目つぶしを回避したい女
「マリー、こちらもつけてごらんなさい!」
「えええ!お姉様、これはあまりに……お値段が暴力的ですわ」
朝食後、サレオスはカイム様と、私はお姉様と一緒に街に買い物に出てきている。男同士は色々と話があるというので(主に私が伝えたルキナ様からのご遺言というかふっかつのじゅもんについて)、私とお姉様は今ジュエリーショップにいた。
お店の外にはセダさんとアルフレッドさんが立っていて、お店の中にはヴィーくんが護衛として一緒に入ってくれている。
カイム様ったら、ご自分の従者を妃につけるってなかなかの溺愛ぶりだわ。
バナンにいる間だけらしいけれど、ちょっとでも危険なことがないようにしたいんだとか。
ヴィーくんはジュエリーショップで完全に浮いている。本人がまったく気にしていないのはせめてもの救いだ。
宝石には興味がないみたいで微動だにせず、私がお姉様にあれこれ飾りをつけられているのを満足げに眺めている。
「あぁ……やはり天使でいらっしゃる」
ときおり洗脳が解けていないような呟きが聞こえてくるけれど、もう今さら気にしないわ。ただ、今度キャサリン先生にヴィーくんを診察してもらおうとは思っている。
それにしてもアマルティア様が選ぶ髪飾りはどれもとんでもないお値段で、いや、王太子妃なんだから当たり前か、と思うけれど私には恐れ多くてこんなものつけられません!
テルフォード家も財力はかなりあるけれど、この店が異常なのか、それとも王太子妃様が来店するからの品ぞろえなのか、気軽にほいほい買えるようなお値段でないものばかりが並んでいた。
宝石の質といいデザインといい、そんじょそこらの店では扱っていないものばかりなのはすぐにわかるけれど、普段あまりアクセサリーを買わない私はドキドキしてしまう。
「お、お姉様、私にはとてもこのような過分なものは」
「マリーったら、あなたは姉の薦めを断るつもり?わたくしの選んだものが不満なの?」
「うっ……」
私があまりに遠慮しているから、お姉様の目がキランと鋭く光る。
「これくらいのものをつけていなければ、サレオス殿下が甲斐性なしと思われますのよ!
今後あなたが身につけるものはすべて、殿下の評判になるのです」
「ひぇぇぇぇ」
そ、それは困るけれど……。
「それに!義理とはいえ、フェロー王国の女神とまで呼ばれた私の妹になるのですよ!私の名に恥じないよう飾ってちょうだい。元が元なんだから、これくらいは当たり前ですわ」
お姉様の辛辣な言葉が飛び出ると、すかさずヴィーくんが通訳を耳打ちした。
「何もつけなくてもかわいいけれど、私が妹をもっとかわいく飾りたいのという意味です、主様」
私はぎょっとしてヴィーくんを見つめた。
「なんであなたが通訳してるの!?」
お姉様もまんざらでもないような顔をしてるし、え、この通訳合ってるの!?
「主様が眠っている間に、すっかり理解できるようになりまして。カイム様からもお墨付きをもらいましたのでこういうことになっています」
お、おそるべしアサシン!そういえば4か国語喋れるし、語学は得意なのかしら……?アマルティア語をたった数日でマスターするとはヴィーくんすごいわ!
思わず尊敬のまなざしで彼を見上げた。
「さぁ、マリー!さっさと次を身に着けるのですわ!」
「は、はいお姉様!」
結局、2時間もそのお店でアクセサリーをとっかえひっかえして、お姉様はご自分や侍女の分を数点、私のものも3点髪飾りを買ってくれた。家が買えるくらいの散財をしてるんだけれど、いいのかしら……?
