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隣国の王子様は侯爵令嬢に悩まされる(サレオス視点)

サレオス・ローランズは、トゥラン王国の第二王子として生まれた。

幼い頃から口うるさい老師に世話をされたことで、幼子らしい表情や感情の起伏はめったに表れない。無表情で無反応、あまり笑うことのない子供だった。

五つ離れた兄・カイムは陽気で人懐っこく、可愛げがないと言われるサレオスとは対象的。だが、兄はいつも優しく弟を常に庇ってくれた。

(俺は、兄上の役に立ちたい。兄上のためなら、一生スペアとして扱われてもいい)

生まれつき膨大な魔力を宿すサレオスは、王族の中でも恵まれた才を持つ者として称えられると同時に、王位争いの火種になる忌み子として蔑まれることも。それでも、兄のためにひたすら力を養った。


サレオスが六歳になった夏。

トゥランの王都・ストークスホルンに、隣国のアガルタから外務大臣ら役人とその家族が使節団としてやってきた。外務大臣一家、そして大臣補佐のテルフォード一家、補佐官以下の役人ら総勢二十五名は七日間の滞在だったが、マリーら子供たちを連れたテルフォード夫妻にとっては外交という名目はあるものの実態は家族旅行に近い。

長旅にも関わらず、マリーら子供たちは初めてみる景色にはしゃいでいた。

初めてサレオスとマリーが会ったのは、到着したその日の夕方のこと。

国王陛下ら王族との謁見で、父親であるアランから紹介され、緊張のあまり母の後ろで硬直していたマリーを皆は微笑ましく見守っていた。

きらきら輝く白金の髪に大きな茶色の瞳、赤い唇はまさに異国の人形のようなお嬢様。トゥランの国民の約半分は黒髪、そして他は茶色や赤茶色など全体的に暗めの髪色をしているため、マリーたちアガルタからの一行は港に到着したときから多くの視線を集めていた。

サレオスは一瞬だけ驚いた顔をしたものの、特に興味がない様子だった。そんな弟と違って、兄のカイムはにこやかで明るい。

「初めましてマリーちゃん! 第一王子のカイム・ローランズです。僕は遊んであげられないけれど、弟が相手をしてくれるから安心してね!」

このとき十一才のカイムは、サラサラの黒髪を赤い髪紐でひとつに結び、式典用の黒衣を着ていた。すでに王太子として王位を継ぐことが決まっていてその姿は大人びたものだったが、その口調は砕けていて笑顔も柔らかい。

マリーは安心してにっこりと笑い、かわいらしい所作で礼をとった。

「で、こっちが弟だよ。ほら、挨拶して」

兄に促され、渋々と言った表情でマリーの前に出るサレオス。艶やかな黒髪はサラサラと流れていて、まだ括れるほどではない。シャツにベスト、黒のボトムは六歳の年頃らしい姿だが、マリーからすれば彼の濃紺の瞳は冷たくつまらなさそうに見えた。

「……レオスだ」

ぼそっと呟くように発せられた声に、マリーは首を傾げる。

「レオ?」

「……ちがう」

「がう?」

「……レオス」

二人の間に沈黙が流れる。マリーは目をぱちくりさせてじっとサレオスを見つめているが、下を向いている彼とその視線は合わない。

「レオちゃんね?」

ドレスが床につくのも厭わず、しゃがみこみサレオスの顔をのぞきこむマリー。ふふふっと嬉しそうに笑い、勝手に友達認定してしまった。

「レオちゃん私のお友達ね!」

困ったように眉根を寄せるサレオスに、普段から愛想のない弟の反応がおもしろいのか、カイムは笑いをかみ殺す。

「よかったね、かわいいお友達ができて! さ、マリーちゃんに城内を案内してあげて」

無理やり背中を押されたサレオスは、不服そうなオーラを出しながらもマリーにちらりと瞳を向ける。

「レオちゃんよろしくね!」

(めんどうだし、もう名前はいいや)

こうして寡黙な王子様に、初めてのお友達ができることになる。

最初は迷惑そうな顔で仕方なく兄の指示に従っていたサレオスも、次第にマリーの勢いに巻き込まれ心を開いていった。打算や下心なく自分を慕ってくれる女の子。心からの笑顔を向けてくれるマリーは唯一の存在だった。

(サレオス様が笑ってる!)

イリスは、普段は魔術書ばかり読む生活だったサレオスが女の子とままごとをしている姿を見て驚きに目を瞠る。もちろん二人の会話はちぐはぐで、マリーがにこにこ笑っている傍らでサレオスが遊びに付き合っているという形ではあったが、次第に笑みを見せるようになる寡黙な王子様に周囲は感動すら覚えていた。

なるべく二人を一緒に居させたい、そう思ったイリスはサレオスの予定を調整して、なるべくマリーと過ごせるよう計らった。

 しかしアガルタからの使節団は、当初の予定通りたった七日間の滞在で帰国する。

仲睦まじく過ごしていた二人にも当然別れは訪れ、その後二人が出会うことはなかった。


二人の出会いから十年の月日が経ち、サレオスは兄・カイムの計らいでアガルタへ留学することになる。継承権争いのゴタゴタに巻き込みたくないということが一番の理由だった。

現在のトゥラン王国は、妻を亡くして以来まったくやる気を見せなくなった現国王の父に代わり、王太子であるカイムがほとんどすべての政務を行っている。兄弟仲は良いものの、ずば抜けた魔力量を持つサレオスを王位にと推す者もいて派閥争いは絶えない。

