来ちゃった、はだいたい歓迎されない
長らく続いた平和な治世により、すっかりゆるゆるな警備体制のアガルタ城。
ただし真っ白な主塔に限っては、王族の居住区もあるためにさすがに警備は物々しい。
その5階部分、主塔の中でも最も東側にあり、街を一望できる位置に王太子であるフレデリックの部屋はあった。
侵入しやすいが、逆に言えばそれを阻むだけの結界や見張りは常にあるわけで、潜入はお得意なイリスであってもそう易々と王太子の部屋には侵入できない。もっともそれは、協力者がいなければの話だが。
--キィ……
王族しか使えない通路を抜け、重厚な鉱石の扉を開けたのはヴァンだ。さきほどイリスから通常の連絡をもらい、手紙に記された時刻にここにやってきた。執事服を身に着けている彼は、この衣装がなければ傭兵か騎士に見えるだろう。
いかつい顔のわりに陽気な声で、王太子にはアポなしでやってきた客人を出迎える。
「お久しぶりです。まさか突然、フレデリック様と話がしたいなんて言われるとは思いませんでしたよ」
エリーからそれなりに事情は耳にしていたものの、さすがにバナンでの出来事は知る由もないヴァンだったが、目の前にいるサレオスとイリスが何のためにやってきたのかは検討がつく。だから何も聞かないが、少し眉尻を下げてから笑顔をつくった。
「おめでとうございます、って言うので合ってますか?まぁ、王太子付きの俺がいうのもおかしいですが」
立場的には板挟みの彼に、サレオスは苦笑する。ただそれはあくまで立場上のことにすぎず、ヴァンの心のうちとしては、マリーがサレオスを選ぼうがフレデリックを選ぼうがどっちでもいいと思っていた。
「あぁ、ありがとう。その言葉は受け取っておく。願わくば、すんなりとそれをあいつからも言ってもらえるといいんだが」
主塔の裏側にある狭い階段をのぼりながらそんなことを言うサレオスに、案内するヴァンはおもしろそうに笑った。
「いや~どうでしょうね?泣いちゃうかもしれませんよ、フレデリック様」
「それは困るな。めんどうだ」
「マリー様以外にはあっさりと冷たいですね~。泣かせた責任とって、うちの王太子様に誰か相手を見繕ってくれませんか?」
「そうだな、どうするイリス」
最後尾を歩くイリスはにっこりと笑った。それを見たヴァンは、クツクツと笑いながら「冗談っすよ」と肩を竦める。
(この人に頼んだら、それこそイヤとは言えない縁談を持ってきそうだもんな。しかもほぼ纏まった状態で)
隠し通路からフレデリックの部屋のすぐそばの廊下に出ると、誰もいないことを確認してからヴァンはひと際豪華な扉をノックする。中からはやる気のない返事が短く聞こえてきた。
「サレオス様が来ます、とだけ伝えてあります」
間違いなく、この「来ちゃった」は歓迎されないだろう。
ヴァンとて多少はフレデリックに同情している、と思いきや、完全におもしろがっているのが伝わってきた。
「だいたいわかってるのか、ちょっと拗ねてますんで多分めんどくさいです。でも優しくしてあげてくださいね?親友らしいですから」
もしも会話が文章で浮かんでいるならば、語尾には明らかに「(笑)」が付属しているだろう。
ヴァンは中には入らず、扉を開けると手でサレオスに入室をうながした。イリスもヴァンと共に扉の前に立ったままで、話し合いに同席するつもりはないらしい。
「助かった。この礼はいずれ」
上着を脱いだサレオスはそれをイリスに無言で預けると、一人で部屋の中へと入っていく。
-パタンッ
扉を閉めると、ヴァンはイリスを別室に案内しようとした。もうだいたいわかってはいるが、イリスは一応尋ねてみた。
「護衛はいいのですか?ヴァン」
すでに歩き始めているヴァンは、前を向いたまま答えた。
「いります?あの二人に」
革靴の音をカツカツと廊下に響かせながら、二人はすぐ近くの部屋に入っていった。