お姉様いわく、ストークスホルンでは自由に身動きがとれないから、こんな風に出歩けるのは年に一度くらいなんだとか。カイム様が基本的にはそばにずっと置きたがるから、結婚してからはほとんど城の外に出ていないと嘆いている。
「もう妊娠がわかったときなんて大変で。どこに行くにも私を抱えて歩かせないものだから、体力が落ちてしまって難産でしたわ」
うわぁ、過保護がダメな影響を及ぼしているわ。遠い目をするお姉様は、心底辛かったようでため息が深かった。
「サレオス殿下は、お心が広いといいわね」
そういって微笑んだお姉様は、妖精のように美しかったわ。背後から「それは無理だな」というヴィーくんの視線を感じたけれど、サレオスはきっとカイム様のようにならないんじゃないかって思うの。私ってけっこう自由にうろうろしてるし。
あぁ、でも理想的な監禁生活を送っているお姉様は、不満をこぼしつつも幸せそうだった。私の憧れの存在だわ、アマルティアお姉様は!
そんな風に楽しんだお買い物帰りの馬車の中では、いかにして夫からの夜の襲撃を防ぐかを伝授されてしまった。
「いいこと?婚約中に襲われそうになったら容赦なく目つぶしです」
「め、目つぶしですか!?」
扇子を広げ、深くうなずいたお姉様は真剣だった。
「私はためらってしまって、どうにも流されて力負けというか雰囲気負けしてしまいましたの……!婚約前の襲撃はなんとか撃退しましたが、婚約してからはもう毎夜のように夜這いにやってきて」
「へ、へ~」
どうしよう、これはもしかしてマル秘情報すぎない!?いいのかしら、聞いちゃっても。
「彼らは反則的に美しい顔で甘い言葉を囁きますが、それに騙されてはいけませんわ」
も、もう騙されてます。私は苦笑いでお姉様を見つめる。
「サレオス殿下は大丈夫と思いますが、私たちは婚約してすぐに同じ城で生活を共にしていましたから……。結果、婚約してすぐにレオンがお腹に。
愛があっても婚礼衣装のサイズはどうにもなりませんわ。子ができたのは嬉しいことでしたけれど、一生に一度の晴れ舞台で腹が出ていては好きな衣装が着られませんのよ」
「それはそうですよね」
綺麗なドレス着たいよね……。私はお姉様にちょっぴり同情した。うんうんと頷いていると、お姉様が語気を強めてて私に念押しする。
「ですから!絶対に、絶対に目つぶしです!そして急所蹴りからの喉に手刀ですわよマリー!」
「えええ!?そんなことしたら死んじゃいませんか!?」
ちょっとやりすぎでは、と驚く私に、お姉様は拳を握りしめて力説した。
「いいえ!カイム様は女の細腕で殺せるような男ではありませんわ。もちろんサレオス殿下も。いいですかマリー、全力で目つぶし、急所蹴り、喉に手刀ですわよ!」
「わ、わかりました……?」
私は勢いにのまれて返事をする。なぜかヴィーくんまでがお姉様の意見に賛同して、それはそれは深くうなずいているわ。え、大丈夫よ、万が一、万が一にだけれどそんなことになったらヴィーくんとエリーがいるもの。
第一、あの誠実な人が結婚前にどうこうしようなんてあるわけがないわ。私の方が襲ってしまいそうなくらいよ。あれ、これって私が襲ったときに返り討ちにされることも考えないといけないかしら?
お姉様を見つめながら、私は真剣な表情で尋ねた。
「あの、目つぶしされそうになったらどうやって防げばいいのですか?」
「は?あなたが目つぶしされるの?」
どうしよう、お姉様が首を傾げていらっしゃるわ。やはり令嬢から襲うパターンはないのね!?
どう考えてもサレオスに勝てるとは思えないけれど、私があの人のかっこよさに我を忘れて襲ってしまう可能性は否定できないわ!
魔法で拘束してくれるかもしれないけれど、目つぶしだけはされたくない。
この日、途中で書店に寄ってもらい、『誰にでもできる護身術100』の本をお買い上げした。




