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悪役令嬢はシナリオを知らない(旧題:恋に生きる転生令嬢)※再掲載です  作者: 柊 一葉
未書籍化部分

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先手必勝らしい

記憶を取り戻してから1週間。

心配性のサレオスの許可がようやく下りて、私は学園に登校できるようになった。


じっくり観察されて「そろそろ魔力が安定したかな」と言われても、私自身はまったくわからないから何ともリアクションを取りにくい。


イリスさんもエリーも「大丈夫そうですね」と笑っていた。魔力量が増えても、私のポンコツは劇的に治ったりしないらしい。これから魔力の探知や広域上級回復魔法を覚える予定だけれど、今のところ不安しかないわ!


でも……いいのかしら、探知なんて覚えたらストーカーに刃物を持たせるようなものだけれど。どこにいてもサレオスを見つけられるってことでしょう!?きゃあああ!すでに興奮で気絶しそうだわ。


寮の部屋でひとりできゃっきゃしていると、クレちゃんが迎えに来てくれて、サレオスと三人で学園へと向かう。


「マリー様、少し痩せたのでは?」


クレちゃんが私の顔や肩、全身を見て指摘した。さすが賢者、私のことを目測でばっちり測るなんて。この1週間、以前よりも1.5倍は食べているのに、確かに少し体重が落ちている。


隣を歩くサレオスが、私の頬に自分の手の甲を当て、そして肩にも触れて頷いていた。体調管理のためとはいえ、好きな人に突然触れられた私は息が詰まるほどドキドキしてしまう。あぁ、婚約(仮)しても慣れない無自覚イケメン攻めよ……。


「きょ、今日からもっと食べます」


アイちゃんにハイカロリーなお菓子や食事を紹介してもらおう。今まで痩せたいと思うことはあっても、太りたいとかカロリーを摂取したいと思うことはなかったからまるで知識がない。


はっきり言って、たくさん食べると顎が痛いのだ。アガルタの料理が何でも焼いちゃえ的なものばかりで、硬い食事が多いこともある。私は密かに、トゥラン料理のマッシュポテトを大量摂取しようと目論む。


あまりに太れないアイちゃんが「もういっそ牛脂でも丸かじりしようかしら」と呟いていた気持ちが今ならわかるわ。ただひとつ言えることは、牛脂をかじる女は婚期を逃すだろう。アイちゃんのことももちろん止めた。


「あら?あの方は……」


正門が見えてきたころ、そこに立っていた人物を見つけたクレちゃんが小さな声を上げた。まだ早朝のため、生徒の姿がまばらな正門前には、久しぶりのイケおじ用務員さんが立っていた。


いつ見ても素敵だわ!やはり初夏の半袖作業着からのぞく腕の筋肉は最高ね。そう思ってガン見しながら近づいていくと、なぜかいつもより笑顔が温かい。


「おはようございますマリー様」


「おはようございます……?」


あら、私のことマリー様なんて呼んでくれる人だったかしら?知らない間に仲良くなったのかしら?


イケおじ用務員さんとしばらく微笑み合っていると、私はその笑顔に見覚えがあるような気がしてきた。

凛々しい眉毛に、目尻のシワ。笑うとえくぼが片方にだけ出るこの顔……思い出した!


「ふあっ!!」


青みがかったグレーの髪が私の認識を阻害していたけれど、よく見ればこの笑顔は!


「デン……!デンよね、護衛リーダーの!」


あああああ!昔は確かスキンヘッドでもっと厳つくて。屈強な戦士タイプの護衛リーダーだったわ!


私がカバンを落とすほどびっくりしていると、イケおじ用務員さんことデンは、それをスッと拾って差し出してくれた。


「マリー様、記憶を取り戻されたと聞きました。メアリー様から昨日手紙で……!ご無事で何よりです」


まさかの身内に、私は目を見開いてプルプルしてしまう。


「うわぁぁぁぁん!デーーーン!」


大興奮した私は、腕を伸ばして抱きつく……つもりだったのに、地面を勢いよく蹴った瞬間に後ろから長い腕がガシッと私のお腹に回されて身体が宙に浮いた。


「え?あれ?」


脚がぷらーんってなってる!この場に沈黙が落ちる中、そーっと上を見上げると私を捕まえているサレオスとばっちり目が合った。


「マリー、思い出せてよかったな」


ええっと、なぜ私は捕獲されているのかしら?抱きつくのは淑女らしからぬ行動だからダメってこと?


私はサレオスに片手で持ち上げられたまま、デンと目を合わせた。

え、ダサくない!?こんな体勢でいいのかしら……。いやでも、この感動をデンに伝えなければ!


