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人の恋バナで盛り上がる

クレちゃんによって片付けられたシーナの官能小説コレクションは、私のデスクの上に山積みにされていた。


5冊ずつの2セット。さらにもう5冊あったのは、アイちゃんが部屋に持って帰るというから渡しておいた。


遠目から机の上を見れば、まさかこれが官能小説の山だとは思うまい。ものすごく勤勉な人の机みたいだわ。


でも、こんなものサレオスに見られたら通報されて投獄されそう。そんなのは私の理想の監禁じゃない。


「これはマズイわ、処理しておかなきゃ」


サレオスは人形騒動の取引後、毎日夕食後に私の部屋に会いに来てくれている。


私の髪で一通りくるくるして、おやすみと言ってキスをして帰っていくというのが習慣になりつつあるのだ。でもなぜか絶対に窓からきて窓から帰っていく。なんで?


「ねぇ、トゥランって窓から出入りするの?雪国だから?」


私の質問に対し、エリーは「そんなバカな」と笑った。


「今夜もいらっしゃるでしょうから、この本はシーナ様の部屋に戻してきますね」


袋に入れて厳重に封をした禁断の書物たちは、エリーが姐さんの部屋に運んでくれた。「今度はもう少しライトな本を持ってきて」とシーナと約束を交わして読書会は終了となる。


よかった、これで恥死案件を増やさずに済んだわ!


私はアイちゃんを見て、まさかとは思うけれど一応忠告した。


「アイちゃん、くれぐれもジュールに見られないようにね!?」


「へっ……?あの、この『わからない言葉リスト』をジュール様に尋ねてはいけませんの?」


ぎゃあああああ!危ないっ!アイちゃんの天然がひどい、ひどすぎる。

いきなりそんなもの尋ねられたらジュールはどんな反応をするだろうか。きっとシーナのところに苦情がいくはず。


「さすがにそれはダメよアイちゃん」


クレちゃんが優しく諭す。ただアイちゃんは「ではお兄様に聞いてみますわ」と言っていた。事故のにおいしかしない。




気を取り直してのんびりとお茶を楽しんでいると、窓からサレオスがやってきた。コンコンと窓を叩く音が響き、みんなが一斉に窓に注目する。


「「「サレオス様!?」」」


あれ、みんなが想像以上にびっくりしている。そうね、来ることは話していたけれど、まさか窓から来るとは思ってないものね。


鍵は開けてあるのに、いつもテラスのところから律儀にノックしてくれる。こういうさりげなく紳士なところがまた好きなのよね~!あぁ、紳士は窓から入ってこないっていうのは今はナシで。


「禁断の愛の逢瀬……ぐふっ……!」


アイちゃんがなぜかめちゃめちゃメモを取る手を走らせている。何か発見があったらしい。


サレオスはどこかに行っていたのか、制服のままだった。私は窓を開けて彼を部屋に招き入れ、長椅子に座ってもらった。リサが紅茶を淹れてくれて、なぜか女子会にサレオスが加わるという謎の会ができあがる。


「マリー、さっきそこでセシリア嬢を見かけた。こっそり外出するようだった」


「セシリアを?彼に会いに行くのかしら」


隣に座った私の手を、サレオスが自然に取って優しく握った。斜め前の一人がけに座るシーナがニヤニヤしてこっちを見ている。今さらだけど、見られると恥ずかしい……!


