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禁断の書が禁断すぎた話があるんだけど、聞く?

夜、まだ眠くはならない8時過ぎ。

二人きりなのをいいことに、私たちはとにかくベタベタくっついていた。


「明日は商人たちが公館を訪れるから、マリーによく似合うものがあれば見繕ってくる」


「ええ、嬉しい!でも、サレオスと一秒でも長く居たいわ。何もなくてもいいからとにかく早く来てね?」


彼は膝に乗せた私の髪を優しく撫でる。平和すぎて、ラブラブすぎて、周囲を警戒したくなるほどに順調だわ。


ベルトコンベアー、流れるプール、回転寿司……とにかく勝手に進んでいくこのキュン死に行きの恋。

もしかして、一生分の運を使ってる?不安になるほど幸せなわけで。


うん、その結果、人に指摘されなくても自分で思う。「何この浮ついた会話。バカだな」って……。


どこか客観的に見てしまい、恋愛ハードモードの神様襲来に備えてしまう。来ないなら来ないって、教えてくれないかしら。ふとした瞬間に不安が胸をかすめる。




あぁ、でも毎日のように繰り広げられるバカな会話や過剰接触は仕方ないの。


これまでに溜まりに溜まった片想い時代のストレスのやり場がないのよ。恋煩いの廃棄場でも作ってもらわなきゃ。超がつくほどの不燃物だからね。


ただ、それだけじゃない。


両想いになって婚約(仮)できて浮かれているのもあるけれど、7月に入ったらすぐにサレオスがトゥランに戻ってしまうことが大きい。


7月下旬に行われる建国式典のため、サレオスは少し早めに国に帰ってしまうのだ。


私とクレちゃんは、7月の15日前後にこちらを出発する予定で、バナンから船に乗って5日でストークスホルンに到着する流れになっている。


いまいち日程がはっきりしないのは、船が1日2日は遅れる可能性があるから。船が港に入って来なければ、バナンのお爺様宅で1泊するつもりだ。


なんと20日間よ、20日間!会いたくて絶対泣く。気が狂うかもしれないから、その間だけでもキャサリン先生にサレオス人形を借りようと密かに心に決めている。


はぁ……どうしてこうも離れ離れになっちゃうのかしら。


「またしばらく会えなくなっちゃうのよね」


ついそんなことを言ってしまう。


「一緒に行ければよかったのだが、俺は向こうについても準備があってそばにいてやれないからな。アマルティア姉上にマリーを預けることも考えたんだが……」


「あら、お姉様に?」


彼の長い指がそっと私の頬に触れる。


「つわりで身体がツライらしい」


「え!?そうなの!それは安静にしてもらわなきゃ」


二人目の赤ちゃんかぁ~レオン殿下みたいな黒髪の愛らしい赤ちゃんかしら?それともお姉様に似た銀髪の赤ちゃんかしら?


どちらにしても美形が生まれて、またカイム様の溺愛劇場が繰り広げられるんだわ。今度こそ、適度な運動をして安産であってほしい。


「来年には生まれるのよね!あぁ、抱っこしたいわ~ふにふにしたい!」


「そうだな。それに城に行けばまたレオンに会える」


ふふふ、サレオスとしばらく会えないのは悲しいけれど、ストークスホルンのお城は楽しみだわ!


淋しいけれど、耐えなくては。楽しいことが待ってるんだもの!

私は彼の胸に抱きつきながらお願いをする。


「離れていても目移りしないでね?他の女の子とは仲良くしないでね?」


なんといっても私はモブ。離れている間にどこの誰かもわからないヒロイン属性に、サレオスを奪われないか心配してしまう。


「他の女などいらない。俺が欲しいのはマリーだけだ」


ぎゃぁぁぁ!!それ録音させてぇぇぇ!!