カイムは、相変わらず表情が乏しく能力のわりに自己評価の低い弟をどうにかして苦境から救いたいと思い、いっそ国外で過ごす方が良いのではという考えから留学を提案した。

「サレオス、留学して楽しくわいわい過ごしておいで!」

「……兄上、それはさすがにありえないかと」

「妃にしたい令嬢が見つかったら、連れて帰ってきていいからね?」

「それもありえないかと」

弟のそっけない返事に苦笑いするカイムは、明るくその背を見送った。

そして十五歳の春、陽気な兄に見送られてサレオスはアガルタにやってきた。

(そういえばこの国に、昔会ったことのある女の子がいたような……)

記憶は(おぼろ)げで、大きな瞳とプラチナブロンドの可愛い子だったことしか思い出せない。

だから入学式の朝、偶然にも再会を果たすとは思っても見なかった。

トゥランにはない桜の木を眺めているときやってきた、白金の長い髪の少女。

「懐かしい」と言われて記憶を掘り起こせば、確かに見覚えのある顔立ちだった。日を追うごとに記憶を取り戻していき、かつて共に過ごしたあの子だと確信を持つ。

(俺は名前も忘れていたのに、彼女は覚えていたというのか? たった六歳だったのに)

胸の奥がざわつき、言葉を交わしてみたいと思った。だから魔力測定のとき、マリーが本当に自分のことを覚えているのか確かめたくて話しかけたのだが、彼女はまったく覚えていないようでご丁寧に自己紹介までされ拍子抜けする結果に。

(自分はまったく覚えていなかったくせに、マリーに忘れられていてショックを受けるなんてばかばかしい)

それからしばらくの間、マリーがこちらを見ていることには気づいていたが、用があれば話しかけてくるだろうと放置した。

しかし二人が言葉を交わすときは意外に早くやってくる。その後の授業で、向こうから魔力調整のペアを組もうと誘われたのだ。

(もしかして思い出したのか……?)

わずかな期待がこみ上げるが、その雰囲気はまったくなかった。疑問だけが胸に湧き上がる。

(おかしい、覚えていないならなぜ俺にかまう?)

マリーと魔力調整を行うと、相性がいいらしくとても心地良かった。自分のありあまる魔力量のせいで、相性が悪ければ相手を気絶させる可能性もあるため案じていたがそれは杞憂に終わった。

だが、予想外の事態が起こった。

魔力の調整を行なっているときは、感情が相手に筒抜けになる。だから普通は心を落ち着けて、何も考えずにやるのだが、マリーはそれに気づいていなかった。

とにかく「好きだ」という気持ちの波が魔力と一緒に流れ込んできた。その気持ちが友情なのか愛情なのかまではわからないが、これほどまでに純粋な好意を受けたことは人生で一度もなかった。

第二王子の立場を利用しようとする者、見た目で擦り寄ってくる女、そういう輩は常に周囲に溢れていたが、無条件で慕われることは初めてだったのだ。

マリーに気づかれるくらい真っ赤になり目線を彷徨わせるなんてありえない、と反省する。

そして。彼女から向けられる好意の正体はわからないものの、それでもずっとそばに置いておきたいと思い始めている自分に困惑した。


夏休みにテルフォード領を訪ねたのは、共に過ごす居心地の良さを手放したくなかったから。兄からは「短い夏に帰らずとも、冬に帰ってくればいいよ」と言われていたが、本当に帰らないとはサレオス自身が一番驚いていた。

テルフォード領では、マリーの両親とも再会することになり、父親のアラン・テルフォード侯爵は明らかにサレオスを警戒するそぶりを見せる。

理由はただ一つ、トゥランの王族は、妃第一主義の溺愛家系として有名だから。

(侯爵は、俺がマリーを拉致するとでも思っているんだろうな。さすがにそれはない。我が国もこれ以上の醜聞はまずい)

サレオスの父が王太子だった頃、北の国で見初めた母を必死で口説き落とし、あろうことか駆け落ちというより同意のもとの拉致に近い状態で母を連れ帰ってしまった。

しかも兄までが、昨年末に視察先で一目惚れした他国の王女を強引に妃に迎えてしまった。婚約者と不仲だったとはいえ、婚約式まで済ませた後に破棄させたのだから裏ではかなり揉め、従者のイリスいわく「かなりの金額を払って解決した事案」だった。

また、トゥランでは十五歳を超えると結婚する気のない異性の家にはいかない。マリーは知らないようだったが、そのこともあり侯爵はサレオスを警戒したのだろう。

(俺は父や兄のようには絶対にならない。なりたくない)

そう決意するも、フレデリックから「マリーは私が妃に望む娘だ。これ以上は近づくな」と帰り際に忠告され、言いようのない苛立ちに襲われた。

もともと叔母たちを見ていて「女は面倒な生き物だ」と思っていたし、留学前、婚約者を探すという名目で集まったどの令嬢見ても何の感情も湧かなかった。それなのに、マリーを見ていると自然に心が和み、何の打算もない笑い顔を見ていると安心すら覚えていた。

彼女が、フレデリックやアリソンの好意を頑なに拒否することにも安堵する。

(俺は一体どうしたいんだ)

自分だけが彼女の特別である、それを実感するたびに心が躍る。

だが、マリーが自分に抱いている感情は、昔のように親愛の情に過ぎないだろうとも思う。

(今はただ、そばに居られればいい)

二人は付かず離れずの微妙な関係を保ったまま、季節は巡り秋を迎える。


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