閑話 エアホッケー後日談
私が官能小説でエアホッケーを繰り広げてしまった翌日。
お昼休みの中庭で、シーナがぐでんとだらしなくテーブルに突っ伏していた。
どうやらさっきの魔法実技の訓練で、サレオスに相当叱られたらしい。授業そっちのけで。
「も~、ちょっと心が狭くない?サレオス様って~」
「ふふふ、ごめんなさいね私のサレオスが」
きゃぁぁぁ!言ってやったわ、私のって!
私のことが好きすぎて、本であっても他の男を知るの許さないなんて……愛されすぎて怖いわ。うそ、怖くない。萌え死ぬ。
机に頬をくっつけたまま、シーナはおバカ絶好調な私を見ている。
「しかも『マリーがかわいすぎるから、般若心境とやらの上級を教えろ』とか何とか。バカじゃないの、上級とか低級とかないわよ魔法じゃないんだから。あの心を無にする呪文が効かないなんて、どれだけ煩悩にまみれてるのよ。あなたたちって実はバカでしょう!?」
「か、かわ!?」
かわいいですってぇぇぇ!?
「かわいいって言ったの、私のことを!?やだどうしよう、記念日が増えまくるわ」
こみ上げるキュンに耐え切れず、私もついにテーブルにダウンした。かわいいって言ってくれた記念日……幸せすぎる。
「普通の青春、平穏な学園生活……最高だわ」
思わず口からため息がこぼれる。幸せのため息が。
そんな私にシーナが苦々しい表情でツッコミを入れた。
「いや、こっちの平穏がおもいっきり乱されてるんですけれど!?」
「えええ、それはシーナが私にマニア向けのエロ本を持ってくるからじゃないの」
「違うわよ、あれはアイちゃんが選んだ上級者向けよ。だいたいただのエロじゃないの、ストーリー重視の作品だから」
シーナの熱弁はしばらく続き、私が途中でクレちゃんに没収された作品の続きも教えてくれた。
「いったん別れようとするけれど、彼が戦地に行っちゃって、追いかけていくのよ夫人が」
なんと!?戦地まで!アグレッシブな不倫だわ。夫は役人であまり帰ってこない人とはいえ、追いかけて行ってバレないのかしら。
「それで野営地で諸々……そこを部下の若手イケメンに見られて、後日その部下ともいい感じになって、最終的には夫と別れて騎士団長と再婚して、その若い部下を愛人にするという」
「えええ!?なんでそこで団長一筋にならないの!何やってるの夫人!」
どこまでも不倫が続く話なのね……!シーナの中では名作らしいけれど、私としては団長と添い遂げる感じでいってほしかったわ!
「あぁ、そうそう。マリーの部屋にアイちゃんが忘れていった本はね、サレオス様に読んでって渡しておいたわ」
はぁぁぁぁ!?ちょっとどういうこと!?
私は思わず身をがばっと起こして目を見開いた。
「そ、それをサレオスはどうしたの!?読んだの?持って帰ったの?」
自分は本で勉強する気満々だったけれど、恋人の手にいざそれが渡ると複雑だわ……。半泣きになる私を見て、シーナはニヤニヤと悪い笑みを浮かべていた。
「それがサレオス様ったら見向きもせずに、隣にいたジュールのかばんに勝手に入れたの。今頃ジュールがびっくりしてるんじゃない?ちょっと席を離れていた間に、知らないエロ本がかばんに入っているんだから」
あら、それはちょっと楽しみだわ。その現場が見られないのが残念。
私たちが笑い合っていると、アイちゃんが中庭に向かって猛スピードで走ってくるのが見えた。
あまりに肩で息をしているから、その必死さが伝わってくる。
「どうしたのアイちゃん」
シーナがやっと上半身を起こして、テーブルに滑り込むようにして入ってきた彼女に問いかけた。
「ジジジジジジュール様がっ!人に言えないような本がかばんに入っていて……!」
ん?それはもしかしなくても、シーナがサレオス経由で忍ばせた本だね。
アイちゃんは今にも泣きそうな顔で、シーナの手を握って訴えかける。
「自分のじゃないって言い訳を……!どこの世界に補講の準備をしようとして、官能小説を机に出す人がいるんですの!?しかも私への当てつけのように巨乳美女とイケメンの恋物語など!」
うん、アイちゃん、けっこうしっかり読み込んだね。
「悔しいので借りてやりましたわ!『これはわたくしのだったかもしれませんわ』と言って」
いや、その流れでいうとアイちゃんが所有者になっちゃうよ!?しかも好きな人のかばんに、間違ってそれを入れちゃったっていう黒歴史になっちゃうよ!?
今まさにその本を片手に握りしめているアイちゃんは、自分がやらかしたことに気づいていないらしい。シーナがそっと本を手から奪うと、自分のかばんに収納した。「おかえり」と呟いて……。
その後、シーナがジュールにしっかり説明した。




