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悪役令嬢はシナリオを知らない(旧題:恋に生きる転生令嬢)※再掲載です  作者: 柊 一葉
未書籍化部分

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女子はいつでも武者修行

6月某日。

お昼休みにカフェテラスにやってきた私は、クレちゃんやアイちゃん、シーナと一緒にのんびりとおしゃべりに花を咲かせていた。


ヴィーくんは少し離れた席で警戒している。うん、誰も襲撃なんてしてこないから普通に食事を摂ってほしいわ。通りすがる令嬢たちがヴィーくんに話しかけるチャンスをうかがっているけれど、目が怖すぎてみんな半径2メートルから近づけないでいる。恋できる日は遠そうだ。




今日はアイちゃんが朝から暗い顔をしているから、何があったのか聞きたくて集まっている。


「ジュールと何かあったの?」


シーナがそういうと、アイちゃんは冥界行きが決まったような暗い顔をした。悲壮感がものすごい。

何があったの、ピンク頭の巨人と。私は補講で死にかけだったジュールの姿を思い出す。


アイちゃんは拳を握りしめ、悲し気な目で話し出した。


「ジュール様ったら卒業後は騎士団に入るっておっしゃっていたのに、ここにきて異国に武者修行に行くかもとか言い出しました」


「えええ!?」


遠距離恋愛っていうか、離れ離れになっちゃうってこと!?武者修行って貴族の坊ちゃんがやることじゃないわね。アイちゃんは目の前に置いてあるパンの山を眺め、はぁ……っとため息をついた。


「これは……私は世界各国の旅レポを書いて稼ぐしかないのでしょうか?」


ジュールについていくつもりだった!アイちゃんにも私に通じるストーカー魂を感じるわ!


「ジュール様は身の回りのことを何一つできませんし、私がそばにいれば食事づくりや洗濯くらいは」


ここにきてアイちゃんが家事スキルを保有していることを知る。ずるい、私だってサレオスのために料理がしたいわ。クッキーの型抜き係しかさせてもらえないけれど。


「ジュールなら生肉でも食べそう。料理なんて丸焼きで十分だわ。アイちゃんが気にするようなことはありませんのよ」


クレちゃんが辛辣かつ的を射た意見を発する。私もそれは同感だわ。シーナも激しくうなずいていた。


「ジュール様はそれでいいとして……旅するときって女性の場合は、色々と心配があるでしょう?危険があるとかいう以前に、その、月のものはどうすればよいのかと」


アイちゃん、かなりリアルに武者修行の旅をイメージしたのね!?


うわ、本当だわ。冒険小説には女性騎士や女性魔導士だって出てくるけれど、誰も一切そこに触れていないものね。何が困るって、魔王との決戦のときに月のものだったら動きにくくて仕方ないわ。あ、でもイラついて攻撃力は上がるかも。


「よく考えたら、女子は毎月のように血に塗れて武者修行してるようなもんなのよ」


シーナが遠い目をしてそんなことを言い出した。


この世界にはタンポンがないから、生理中に激しい運動は絶対的に向かない。生理用品だって楕円形の撒き布を当てておいて、なるべく動かないようにしてがんばって耐えるしかない。


しかも旅先でそれを洗濯できるのか、捨てるときはどうやって隠して捨てるのか。クレちゃんみたいに火魔法が使えれば燃やせるけれど、それにしたって布を大量に持って移動するなんて無理だ。


「衛生的で嵩張らなくて、さっと使えて、処理も簡単なものがあればよろしいのですが」


うん、そんなものは存在しない。貴族令嬢に旅は無理だわ。

アイちゃんも散々考えた後なのだろう、淋し気に笑っている。


「ついていきたいんですが、問題は山積みで……そもそも婚約者でも妻でもないのに連れていってくださるのか」


そこもあるよね。私たち全員から「あぁ~」と納得の声が漏れた。


ジュールなら「連れていって!」って頼めば許してくれそうだけれど、「おまえも異国に行きたいのか、用事があるんだな」とか思っていそう。


シーナが遠い目をして呟く。


「アイちゃんの気持ちには気づいているんだろうけれど、肝心な部分でどこかずれてるもんね~」


アイちゃんは激しく頷いている。さっさと求婚しないジュールが恨めしいわ!



「夏には武術大会がありますので、それで優勝ないし5位以内に入れば騎士爵をもらえるらしいんです。進路はその結果次第と……。

もちろん、現役の騎士も出場しますから狭き門ではあるのですが、ジュール様は何としても優勝したいと毎日鍛錬に励んでおられますわ」


武術大会かぁ。近隣各国の王族や貴族もたくさん見に来るのよね。私は引きこもりだったから一度も観覧したことはないけれど、お父様は外務大臣として陛下や宰相様と一緒に毎年参列している。


ちなみにお母様は昔、剣で5位、そして槍で優勝したそうな。あれ、もしや普通の侯爵夫人じゃない?