「あの、デン。会えて嬉しいわ!こんなにそばにいてくれたなんて……」


びっくりだわ本当に。デンはニカッと豪快に笑って説明してくれた。


「10年前、マリー様の記憶を封じて以来、ミリヤと私は記憶が戻るきっかけになってしまうことを恐れておそばを離れました。私はこの王都でアラン様の警護についておりましたが、昨年のご入学に合わせてマリー様をお守りするように命じられて……うっ!記憶が戻ってもマリー様が元気でいらっしゃるとは、こんなに嬉しいことはございません!」


はわわわわ、デンがうるうる涙目になってるわ!私の目にも涙が溢れる。


「デン……心配かけたわね!今まで陰ながら助けてくれてたなんて知らなかった。それに忘れていてごめんなさい」


いくら10年経ってるとはいえ、私が思い出すといけないからデンは髪を伸ばしてわからないようにしていたらしい。「昔はわざわざ剃ってたんだ~」という発見はどうでもいいから言わないでおく。


「いいえ、いいえ謝罪などもったいないお言葉を……しかもご婚約も、おめでとうございます!」


「ありがとう!」


やだ、ちょっと照れる。えへっと笑っていると、ようやく地面にストンっと足がついた。


サレオスが私の肩を抱き、デンに挨拶をしてくれた。王子様が護衛に自ら名乗ったり挨拶したり、そんなことは有り得ないことだからデンはかなり驚いて目を見開いていた。


クレちゃんがなぜかジト目でサレオスを見つめていたけれど、自由になった私は女神のマシュマロボディに抱きついて一人浮かれていた。


デンに見送られて門をくぐり教室へと向かっていると、周囲の視線がちらちらと私たちに向けられているのに気づく。しかも、主に視線のターゲットは私。サレオスがかっこいいからちらちら見てしまうのはわかるけれど、なぜ私なのかと首を傾げてしまう。


いっそ、「私たち婚約しました!」と旗でも掲げて歩きたいくらいの気分だったけれど、あまりに視線を感じるからちょっと居心地が悪い。


クレちゃんに視線を投げかけると、ふふふと優雅な笑みを浮かべていた。これは何か知っている感じだわ。


「マリー様がお休みしていた3日間に、ちょっとだけ噂を流してみたんだけれど……思ったより広まったわね」


「噂!?」


あれ、これはもしやサレオスと婚約したってことが広まってる!?でもみんなの視線は探るような感じで、半信半疑といった様子だった。まぁそうよね、こないだまで王太子妃候補筆頭なんて言われていたものね。


教室のある二階の回廊にさしかかったとき、進路相談担当の学園長夫人・ジェシカ先生が待ち構えていた。おはようございますと挨拶をすると、満面の笑みで両手をぎゅうっと握られてびっくりしてしまう。


「テルフォードさん!おめでとう!」


は、はい!?

私が目を見開いて黙って手を取られていると、おばあちゃん先生は周囲に響く大きな声でお祝いの言葉をくれた。


「本当におめでとう!サレオス殿下とのご婚約が整ったそうで……これで進路はルレオードの教会に決まりね!」


ジェシカ先生が興奮気味に暴露するから、周囲の生徒がいっきにどよめいた。


「せ、先生ぇぇぇ!?一体どこでそれを!?」


悲鳴のように上ずった声で尋ねる。


「あらぁ、3日前に殿下のところの従者さんがわざわざお知らせに来てくださったのよ」


イリスさぁぁん!仕事が早いでーす!

サレオスもクレちゃんも知っていたようで、ノーリアクションだ。


え、私だけ!?当事者なのに、何も知らされてないわ!これいつものパターンな気がする。


狼狽えていると、サレオスが流れるように私の肩を抱いてジェシカ先生に説明した。


「ありがとうございます。ようやく準備が整いましたので、卒業後はマリーを国に連れて帰ります」


「んなっ!?」


周囲もびっくりしているけれど、私だってびっくりしてる!そんな風にはっきり宣言してくれるなんて嬉しすぎる!


湧き上がる歓喜にクラッとする私を、サレオスがしっかりと支えてくれた。しかしその後のジェシカ先生の言葉に、もっと倒れそうになる。


うふふと笑って私たちに一歩詰めたジェシカ先生は、こっそり耳打ちするように言った。


「うふふ、嬉しいわ。まさかシュガルト様の公演チケットが手に入るなんて……ありがとう!」


はい?シュガルト様って確か、王都で一番人気の舞台俳優さんよね。チケットって?


私が目をぱちぱちさせていると、少女のように頬を赤らめたジェシカ先生が私の手を握った。


「みんなの前で大声で婚約の話をするだけなら、お礼なんてよかったのに……。でも困ってたのなかなかチケットが取れなくて。憧れのシュガルト様の舞台を最前列で観られるなんて、今から来月の公演が楽しみで仕方ないわ~。あ、また協力できることがあったら任せて。じゃ、イリスさんによろしくね!」


おもいっきり買収されてるー!元・聖女の教師が、舞台チケットで買収されて噂の発信源にされてますよー!!


「マリー様、しっかり」


白目の私に、クレちゃんの優しい声が。ジェシカ先生はやりきった感を醸し出して去っていった。「進路の申請はこっちでやっておくわね!」と言い残して。


呆然とする私は、サレオスに肩を抱かれたまましばらく回廊に立ち尽くす。

あぁ、周囲の好奇の視線が痛い。これが矢なら、跡形もないくらい突き刺さって死んでる。


「マリー、どうした?」


どうしたもこうしたも、ない。誰も傷ついてないし迷惑かけてないし、むしろジェシカ先生は喜んでたけれどなぜか複雑だわ!


この結果、一日で学園中に噂が巡り、私とサレオスの仲は公認のものとなるのだった。


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