世にも気まずい晩餐会【後】
しんと静まり返る食堂。ただ、お母様だけは冷静に事を運ぼうとしていた。
「アラン、殿下ならマリーちゃんを守れるだけの能力も財力もあるから大丈夫よ」
「ぐっ……」
腕組みをし直したお父様は、視線をテーブルの上のワインに移して黙り込む。
「だいたいあなたが以前ノルフェルトのアリソンくんにエスコートをさせたのだって、彼なら防御魔法に秀でているからマリーちゃんを任せてもいいと思ったんでしょう?」
えええ、そんな理由!?親友の息子だからじゃなかったんだ。私の頭には、攻撃魔法は使えないと笑っていた先輩の顔が浮かぶ。
一族には防御魔法しか使えなくて地味だと侮られているらしいけれど、うちのお父様はその防御魔法が欲しかったのね、私のために……。
お父様は俯いたまま、苦しげに呟いた。
「マリーには、安全で平穏な暮らしをしてもらいたいのだ。だから遠いトゥランには……」
「もう危険な目に遭わないように、一生マリーちゃんを守ってくださるわよね?殿下」
お母様がサレオスに視線を向ける。美しいのに、瞳が脅迫めいた光を宿しているのはなぜなの……?
「はい。マリーが嫁ぐ頃には平穏に暮らせるよう、すでに邸の改修をはじめています」
「改修だと?」
お父様がサレオスの言葉に反応した。相変わらず腕組みをしたままで、なんなら地震規模の貧乏ゆすりで床が揺れているけれど、お父様が話題に食いついたわ!
サレオスはお父様をまっすぐに見つめ、邸の大改修計画を話し始めた。
「ルレオードの邸は本邸をはじめ、周囲の七つの塔をすべて改修します。外部からの侵入者を徹底的に防ぐ新たな魔術式を構築し、旧時代の迎撃システムはすべて新しく配置しなおす計画です」
「はっ、それだけ攻められる可能性があるということだろうが」
「ええ、それはもうトゥランである以上仕方のないことなので。ですから、これからは来たものを撃つのではなく、積極的に外敵を排除する方向にシフトします」
え?どういうこと?
私は目をぱちぱちさせてしまう。
お父様も「は?」と動揺しているわ。
「大丈夫です、攻められる前に攻めます」
「ま、待って?ちょっと待って殿下。戦でも起こすつもりなのか!?」
急にオロオロし出したお父様に、サレオスはふっと笑って否定した。
「まさか、戦など」
「ですよね、それはよかった」
「はい、マリーのためにも世界は残しておかなければ」
「……王族ジョーク?それは冗談ですか、本気ですか?」
どうしよう、お父様が引いてるわ。さっきまでのお怒りモードがすっかりなりを潜めてしまっている。
サレオスは相変わらずマイペースに話を続けた。
「安全上、詳細は教えられないのですが、敵意を持つ者を確実に仕留める魔術式を組み込みますのでご安心を。
あぁそれから、マリーに邪な感情を抱いていない者で、登録してある特定の人物しか本邸に入れないようにします」
「……あぁ、それは何よりだが」
「それにマリーがうっかり外に出て迷子になっては危険ですから、俺の許可なくして外には出られないように内側の結界も限界まで強めます」
「は?ねぇ殿下待って?それは俗にいう幽閉ってやつじゃないですかねー?」
うん、そこ気になるわよね。私も気になったわお父様。どれくらいしっかり軟禁してもらえるか、親として知っておきたいわよね!
サレオスは飄々とした態度を崩さず、さも当然のように答えた。
「いえ、うっかり迷子になるのを防ぐためです。あぁ、本邸の中には街同様の飲食店や書庫もありますから大丈夫です。必要なものはすべて邸の中で揃うようにしますし、屋内庭園も新たにつくります」
え?それは初めて聞いたわ!至れり尽くせりね。
「それから、クレアーナの部屋も用意しますから、マリーに不自由な思いはさせません」
「まぁ……すごいわ!」
充実の軟禁生活!思わず感嘆の声が漏れる。
あれ、でもお父様は全然納得してないみたい。何だか顔色が悪い。
「あ、いえ、そういうことじゃないんですが…………うっかり?まさか逃げないように捕まえておこうなんてことじゃないよね?」
「ええ、うっかりです。もちろん、うっかり迷子を防ぐためですよ」
食堂に沈黙が広がり、お母様がグラスにワインを注ぐ音だけが響く。
そしてしばらくの後、急に立ち上がったお父様が私に向かって叫んだ。
「マリィィィィ!本当にサレオス殿下でいいのかい!?」
「ええ、もちろん」
あっさりと返事をした私を見て、お父様は信じられないといった風に口をあんぐり開けている。何がいけないのかしら。うっかり迷子になったら困るもの、軟禁歓迎だわ。
「私はどうせエリーやヴィーくん、リサがいなければ外になんて出られませんし、危険なんてそんなにないわよお父様」
いやだわお父様ったら心配性なんだから。安心してもらおうとにっこり笑ってみるけれど、お父様の反応は芳しくない。
「いや、一番危険な男がおもいっきり隣にいるぞ」
「え?もう、お父様ったらいくら認めたくないからってサレオスのことを危険だなんて。これはさすがに怒っていいわよサレオス」
私がそう言って彼の方を見ると、まったく怒っていないようで優しく笑いかけてくれた。
きゃぁぁぁ!かっこよすぎるー!無表情も好きだけれど、ふいの笑顔が素敵すぎるわー!
