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通報に怯える

今、マリーはサレオスの隣で無防備に眠りこけている。完全に彼の肩にもたれながら。

(まさかフレデリックが実力行使に出るとはな……)

一部始終をヴァンとサレオスに見られていたとは、フレデリックもマリーも思っていないだろう。

そう思ったサレオスは、見ていたことを告げるかどうか迷った。きっとマリーは慌てふためくに違いない。

ぼんやりと考えていると、こっちに近づいてくる足音が聞こえた。

「サレオス様。……えっと、これはどういう状況ですか?」

追ってきた従者のイリスが困った顔をしている。なぜマリーは寝ているのかという疑問が顔に書いてあった。いつも冷静沈着、穏やかな笑みを絶やさない男なのに、声が明らかに困惑していることに気づきサレオスは笑う。

「どういう状況も何も、見ての通りマリーが眠ってしまった。従者のエルリックを呼んできてくれ。一階にいるはずだ」

「わかりました。……ダメですよ? 手を出したら」

「さぁな。おまえが遅かったらどうだろうか?」

「まったく。人遣いが荒いですね。あんなに可愛らしかった王子様はどこに行ってしまったのか……。マリー様は昔と変わらず可愛らしいのに」

イリスはやれやれと大げさに振る舞い、「すぐ戻ります」と言って邸の方へ走っていった。

 そよそよと柔らかな風が吹き、あたりは七色の光が木や草を煌びやかに照らす。派手好きな公爵がつくった庭は、華やかだが品のあるものだった。

まったく動かないマリーは、相変わらずしっかりと瞳を閉じて眠っている。ふわりと揺れる前髪にそっと触れるが、起きる気配はない。

ヒールの高い靴で歩き回ったりダンスを踊ったり、とても疲れたのだろうとすぐにわかった。

(起きるか……?)

柔らかな髪をそっと撫でてみた。ピクッと眉が動いたものの、またすぐに穏やかな寝顔に戻る。

しばらく起きそうにないマリーをからかうように、クルクルと巻かれた毛先を指で遊びながらイリスの帰りを待った。


◆◆◆


一方、フレデリックとマリーが踊っているのを見てしまったアリアナは、従者を連れて父親のもとに向かっていた。

「なんなのよなんなのよ、なんなのよー! 許さないっ! 絶対に許さないわマリー!」

扇子を折りそうな勢いで怒り狂うアリアナを、すれ違う者たちはぎょっとした顔で見つめる。

それすら威嚇して父親のもとに歩く彼女は、猛烈な怒りを感じていた。

「おかしいと思ったのよ、フレデリック様のそばからすぐに離れるなんて……。きっとダンスの約束をしていたんだわ! これみよがしに私の前で踊るなんて! 許せない!」

今日のために仕立てた、豪華な宝石がついた蒼いドレス。フレデリックに似合う女性になりたいと、彼の瞳の色を選んだ。

「お父様! こちらにいらっしゃったのね!?」

カジノの中にある黒い革張りのソファーに座っていたアリアナの父は、優雅に脚を組み、ワインを飲んでいた。

いつもは、淑女の鑑というような立ち居振る舞いの娘があまりに憤っているので驚いた顔をする。

「アリアナ、一体どうしたんだ?」

一応確認してみたが、聞かなくてもだいたい予想はつく。以前からテルフォード家の娘が邪魔だと、アリアナから散々聞かされていた。

何度も「テルフォード家に抗議をしろ」と言われていて、父親としては娘の希望を叶えてやりたいがどうしようもなかった。

今日だってテルフォード侯爵に会ったとき、フレデリックとマリーが近すぎるのをやめてもらえないかと言ったところ、返ってきた言葉はひとことだった。「知らんがな」と。

そもそもあの家は娘を王太子妃にと考えていない。王命で強制的に召し上げることがない限り、マリーが王太子妃になることはないとアリアナの父は知っていた。

「お父様はわたくしがフレデリック様の妃になれなくてもいいのですか!?」

「そういうわけではないが」

(何もしなければ自然に妃になれるんだよアリアナ……)

しばらくマリーに対する文句をひたすらしゃべった後、打っても響かない父親に業を煮やしたアリアナは、先に馬車に戻るといって出ていく。

(許さないっ! 絶対に排除してやるんだから!)