私はクレちゃんとサレオスの間に挟まれて座っているけれど、サレオスにひっぱられてかなり密着している。友達の前なのに、公開処刑とも言える状況だわ。


「多分、サロンの窓から抜け出したんだろうな。植え込みにハマってた」


「ハマってたの!?セシリアが!?」


「あぁ、動きやすそうな庶民の服を着ていたし、あの(たくま)しさならそのうち抜けられるだろう」


助けてあげてぇぇぇ!でもサレオスはいつも通りだった。私の手を握っている逆の手で、白金の長い髪を撫でて優しいまなざしを向けている。


シーナが果実酒の入ったグラスを手に、ケラケラと笑い始めた。あれ、果実酒の瓶が空だわ。しかも2本目まで。


「そういえば、騎士団でバイトしているときに何度か見たわセシリアっぽい女を」


あら、シーナも知ってたんだ。どうやらセシリアのお相手は、高位貴族の娘と噂の絶えないイケメン騎士らしい。


「騎士のダグラスって言ったら、侍女や使用人の間で有名よ。お偉いさんの娘ばかりと付き合って、結婚後に後ろ盾や財産が欲しいって感じの男ね。

最近はセシリアと一緒にいるところをよく目撃されているけれど、みんな『また乗り替えたんだー』ってくらいの薄い反応よ」


あらら、かなり遊び人なのね。シーナの話にクレちゃんも頷いていて、名前と悪評は知っていたみたい。


「見た目はおキレイですものね~。柔らかな金髪に彫の深いお顔で、緑色の目が宝石のようで見つめられたいって婦女子に人気ですわ。確か子爵家の長男で25歳くらいなはず」


「クレちゃんは会ったことあるの?」


私の問いかけに、クレちゃんは苦笑いで首を振った。


「何度かお見かけしたくらいかしら。でも夜会には相当出席しているはずよ、人懐っこい感じというか、取り入るのが上手い印象はあるわね」


「そうなんだ……」


せっかくセシリアが真実の愛に目覚めたって言ってたのに、これはもう遊ばれてるか利用されてるかそんな気がしてならないわ。


みんな同じことを思ったのか、哀れむように苦い表情をしている。

ところがシーナだけは、テンション高めに前のめりではしゃぎだした。


「まぁそのうち熱は冷めるでしょ。家柄を考えても長くは続かなさそうだしね。やだ、それにしてもフレデリック様ったら、マリーにフラれてセシリアにもってフラれすぎでしょう!」


ものすごく嬉しそうねシーナ!お腹を抱えて笑っている。これ完璧に酔ってるわね!


フレデリック様の名前が出たところで、私はセシリアの言っていた王太子の婚約者候補について思い出す。


「そういえばフレデリック様、婚約者候補を5人に絞ったんですってね。ねぇ、エリー。ヴァンから何か聞いてない?」


昨日の夜はお休みで、ヴァンとエリーは食事に行っていたはず。私はソファーに座ったまま振り返り、背もたれを抱くように腕を乗せてエリーを呼ぶ。


エリーは私のすぐ前に歩いてくると、「お行儀が悪いですよ」と笑って私の肩に手を置いて元の姿勢に戻させた。


「昨日の夜にヴァンから聞いたのですが、確かに5人のお嬢様方に候補を絞ったそうです。早く婚約者を決めろと言う苦情に飽き飽きしていたらしいです、主に従者たちが」


そうなんだ。王太子様だものね、本来ならすでに婚約者がいてもおかしくないわ。むしろいない今の状態がおかしいんだものね。

私はふんふんと頷いた。


「それで……サレオス様とフレデリック様がお話合いをされたあの後に」


なんだか言いにくそうね。いや、呆れているのか。エリーは眉を顰めている。


「ダーツで決めたそうです」


「「はぁ!?」」


なんでも、ヴァンたち従者が用意した22人の令嬢の名前が書かれたダーツボードに向かって、フレデリック様が5本のダーツを投げたらしい。


こら、そんな方法で未来の王妃を決めるな!


「マリー様のご婚約がよほど精神的に堪えたらしく、ヴァンの口車に乗せられてまんまと……」


エリーったら、自分の夫なのに口車って言っちゃってるわ。まぁ、彼ならうまいこと言って丸め込みそうだと想像はつく。


「でも仕方ないわよね~。王族なら政略結婚は避けられないもの。今まで自由にマリーを追い掛け回せてたことが奇跡だわ」


うん、その奇跡のせいでかなり迷惑を(こうむ)ったけれどね?


「でも、セシリアはようやく運命の相手に巡り合えたのにって嘆いていたのよ」


皆が皆、好きな人と結ばれるわけじゃないってわかってるけれど、何か切ない。自分が婚約できたからって上から目線で同情かよって思われるかもしれないけれど、やっぱり好きな人がいながらの政略結婚を見るのはつらいわ。


私がしゅんとしていると、サレオスが頭を撫でてくれた。


「ぐっ……!」


ああああ、やっぱり好きな人に愛されるって幸せ!ごめんなさいセシリア、私ばかり幸せで……!


