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平和が訪れてますね

「マリー、本当に大丈夫か?」


補講の後、私は魔法の実技の個別指導に向かうため、渡り廊下でサレオスやシーナと別れた。


ヴィーくんがいるから大丈夫だと言っているのに、バロン先生の待つ実習室まで送るとサレオスはかなり粘った。


私の魔力量が大幅にアップしたことは、すでに学園側には報告していて、アガルタで最も実力と権威のあるバロン先生が直々に広域上級回復魔法の習得に向けて指導してくれることになったのだ。


もちろん、習得への道のりは遠い。


「大丈夫よ。がんばって上達してくるわ!」


私は手を振って移動しようとするけれど、サレオスがあまりに淋しそうな顔をするからなかなか動けずにいる。


でもこればっかりは仕方がない。もともと私たちの授業は半分くらいしか同じものがないから、あまり一緒にいられないのは今に始まったことじゃないんだけれど。


モタモタしていると、シーナがサレオスの上着をぐいっと引っ張って強制連行していった。


「はーいサレオス様いきますよ~!遅刻します」


まわりもギョッとした顔で二人を見ているわ!ええ、私もびっくりした!

この世界でサレオスを連行できるのはきっとシーナだけだわ。


「いってらっしゃい~」


渋々歩き始めたサレオスに笑顔で手を振って、私はヴィーくんを連れてバロン先生の実習室へと向かった。


ふふふ、私ったらいってらっしゃいだなんて妻みたいだわ!きゃぁぁぁ!早くもお嫁さんみたいで恥ずかしいっ!


教科書を抱きしめてはしゃいでいると、ヴィーくんが焦った顔で飲み水の入った筒をスッと差し出してきた。

いや、これ発作じゃないから。


やんわりと水を断って、東にある研究棟へと足を進める。中庭を抜けるとすぐに見えるツタまみれの建物が研究棟だ。


「主様、お幸せそうですね」


歩いていると、ヴィーくんがそんなことを言い出した。私の顔がニヤついていたらしい。


「ええ、とても幸せよ。あぁ……これからはサレオスの婚約者として平凡で穏やかな青春を送れるのね」


「だとよろしいですね」


フレデリック様は忙しいらしく、まだ一度も顔を合わせていない。とりあえず私たちの婚約は認めてくれたみたいだし、きっと諦めたんだろう。


これからは、ナルシスト王太子に追いかけられることなく、毎日何事もなく、「何かおもしろいことないかなー」なんて言えるような平和な日々がやってくるのね……!


私は感動に浸っていた。




そう、そうなのだけれども。




中庭を通りかかると、ベンチで一人セシリアが暗い顔をしていた。あれ、と気になって私は足を止める。そんな私を見たヴィーくんが、セシリアの姿を遮るように私の視線の先に立ち、前を向いたまま和やかに話しかけた。


「主様、平和が訪れてますね」


こら、何スルーしようとしているのヴィーくんよ。んなわけあるかいっていうツッコミ待ちなの?

鳥のさえずりがピチピチと聞こえる中、私は彼の紅い瞳をじっと見つめる。


(え、行くんですか?)


ヴィーくんが目で話しかけているけれど、これは「行ってくれるな」ということなのかしら?


(行くに決まってるでしょう!?私とセシリアは友達なのよ!)


私も目だけで応酬する。なにかしら、じとーっとした視線を向けられているわ。それでも友達が落ち込んでいるのを見過ごせないもの!


スタスタと彼女のもとに歩く私の鼻息は荒い。ふふふ、平和な日常に、私とセシリアの友情物語が加わるのよ。


ドキドキしながら、ベンチに座るセシリアに声をかけた。


「シェシリア、久しぶりね!」


……噛んだ。


大事な大事な第一声を、噛んだ。よりによって、お友達の名前を。


セシリアは驚愕の表情で私を見つめている。うん、顎が外れそうなくらい口が開いているわ。オレンジの長い髪がふわふわと風に揺れる。


「マ、マリー。久しぶりね」


よし、私が噛んだことには触れないでくれるみたい!