逆恨みでアリアナは燃えていた。


◆◆◆


あったかくて、ぬくぬくのお布団から出たくない。でも何となく起きなくてはいけない気がする。私はゆっくりと瞬きを繰り返した。

「ん……」

あれ? ぼんやりと見えるのは、光沢のある黒っぽい上質な生地のボトム……? それに頭は硬い壁か何かに当たっている。もしかして私、座ったまま寝てるのかしら。

視界がはっきりすると、それにつられて意識がクリアになった。

「おはよう、マリー。目が覚めた?」

私の内側にまで届く低い声。ものすごく至近距離でサレオスの声がした。そしてクツクツと小さく笑っている。

おそるおそる視界を上げていけば、金色のボタンのついた白いシャツ、きっちりと閉じられた襟元、かすかに揺れる喉……。

「どうした?」

濃紺の瞳とばっちり目が合った。合ってしまった。ズザッと音がするくらいの勢いで距離を空けた私は、サレオスが見たことないくらい優しい顔で笑っていたことに驚いた。

嘘でしょ!? 本当に私と同じ人間かしら……。かっこよすぎるんですけれどっ!

「私もしかして……あなたの肩で寝ていたの!?」

低っ!! 私の声、低っ! 驚きすぎて自分でも聞いたことない低い声が出た。

しかも今、私の肩に掛かっている上着。お布団なんかじゃなく、正装なのに柔らかくて着心地の良いコレは明らかに彼のもの。天に召されるかもしれないくらい幸せだった原因はコレか。

あああ……! 肩に掛かる服を握ると、私の腕が「コレ返したくない」と訴えかけている。

そんな私の気持ちなんてカケラもわかっていないサレオスは飄々と答えた。

「寝てたといっても、二十分くらいだ」

二十分! 今すぐ時間を巻き戻させて!

なんで私は寝ちゃってたの!? サレオスの肩にもたれかかれるチャンスなんて、もう金輪際やってこないかもしれないのに! 憧れシチュをスルーしてしまった!

マリー、痛恨のミス! 起きていたら絶対すりすりしちゃったけれど、結局気絶したかもしれないけれど、それでもやり直しを要求したいっ!

額に手を当てて後悔を噛み締める私を見て、彼は少し意地悪く笑った。

「まぁ、ちょっと寝顔を見たくらいだから許せ?」

「ひっ……」

いやぁぁぁ! サレオスが私をキュン殺しにかかっているー!

攻めがすごいっ! 攻めている自覚がない攻めがすごいっ!

私は両手で顔を覆い、彼にくるっと背を向けて思いきり悶えた。悶えまくった。

またもや笑いを堪えきれずに小さく笑う声がする。こんな奇行を見逃してくれるなんて……やっぱり好き!

横目で見れば、彼は体をこちらに向けて座っていて、片腕はベンチの背もたれに乗せていた。

もうだめ、私、倒れる……。

顔から火が出るって、恥ずかしくなくてもそうなるのね! もう燃えつくして炭になっているんじゃないかっていうくらい顔が熱い。灼熱だ!

まさか好きな人に悶えすぎて、こんなことになるなんて夢にも思わなかった……。

「マリー様、大丈夫ですか?」

そこに突然、エリーの声が聞こえてきた。走ってくるエリーのそばには、イリスさんもいた。

私はこれ以上サレオスといたら襲ってしまう自信があると思い、すぐにここを離れようと立ち上がった。

足下に揃えてあった靴を履き、エリーに駆け寄る。もちろん、上着はちゃっかり借りたままだ。

「あれ? 靴……」

振り返るとサレオスがいつも通り飄々としていた。恐ろしいほどにいつも通りだ……。私をあれほど悶えさせておきながら、自分は通常モードなんてずるい!

さっき見た笑顔は幻覚かしら!?  う感じつつも、とにかく靴のお礼をいわなくては思い立った。

「靴を拾ってくれてありがとう」

……あ。そういえばにおいは大丈夫だっただろうか。私は自分の顔から血の気が引くのを感じた。

うわあああ! でも聞けない! 臭くなかったですかなんて聞けるわけがない!

サレオスは私の顔を見ると、少し下を向いて噴き出した。そばにいたイリスさんがそれを見て目を見開いている。私はそっとイリスさんを見上げると、彼はサレオスと私の顔を交互に見て不安げに尋ねた。

「マリー様、何もされてませんよね?」

それはどういう意味ですか!? え? 私が何かされたってこと? それとも、したってこと?

もしかしてバレてる!? サレオスの上着を持ち帰ろうとしているのがバレてる!? 家で密かにぎゅってして永久保存しようとしているって、よまれてるの!?

あわよくば大きめの枕にコレをセッティングして、擬態させてなんちゃってサレオスを作って一緒に寝たいとか思っていることバレてるの!? どうしよう、通報されるかも……。

「私は何もしていません。(まだ)」

イリスさんの目が見られない。やましい気持ちがありすぎて、俯きながら「未遂です。見逃してください」と消え入りそうな声で呟いた。エリーとイリスさんの視線が痛い。

「……中に戻りましょう!」

状況を察したエリーが、わざと明るく言ってくれた。さすが私のエリー、きっとこの状況から私の思考をすべて見抜いたんだと思う。

そしてそばにやってきたサレオスに、私は泣く泣く上着を返した……。


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