「マリー様!セシリアの分まで幸せになるのよ!」


「うわっ!?」


突然にクレちゃんが私に抱きつき、マシュマロボディに顔面から着地した。ふわふわで柔らかくて幸せだけれど、クレちゃんもこれは酔ってるなと気づく。シーナとクレちゃんはだいたい飲みすぎるから注意しなくては。


「クレアーナ、マリーを返してくれ」


サレオスの声が頭の後ろから聞こえてくる。きゃあああ、返してくれって私ったらお嫁さんだわ!どうしよう、幸せすぎて蒸発しそう!

でもクレちゃんは、ふふんと鼻で笑ってますます私をぎゅっと抱きしめた。酔っ払いすぎですよ?


「まぁ、サレオス様ったら無粋ね~こんなに楽しいときにそんなこと言って。マリー様はまだ私のものなのよ!貸してあげてるだけなんだから、わつれあいでーよぉ?」


もう舌がもつれてきている。そして私の頭に頬ずりをしまくった後、頬にキスをしてそのまま眠ってしまった。


ソファーのひじ掛けにもたれかかるクレちゃんを見かね、エリーがついに強制的に肩に担ぎあげて部屋に運んで行った。うふふ、クレちゃんの愛を実感して私は満足よ!


ニヤニヤしていると、今度はサレオスにひょいっと魔法で浮かされて、彼の膝の上に座らされた。


「ひゃっ……!」


人前ですよー!慌てて降りようとするけれど、すでに右手首は掴まれていて腰にも腕が回っていた。


なぜ、なぜまったく表情も顔色も変えずにこんなことができるの!?私だけが真っ赤になっていて、え、私がおかしいの!?


息を呑んだまま絶句していると、シーナがアイちゃんの腕をつかんでスッとソファーから立ち上がった。


「じゃ、私たちは部屋に帰るわ!」


「え?なんで、シーナ今日は泊まるんじゃなかったの?」


まぁ泊まるっていっても、斜め上の部屋から来ただけだけれど。引き留めたい私の声が静かな部屋に響く。


ところが二人はニヤニヤするだけで、さっさと扉の方へと足を運んだ。


「やだ~お邪魔でしょう?帰るわよ帰るわよ~。あとは若いお二人で~」


お見合いおばさん!?


「あ、サレオス様~、お経の効果は今度また報告してくださいね!それじゃっ」


「おほほほほ、失礼いたしますわっ!」


アイちゃんが本を闇取引のブツのように小脇に抱えている。そして小走りで去って行ってしまった。



--バタンッ……



「帰っちゃった」


私はサレオスの膝の上に乗せられたまま、閉じた扉を見つめていた。


ん?


あれ、いつの間にかエリーもリサもいない!


おそるべき早業で二人きりにされてしまった。ヴィーくんはというと、今夜はお母様関連の仕事があるので出かけている。


どうしよう、なんだか急にドキドキしてきた!


「二人では不満か?」


からかうようにそう問われ、私はふっと笑いながら首を左右に振った。サレオスの顔を見上げると、穏やかな表情を浮かべている。この顔だけでピザ10枚は食べられそう、なんて思ったことは言わない。恋する乙女は小食のふりがしたいのだ。


「そうね。好きすぎて死にそうだから、あまり頻繁に二人きりなのは不満だわ」


適度に、適切な距離でいないと死んでしまう。恋愛小説であればキュン死にまさに殉職だけれど、あいにく私は長生きしないといけないの。


じっと濃紺の瞳を見つめると、愛おし気に目を細められる。


あああ、今日もやっぱりかっこいい!夜なのにテカったり脂ぎったりしないのね!?なんて爽やかで素敵なの。


キャサリン先生はドロドロしてるって言ってたけれど、絶対にそんなことないわ。

私は思わず彼の胸にぎゅうっとしがみついて幸せを満喫した。長い腕で抱きしめられて、もう発狂寸前だ。


今なら素手で壁でも何でも破壊できるわ。この溢れる衝動をどう発散したらいいの!?


しかし、このとき私はまったく気づいていなかった。ソファー近くの床に、アイちゃんが忘れていった禁断の書物がぽつんと置き去りにされていることを……。


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