誰が乗せるかが問題になった。

ちらりと後ろを振り返れば、私の愛しのサレオスはシーナを乗せている。二人とも、それはそれは心配そうに私を見ていた。

うん、でもこれは私が望んだことなの……! アリアナ様とシーナが残ったとき、サレオスに対して私がどうしてもシーナを乗せてほしいと頼んだのだ。

だって、嫌だったんだもん! アリアナ様がサレオスと密着して楽しく乗馬してるところなんて見たら泣く! あのかっこよさだもの、アリアナ様がいくらフレデリック様狙いとはいえ、サレオスに惚れてしまったら困る!

シーナなら先生のストーカーだから、私という親友の好きな人に手を出すことはない。

「ジニー先生なら馬ごと押し倒すけど、サレオスはマリーのだもんね! 大丈夫! 店でも他の子のお客さんから指名が来ても断ってたから信用して!」

うん、頼もしすぎる。この子は前世で女同士のややこしさを知り尽くしているよ……。

「ちょっと! よそ見していないで、ちゃんと私を支えなさいよ!」

私と密着しているアリアナ様が、怒りの声を上げた。馬が怯えるからおとなしくしてって言っているのに、さっきからずっと怒っている。

「暴れないで! 落ちるから!」

私は精一杯、手綱を握って彼女の身体を自分に寄せた。そしてアリアナ様に対して、つい声を荒げてしまう。

「安定しないから、横座りじゃなくてちゃんと馬に跨ってください! ズボンなんだから!」

「馬に跨るなんてそんなはしたないことができるわけないでしょう!?」

「それ私に言いますか!? 今、あなたの後ろでそれをやって、なおかつ馬の操縦までやってる私に言いますか!?」

「あなたは普通の令嬢じゃありませんわ!」

「はぁ!? 失礼ですよアリアナ様! 前から思っていましたが、アリアナ様って怒りっぽいですよね。何が不満なんです!?」

「私が怒りっぽいんじゃなくて、あなたが怒らせてるのよ! あなた限定ですわ!!」

こんなやりとり、斜め後ろにいるサレオスにばっちり聞こえるだろう。シーナの爆笑している声が聴こえる。サレオスに凶暴な女だと思われたらどうしよう、奥歯が削れるほど噛みしめてエラが発達しそうだわ。

でも私だってやる時はやるの! ストレスを溜めすぎるのはよくないはず! やけっぱちな私は、その後もアリアナ様と無駄すぎる言い争いをし続けた。

これだけ怒れる彼女の体力は、正直言ってすごい。細い道もあるから本当におとなしくしてほしい。こんなに暴れる人と一緒にガケ落ちとか遭難とか絶対にイヤ!

アイちゃんなんて、あまりの怖さから地蔵のように硬直してるのに!

うん、あれはあれで恋がやばいな。

私は暴れるアリアナ様を何とか押さえつけ、極限状態までイラつきながらも何とか午前の遠乗りを終えた。

お昼休憩になると、ジュールが「変わろうか?」と言ってくれたが泣く泣く遠慮した。アイちゃんのまたとないラブチャンスを奪うわけにはいかない。

そして私は、初めて自分からフレデリック様に駆け寄ってお願いを試みた。

「フレデリック様……アリアナ様を乗せてくださいませんか?」

優雅に景色を楽しんでいた王子様は、なぜか甘えるような声で答える。

「そうだね。マリーが私のお願いをひとつ聞いてくれるならそうしようかな?」

私は即座に決断した。

「では、けっこうです」

やはり悪魔はただでお願いを聞いてはくれないようだ。奴隷契約の提案でもするつもりだろうかと警戒した私は、アリアナ様との二人乗りを継続することを選ぶ。奴隷、ゼッタイ反対。

「マリー、俺が変わろうか? シーナ嬢もマリーと乗る方がいいだろう?」

サレオスが苦々しい表情で提案してきたが、これは私の感情的都合で受けることができない。

もちろん、「私の溢れ出る独占欲によってその申し出は受けられません」なんて言えないけれど。

「それならせめて……ほら、これ」

サレオスはその手に持っていた小さな袋から、黄色いまん丸のキャンディを取り出した。

え、サレオスが飴持ってきたの!?

私はびっくりして目を見開いた。しかし彼はそんな私の驚きを察知し、苦笑いで言う。

「これはイリスがマリーにやれと。それで持たされた」

はぅぅぅ! イリスさん、女子の心をわかってる。こういうちょっとした幸せがいいのよね!

私が感動で震えていると、サレオスがまさかの行動に出た。

「はい」

その指にはかわいらしいキャンディがある。それはわかるんだけれど……。

「え!?」

キャンディが私の顔の前にずいっと差し出された。これを!? まさかあなたの手から食べろと!?

少し離れたところから、シーナの悶える声がかすかに聞こえている。

「サ、サレオス様がっ! うぐっ!!」

うん、完全に見られてるよ!? いいんですか!? 私が躊躇っていると、何もわかっていない様子の黒髪王子は眉を少しだけ上げる。キュン殺しする気ですか!!

「うぅっ!?」

もたもたしているうちに、唇にキャンディを押し当てられてしまう。

うわぁぁぁ! もう食べるしかないじゃない!

私は少し唇を開いて、押し込まれるままにキャンディを口の中に入れた。

うわ、思っていたより甘い。レモンなのかライムなのか……とにかくものすごく甘い!

口の中でキャンディをコロコロさせていると、サレオスが機嫌良さそうにしていた。ほぼ無表情だけれど、目の感じで何となくわかる。

「おいしい……ありがとう」

「イリスに伝えておく」

やばい、好きすぎてお腹が痛い! なんなの、こんなに好きなのにさらに餌付け!? どこまで私を沼に引きずり込むつもり?

両手で顔を覆って悶える私。あぁ、私は、がんばります! 午後からも耐えます!

まさかの餌付けでやる気が湧いた私は、ロマンスのかけらもない遠乗りをやりきった。もう人生でこれほどの苦行はないと願いたい。


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