衝撃で倒れかかった私は、その隙に額や目元、頬に優しくキスをされて抱き寄せられた。背中と肩に回された腕が力強くてドキドキする。

やばい、そろそろ離れないと口から心臓が出そう。すでに白目。


私は彼の膝から降り、お茶のおかわりを淹れようとした。


が、いつものイケボがそれを制する。


「あぁ、マリー。もう今日は帰るよ。寮でやらないといけないことがあるから」


あ、そうだわ。今日は制服のままだものね。きっと忙しかったのに……。

私は慌てて茶器を置き、サレオスについてテラスの方に向かった。


ううっ……もう少しだけ一緒に居たい。


つい上着の裾を指でひっぱって引き止めてしまう。俯いた視界には、薄いルームシューズを履いた小さな足が見えた。


「マリー?」


上着を引っ張られたことで、彼が振り返った。困った顔をしているかしら。

ちょっとだけ居て欲しいと、ワガママを言っても嫌われないかな。


裾を掴む手に、大きな手が添えられる。


「どうした?」


「……」


早く言わないと、怨念を込めていると思われるかもしれないわ。勇気を出して、じっと目を見つめて声を振り絞る。


「もう少しだけ、居て……?」


「っ!」


言ったー!私がんばりましたよー!


添えられた彼の手に、ぐっと力が込められる。そしてそのまま手を引き寄せられ、ぎゅうっと強く抱きしめられた。


「マリー」


ぐっ……!いい匂いがするー!あったかくて幸せだわ!

やばいどうしよう、このままベッドで一緒に眠りたい。連れ込みは犯罪かしら。目潰しされたらどうしよう。


あぁ、でもサレオスと一緒に寝られるなら目の1つや2つや3つくらいは差し出す価値あり。

そんなくだらないことばかりが頭をよぎる。


「くっ……このまま連れて帰るか……」


サレオスが私の頭をしっかりと抱え、白金の髪に顔を埋めて呟いた。


ダメだわ、私このまま男子寮にまで着いていっちゃいそう。収集家から変態になるわけにはいかない。そんなジョブチェンはさすがにまずい。


それにお仕事があるものね……。我慢しなきゃ。

私は彼の胸に小さな手をぐっと突っ張って、そろそろと離れた。


「ごめんなさいワガママだったわ」


そう言って笑って見せれば、顎を持ち上げられて深く口付けられた。上唇と下唇を食べられるように何度もキスをされ、惜しみなく愛情を伝えられる。


そして唇が離れるとまたしっかりと抱きしめられて、サレオスは大きなため息をついた。


「明日は、もっと長く一緒に居られるように時間を空けるから。すまない、マリー」


こうして私たちはようやくおやすみなさいを言って別れる、はずだった。


そう、はずだったのに。

恥死事件は突然にやってきた……。


彼が、私の頭越しに見える一冊の本に気づいたのだ。


「マリー、何か落ちている」

「へ?」


私はサレオスの腕からゆっくりと離れ、後ろを振り返った。

するとそこには、かすかに見覚えのある緑色の表紙の本がぽとんと一冊落ちていた。


アイちゃんが座っていた、ソファーのすぐ隣に。


「ひっ!!」


私は驚愕のあまり悲鳴を上げてしまった。あ、あれはまさかぁぁぁ!


「マリー、なぜ本が床に?」


「ダメッ……!!」


ぎゃぁぁぁぁぁ!!

乙女のイメージのピンチ!!!!


私は一足飛びに本に向かって駆け出す。床を思いきり蹴り、飛びつくように本の前にしゃがみ込んだ。


それはもう、忍者ばりの素早さで。

人生でこれほど速く動いたことは、多分ない。心が瞬時に凍結し、脳の防衛スイッチがオンになって身体が勝手に動く。


私は本の傍らで右手をすぐに引き上げると、指先まで力を込めて手刀をつくった。


絶対に、見られてなるものかっ!


だるま落としのごとく横から大きく振りかぶり、私の手は落ちていた本を容赦なくはじき飛ばす。


--シュンッ……


緑色の本が床を滑った。

まるでエアホッケーのように。


渾身の一撃は「本を壁際のチェストの下に入れてしまおう」そう考えた結果の行動だった。


全腕力を注いでの一振りを食らった本は、ものすごいスピードを出す。緑の塊がシュンッと音を立てて飛んでいった。


それなのに……!


「「あ」」


本はチェストの下に潜るには分厚すぎて、あろうことか跳ね返ってしまった。


勢いがつきすぎた本は、またもやシュンッという音を立てて私の後ろまで飛んでいく。


え、何このブロックされた感!


「はっ!?」


そして。


「……これは、また変わった本だな」



禁断の書は、もっとも渡って欲しくない人の手に堕ちた。正確には脚で止められたんだけれど。


「あああああ!」


私は絶望した。


終わった。


この恋、終わったわ。


禁断の書が見つかって婚約破棄って、どこに出しても恥ずかしい令嬢のできあがりじゃないの!