でも、そんなお母様の息子のレヴィンが運動音痴なんだから世の中って不思議よね。エレーナはめっちゃ強いけれど。


「私はその日、すでに貴賓席で給仕のアルバイトをするって決まっているわ」


シーナが嬉しそうに言う。おそらく時給がいいんだな。でも貴賓席なんかでバイトしていたら、目をつけられたりして断れない縁談が来たりしないのだろうか。心配だわ!


「ねぇシーナ、縁談とか大丈夫?その美貌でミスコン優勝でってなると、高位貴族の第二夫人にって縁談がくるんじゃ……」


貧乏男爵家のマレット家に、断れる縁談なんてほぼない。なんなら大きな商家からの縁談だって断れないだろう。


子爵家以下の妻にっていう縁談ならともかく、女好きの高位貴族に第ニ夫人として狙われるのはちょっと……。


シーナはジニー先生のことはもう気持ちが落ち着いたって言ってたけれど、まだ結婚する気はないだろうし。


心配そうに見つめると、シーナは笑いながら手のひらを激しく振った。


「大丈夫大丈夫!メアリー様が『マレット家はテルフォード家の傘下ですから』って社交界で宣言してくれたのよ!」


「ふぇぇぇ!?」


お母様!?そんなことまで手をまわしていたの!?


「しかも、もし良い縁談がなかったら、卒業後はメアリー様の商会で受付嬢として雇ってくれるって」


知らなかった。お母様ったらすでに青田刈りしてたのね!娘の友達ってだけで人を雇うようなタイプではないから、シーナの美貌と明るさを評価したんだと思う。


「メアリー様は美人を囲い込むのがうまいですからね~」


クレちゃんはデザートのタルトにフォークを入れ、ふふっと笑った。シーナは冷たいジュースをゴクンと飲んで、アイちゃんのタルトの苺を奪うとポイっと口に放り込んだ。


「縁談を受けるにも、持参金がないからな~、バイトはしなきゃ。そういうわけで、武術大会ではしっかり稼がせてもらうわよ……!ふふふ、それに今から卒業パーティーのドレスのお金を貯金しないといけないのよ」


姐さん、頼もしいです。ここまでストイックに金を稼ぐヒロインはめずらしい。


「でもまぁ、最近はマジメに進路のことを考え始めて……学園で先生になるのもいいかなって」


「えええ!?」


まさかの就職!私とアイちゃんはびっくりして前のめりになる。クレちゃんは微笑みながら「それはいいわね」と冷静だ。


「クレアーナを見ていたら、結婚もいいけど仕事するのもいいかなって。ほら、私ってどこかの家で麗しいご婦人やってるのも似合わなくない?」


言われてみればそうかも、と私は納得してしまう。


「それに、先生になれば3年間は結婚しなくていいって規定があるのよ。だから縁談を強制されることも表向きはないし、そのうち好きな人ができるかもしれないし?」


シーナがふふふと美しく微笑む。ただしちょっぴり悪い顔をしている。


「私は仕事も恋も、どっちも手に入れるのよ!そして収入も……ふへへへへ」


おおお、姐さんが野望を抱いている!

笑い方がヒロインっぽくないけれど、なんか頼もしいわ!


それからしばらく、シーナは最近注目している投資の話をしていた。宝石や不動産の転売を語るヒロインって……斬新だわ。


もうそろそろお昼も終わりかという頃、クレちゃんが紅茶にミルクを入れてかき混ぜながら私に向かって今年の武術大会時期の予定を尋ねてきた。


「マリー様は今年もタウンハウスでのんびりするのでしょう?武術大会なんておもしろくないし。私はフィーやユリがやってくるから、一緒に街を見てまわろうと思っているの」


あら、妹ちゃんたち来るのね!ってことは多分エレーナもくるな。手紙を書いておかなきゃ。


「なら、私も一緒にいくわ」


シーナが不思議そうな顔をした。


「あら?サレオス様は?」


「サレオスは7月に入ってすぐ、トゥランに戻るの。だから武術大会のときにはアガルタにいないわ」


「えええ、離れ離れじゃない。我慢できるの?」


シーナに指摘され、私はしょぼんと落ち込んだ。


「違うわよ、マリーじゃなくてサレオス様が」


「え!?多分大丈夫と思うわ、きっと忙殺されてあっという間に時間が経つんじゃないかしら」


そうよ、ストークホルンでやることはたくさんあるだろうし、やばいのは私よ。サレオス人形がないと淋しくて死んじゃうかもしれないわ。


私が力なく笑うものだから、クレちゃんが優しく背中を撫でてくれた。うっ……!女神に癒されながら耐えるわ!


「テーザ様は武術大会を見に来るらしいです。王弟なのによろしいのですかって尋ねたら、『行事の準備は担当じゃないんだよね』って明るく笑ってたわ」


自由!叔父様、さすがの自由です。まぁさすがに長居はできないから、私たちよりは早く出立するらしいけれど。

シーナとアイちゃんはまだ叔父様とちゃんと話したことがないから、ものすごく楽しみだと言っている。


そうだろう、そうだろう。見て驚くがいい、あのクレアーナ溺愛劇場を!私はニヤニヤしながら、デザートのタルトを頬張った。


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