ついキュンときてしまい、頬が緩む。
しかしお父様は不安げに顔をしかめていて、今にも泣きそうだ。
「何か殿下に言いたいことはないのか?大丈夫なのか?」
言いたいことって?軟禁ありがとうってことかしら。私はしばらく考え込んで、思いついたことを口にした。
「サレオスのことは私が幸せにします?」
「マリー、違う。そうじゃない」
お父様が右手で額を押さえ、打ちひしがれている。
サレオスを見ると、優しい目で見つめてくれていた。
「ねぇ、そんなに改修するなんて、いいのよ?私だったらサレオスのそばから離れないから、内側からの結界は後回しにしてくれても」
私は彼の膝の上にあった手にそっと自分の手を重ね、濃紺の瞳を見つめて言ってみた。
そんなに大事にしてくれるなんて、キュンと萌えが入り乱れて大混雑よ。親の前なのにニヤニヤが止まらないわ。
「マリーの安全が一番だから、それはできない。遅れたらそれこそ、結界ができるまで俺の執務室をマリーの部屋にしないといけなくなる。来年の年明けには魔術式を完成させるつもりだ」
「ふふふ、それでもいいわよ。ずっと一緒に居られるもの!一瞬だって離れたくないの」
きゃあ、言ってしまったわ!私ったらこんなにワガママを言ってうざいと思われないかしら。自重しなければ、と少しだけ思った。
「あぁ、ずっとそばに居ればいい」
うきゃぁぁぁ!お許しがもらえたわ!
はしゃぐ私の隣で、自由を極めているお母様はすでにワインを飲み始めている。
「お父様、私はどうしてもサレオスと結婚したいの。こんなに私を愛してくれる人はいないわ」
秘技、泣き落とし!と思ったけれど無理。幸せすぎて涙が一滴も落ちなかった。せっかく胸の前で手を組んで、かわいくお願いしてみたけれど全然泣けないわ。
お母様がテーブルの上に目薬をそっと差し出してきたけれど、おもいっきり見えてるから。遅いわタイミングが。
私とお母様は、目薬をお互いに押し付け合ってしまう。
するとついにお父様がキレた。机をバシッと叩いて、大声で叫び始める。
「酒持ってこい酒をー!やってられるかー!」
「お父様!?」
私はびっくりして声を上げた。酔っていないのに酒乱!?
お母様は「あらあら」と言ってはいるけれど、他人事のようだ。
給仕スタッフがどんどん酒やつまみを持ってやってきて、謎のどす黒い酒がお父様とサレオスの前にドンッと置かれた。
こら、置いてすぐ逃げるんじゃないの、お父様が怖いからって!
「マリーをここまでおかしくしたんだから、責任もって一生涯大事にしろよ!
絶対に浮気は許さん!死ぬまでマリーだけだ!絶対だぞ!」
あれ、今お父様におかしい認定された。なんで!?ただサレオスを好きになっただけなのに、どうしておかしいって言われなきゃいけないのかしら。
私は首を傾げるも、お父様は完全に目が据わっていた。まだ呑んでいないのにすでに酒乱みたい。
対するサレオスは、そんなお父様を見てもまったく動揺せず、今日イチの笑みを浮かべてお礼を述べた。
「ありがとうございます、婚約を認めていただいて。マリーのことはずっと大切にします。見えるところに置きます」
はっ!?お父様、ついに認めてくれたのね!?
私はようやくそれに気づく。
「お、おい、ちょっとくらいは見えないところにも行かせてあげろ。マリーに窮屈な思いはさせるなよ」
お父様の苦言に、サレオスが首を傾げているわ。
「なんで『理解できないがまぁ笑ってごまかそう』みたいな顔してるんだ。だいたい笑えてないからな?自分で思ってる以上に表情筋が死んでるからな?」
お父様ったら完全にタメ口になってるわ。王子様なのに……。
「わかってます父上」
「やめろ、父と呼ぶな。まだマリーは嫁に出してない。他人だからな、他人だから!」
お父様のあまりの往生際の悪さに、お母様が笑っている。ナッツをぽりぽりしながらワインを傾けてニヤニヤしているわ。
まぁでも、お父様に許してもらえたからよかった!
私はすぐに料理長に視線を送り、温め直したスープや前菜など料理を運んでもらった。
お父様はサレオスにありえないくらいの量の酒を飲ませ、この日はテルフォード家に朝まで監禁したのだった。