ほっとした私は、隣に座ってもいいかと尋ねてからセシリアと同じベンチに腰を下ろした。


あ、そうだわ。セシリアにも直接伝えなきゃ!


「あの、もう噂を耳にしたかもしれないんだけれど、私、サレオスと婚約したの!」


きゃぁぁぁ!言っちゃったわ!両手で頬を挟んで、きゃあきゃあ言ってしまう。

ところがセシリアから返ってきた言葉は、お祝いの言葉でも何でもなく大きな叫び声だった。


「なんですってぇぇぇ!?」


しかも立ち上がって、両の拳を握りしめてぷるぷるしているわ。え、なぜそんなリアクションなの?


「マリー、あなたどうしてサレオス様と!?フレデリック様のことお慕いしていたでしょう?」


「は?」


どういうこと!?まさかセシリアったらずっと勘違いしていたの!?

私は絶望に打ちひしがれた。


なにこの「女はみんなフレデリック様が好き」という先入観。思い込み、勘違いの定着!あんなナルシスト王子を好きになるわけないじゃないの!


「私はずっと、サレオスが好きだったの!フレデリック様を好きだなんてありえないわ!」


大声で叫ぶ私を見て、セシリアはぽかんと口を開けて絶句している。そして崩れ落ちるかのように、力なくベンチに座った。


そんなに驚くことかな!?毎日あれだけ纏わりついて、サレオス本人にも私の気持ちはバレていたのに?


もしかして、皆にこんな勘違いをされているの?「私はサレオスを愛しています」ってたすき掛けでもして歩いた方がいいのかしら。一人一人、通りすがる生徒を捕まえて説明すべき?


あぁ、頭が痛い。


ちなみにテルフォード領では、すでに号外新聞が無料で撒かれ、「マリーちゃんサレオス殿下婚約おめでとう記念祭」なるものが来週から始まるらしい。

お母様のやり方はとことん派手だわ。もういっそ、こっちでもやってやろうかしら……!恥ずかしすぎて無理だけど。


セシリアが白眼になって、「私は今まで何を……」とかなんとか呟いている。


「勘違いは仕方ないとして、友達だから報告しなきゃって思ったの。結婚式はトゥランでするんだけれど、招待させてもらってもいいかしら?」


おそるおそるそう言うと、彼女は目をひん剥いてこちらを見た。


「あなたそれ本気で言ってるの?あれほど嫌がらせした私を、友達だと?」


嫌がらせ?記憶を探るも、まったくそんな思い出はない。セシリアは私にアドバイスやアシストしかしてくれてないじゃない。


「え?嫌がらせなんて……いつだってセシリアは私に優しくアドバイスしてくれたじゃない!」


やだわ、謙遜?さすが生粋の侯爵令嬢は違うわね。ふふふ、と私が笑えば、セシリアは困ったように口元を引き攣らせた。そしてなぜか哀れみの目を向けられている。


しばらく無言の後、膝の上で組んだ両手をぎゅっと強く握りしめたセシリアは、大きなため息をついて言った。


「マリー、あなたがどれほど天然で鈍感で空気が読めないおかしな令嬢だったとしても、これだけは言わせて……これまで私が悪かったわ。ごめんなさい」


ん?前半けっこう罵られてませんか?私は目をパチパチさせて固まってしまうけれど、しゅんとして落ち込んだセシリアを見るのは初めてだったから、彼女のいうままに謝罪を受け入れた。


「よくわからないけれど、わかったわ。これからも仲良くしてね!」


「くっ……これからもって、これまで仲良くしてたと思われていたのね!無理だわ、私に勝てる相手じゃなかった」


なんの話なの。


まぁいいわ。それよりもセシリアがなぜ暗い顔をしていたのか聞かなきゃ。

私は気合いを入れて彼女に尋ねた。


「ねぇ、セシリア。あなたさっき、随分と落ち込んでいたように思えたけれど、何かあったの?」


問いかけると、彼女は長い髪を耳にかけ、悲しそうに俯いてしまった。どうやら悩みがあるらしい。

私が横から顔を覗き込んでいると、少し言いにくそうに話し始めた。


「実は昨日、王家から伝令が来て」


「伝令が」


セシリアは私の目をちらりと見てから、また視線を手元に落とした。


「私、フレデリック様の婚約者候補に名前が上がったらしいの。私を含めて5人いるそうよ」


えええええ!とうとう婚約者候補を絞りはじめたのね!?知らなかった!