本を手に持ってやや引いているサレオスを見て、私はその場から立ち上がれなかった。


タイトルが、「講師と夜の課外授業で禁断の◯ ◯ ◯ ◯を」って……悲惨すぎる。アイちゃん、選び方がハイセンス。


◯ ◯ ◯ ◯って何だ!?猥褻な言葉だというのはわかるけれど、レベルが足りなくて私にはわからないぃぃぃ!


だいたい。講師と生徒とか使い古された設定なんて、今の私の状況に比べたらまったく禁断じゃないわよ!!


婚約者に官能小説を発見されて、隠蔽に失敗する方がよほど禁断だわ!これを超える禁断があるなら知りたいわよ!


「ゴメンナサイ……」


がっくりと項垂れる私。じっとしていると、本を全力で叩いたせいで手の側面がじんじんと痛い。これは赤くなっている気がする……。


しばらく無言が続いた後、低い靴音が私の元に近づいてきた。死刑執行人のおでましである。


「これは誰の忘れ物だ……?まぁ聞かなくても予想はつくが」


ひぃぃぃ!明らかに不機嫌モード!

サレオスは床にへたり込む私の後ろに片膝をついた。その手にはもちろん、禁断の書が……もう処刑の気配しかしない。


「まったく、いつからこんなものを。どうせシーナだろう」


「……」


何も答えずにいると、私を包み込むように抱きしめた彼がおそろしく低い声で囁いた。


「結婚する前に勉強しておけとでも言われたのか。マリーは何も知らなくていい」


完全にバレている。察しの良い婚約者様で助かるわ……。


「シーナが『何も知らなかったら、泣いて逃げるか気絶する』って」


うん、その可能性は私も大いに心配。逃げないけれど、気絶はしそうだわ。

でも彼は平然と言い放った。


「それのどこが問題だ?泣いて逃げても、逃さないから問題ない」


……ん?辻褄が合わない気がするのは私だけかしら。


後ろから抱きすくめられ、疑問が頭をよぎっても気まずくて彼の顔が見られない。


床に座り込んだまま、ただただ硬直している私の頬に、彼の人差し指が緩やかにつたう。


「気絶は困るが少しずつ慣らすから大丈夫だ……結婚までまだたくさん時間はある」


「ひっ……!」


背中に、ずしっとのしかかるように重みを感じる。これは物理的に体重がかかっているからなのかそれとも……。


腕の中で少しだけ顔を横に向けて振り向けば、冷たい唇が頬にあたりチュッと軽い音が鳴った。


「他に何か心配していることは?」


「あ、ありません……」


「これは読まずにシーナに返せ。マリーが他の男を知るのは許さない。例えそれが本であっても、だ」


そっち!?エロ本読んでたことに怒るんじゃなくてそっちなの!?

どこまでも独占欲が強い黒髪の王子様に、私はドン引き……せずにキュンときた。


私のことをそんなに愛してくれているのね!本にまでヤキモチを妬くなんて、困った人。やだ、嬉しくて泣けてきたわ。勢いよく振り返り、涙目のまま彼を見上げた。


「もちろんシーナに返す。もう薦められても読まない!」


「……なぜ泣く?そんなにこの本が読みたいか」

「違う違う違う!」


なんて勘違いするのよ!?官能小説が読みたすぎて、婚約者の前で泣くほど悔しがるって度がすぎるでしょう!?



サレオスはその後10分くらいそばにいてくれて、徹底的に私を甘やかしてまた窓から帰っていった。




9時過ぎに帰ってきたヴィーくんに、私はサレオスとの話を聞いてもらいたくて速攻で話しかける。


「おかえりなさい!」


ヴィーくんは紫髪の頭に薄手のタオルを巻きつけ、黒い半袖Tシャツに脚に沿った細身の黒いボトムで、どこぞのガテン系男子のようなスタイルで帰ってきた。


「た、ただいま戻りました……ごきげんですね主様」


私の勢いにちょっと怯んだヴィーくんだったけれど、すぐに笑顔で答えてくれる。


「ねぇ、禁断の書が禁断すぎた話があるんだけど、聞く?」


「は?」


このあと、めちゃくちゃヴィーくんを軟禁した。自分がアサシンにお砂糖をぶちまけているとも知らずに。


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