「ほ、他の方は?」


ドキドキして私は尋ねる。


「1つ年下のシェリーナ公爵令嬢に、2つ年上のウィノナーダ侯爵令嬢、それから同じ年のミーナ公爵令嬢にフェリシア伯爵令嬢よ」


セシリアが挙げたのは、いずれも王太子候補とされていた20人以上の中のご令嬢だった。私がサレオスと婚約したことで、フレデリック様の相手探しも進められていくということかしら。


私がふむふむと納得していると、セシリアがいつもは妖艶な恋愛マスターとして自信満々なお顔を歪めて、今にも泣きそうな表情になった。


「私、好きな人ができたの。これまではフレデリック様の妃になりたいって漠然と思っていたけれど、今になって婚約者候補だと正式に指名されればあと2年は誰とも結婚できないわ。彼も私のことを好きだと言ってくれているのに……!」


「えええ!?そうなの!?」


恋愛マスターがついに本気になったのね!?あぁ、でも悲恋な予感。恋愛ハードモードの神様がここにも……!


「お相手はどんな方なの?」


「騎士団の正騎士よ。子爵家の嫡男で25歳。お金はあまりないけれど、とても紳士的で優しくて素晴らしい人なの」


身分差のある、真実の愛!純愛小説みたいだわ!私が感動していると、セシリアが馴れ初めを話し出した。


「騎士団で、美しい男を手玉にとって遊んでみようといろんな人にアプローチしてたら出会ったの……」


ん?


「見学で迷ったフリして空き部屋に連れ込んだのに、半裸の私を襲わなかった誠実な人よ」


んん?

これ、純愛小説のジャンルじゃないな。アグレッシブすぎる!


「でも帰り際のキスが最高で……あれほど情熱的で蕩けそうなキスは初めてだったわ。相当、経験を積んでいるはずよ」


あれ、誠実な人が初対面でキスする?しかも経験豊富なの?

運命の出会いだからいいのかしら。


やだ、恋愛経験がなさすぎてわからないわ。でも、うっとりしているセシリアを止めるのは何だか気が引けるから黙っておこう。


ベンチの後ろに立っているヴィーくんも、おそらく同じような疑問を持っている気がする。


「2回目は偶然、私の邸の近くで会って、非番だというからデートをして……レストランの個室で深い仲になったわ」


展開が早すぎるっ!世の中の偶然ってすごい!私がびっくりしてヴィーくんを見上げると、彼は完全に引いていた。「そんな偶然ねーよ」みたいな心の声が聞こえる。


いや、でもさすがに私もわかる。誠実な人が初デートで個室でそんな……ことはしない。大丈夫なのその人!?


セシリアは私たちの困惑に気づかず、両手で顔を覆ってつらそうに恋バナを続けた。


「やっと、やっとそのままの私のことを愛してくれる人を見つけたのに……!男にちやほやされるのが大好きな私でもいいよって言ってくれる、そして身体の相性もいい理想的な王子様が現れたと思ったのにぃぃぃ!」


あ、途中からヴィーくんが私の耳を塞ぎにかかった。いや、もう何度もいうけれどそれムダだからね!?


私はうっとおしいその手を振り払うと、セシリアの背中をさすって慰める。純愛にはほど遠い言葉がどんどん出てきたけれど、この世には恋は純愛でなければならないなんてルールも法律もないから自由だ。婚前交渉も褒められないけれどわりと多いって聞くしね。


うん、そういうことにしておこう!


セシリアが泣き止むまでそばにいた私は、バロン先生のところに行くのをすっかり忘れてしまい、大幅に遅刻するのだった。


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