ストーカーfeat.魔王【後】
「サレオスは、私が教会で仕事をするのはいいの?」
王族の嫁溺愛遺伝子って特別すごいって聞いたのに、義務とはいえ私は働かせてもらえるなんて……もしかして愛がまだ薄い?
いやいやそんなはずないわ。私のこと、かなり愛してくれているはずだもの。もうさすがにそれはわかるわ。でもちょっと気になって、私が働くことについてどう思っているのか聞いてみた。
「それはずっと考えていたんだが、他の男との接触はなるべく減らしたい。そうなってくると、ずっと俺のそばにマリーを置くのが最も安心だ。つまりは、教会への出仕を極力少なくすべきだと思う」
「……はい?」
「大丈夫。魔力量も増えたことだし、マリーはこれから広域上級回復魔法を覚えよう。それですべてうまくいく」
「はい!?」
ええっと、今までの私に使えたのは低級回復だけで、広域低級さえ使えなかったのよね。
でも魔力量が増えたから、回復魔法の一番上のランクまで理論的には使えるようになるはず。そこまではわかる。
だとしても、教会への出仕さえも極力少なくすべきって言うのはどういうこと!?社会人なんだから出勤はしなきゃだめなんじゃ、と私は困惑した。
黒髪の王子様は、不敵な笑みを浮かべている。
「規定というものは、どこまで細かに作っても必ず抜け穴は存在するものだな。
今の教会の規定では、わざわざ出仕せずとも、マリーは邸で俺のそばにいながら、決まった時間に広域上級回復魔法を周辺に放ってしまえば仕事をしたことになるんだ」
「はぃぃぃ!?」
「イリスに調べさせたところ、教会で回復役を担うという決まりは確かにあるが「特定の場所に出仕しろ」という文言はなかった。つまり、役目である回復魔法さえまっとうできれば、どこにいてもいいということだ」
「……」
どうしよう。言葉が見つからない。
サレオスは嬉しそうに笑って、私を抱きしめた。
「結果的には、記憶を取り戻して魔力量が増えてよかった。広域上級回復魔法が使えない状態だったなら、出仕先をルレオードの邸にしようと思っていたところだったんだ」
「へ?」
出仕先を、ルレオードの邸にするとは!?
「第二王子専属の聖女として、ルレオードの邸に出仕させようとイリスが動いていた。まぁその場合は、王族の強権を奮うから叔父上の養子になるのが春から秋に半年遅れるんだが、結婚する時期はどうせマリーの義務期間が終わった後なんだし同じことだな」
ひぃぃぃぃ!なんてことなの!?
第二王子専属なのに低スペックだったら、それはもう「あいつコネじゃん!」ってまるわかりの針の筵な半年間!頭にめり込むくらい無数の後ろ指をさされるのが浮かぶわ!
サレオスは動揺する私を前に、何のためらいもなく計画を口にした。
「ち、ちなみにその第二王子専属プランの出どころは」
「もちろんイリスだ。そして俺はそれに乗った」
権力ぅぅぅ!!私のお父様には誠実だったのに、対組織になると容赦ないな!?
王族に絡まれて、教会関係者が慌てる様子が目に浮かぶ。
「あの……」
「なにか問題でも?」
「いや、その、ほかの聖女さんみたいに、普通に、ふっつーに教会で働くという選択は?」
あれ、サレオスがきょとんとしている。何その「今初めて気づいた」みたいな顔。え、まったく考えてなかったの!?
そしてみるみるうちに、顔が険しくなっていく。背筋がゾクッとするほど美しいが、何より恐ろしい。
「俺の……俺の目の届かないところにマリーを行かせろと?」
あわわわわ、ちょっと言ってみただけなのに!しまった、地雷だったの!?哀しそうに、この世の終わりみたいな顔をしているわ。
背中に回された腕がぎゅうっと強くなり、おもいきり抱き締められて窒息しそうになる。
「ぐっ!?んあっ」
「あ、すまない」
え、潰す気?腕は細いのにどんな腕力してるのこの人……!背中がボキッて鳴ったわ。
私が奇声を上げるものだから、サレオスは慌てて腕を緩めて背を撫でてくれた。
「聖女として治癒活動をすることは不特定多数と関係を持つということで、いつあぶない目に遭うかわからないじゃないか」
こら、その言い方はやめなさい。表現に誤りがありますよ!?不特定多数と、治療によって信頼関係を持つといい直して!
数多いる聖女さんと教会関係者から名誉毀損で訴えられますよ!?
「あぶない目に遭うって前提なの?私だって普通に働くことはできると思うけれど」
「何かあってからでは遅いんだ。俺が次期公爵の仕事をしながらマリーの護衛ができればいいのだが……、そうなると身体がふたつ必要になるから、真剣に体内魔力を分散して具現化することも考えたんだが」
考えたの!?
「分散して2人にしたとしても、どちらの俺もマリーのそばに就きたがるから喧嘩になる。そして国が滅ぶ。この案は廃棄だ」
「滅っ!?」
どうしよう、愛が重い。
私が知っている単位では量れないくらい重い。
たった今気づいたけれど、もしかしてサレオスは愛情過多の拗らせ王子なの?
それも国を滅すレベルの。お願いだから自重して欲しいわ。
私の場合は愛情過多でも、力なしの低スペックでストーカー止まり。でもサレオスは違う。え、なに?もしかしてやばい人なの?
腕の中で私が混乱している間にも、また少しずつ締め付ける力が強くなるから困る。私は咳き込みながらギブアップの意思を込めて腕をバシバシと叩いた。
今日ほど「身体が丈夫でよかった」と感謝したことはない。
サレオスは名残惜しそうに腕を放したと思ったら、中腰で屈んだまま私の髪を撫でたり頬に口づけたりと忙しい。
ぐっ……!愛が重い以上に行動が甘い。このままだと国が滅ぶかキュン死にするか、どちらにしろ私の老い先は短そうだ。
私は彼の胸をぐいっと手で押しやり、どうにか距離を空けて逃げ出そうとした。が、その瞬間におもいきり眉間にシワが寄って、ものすごく不服そうな顔に変わる。
もうどうしろっていうの!?まだ気持ちが通じ合ってわずか6時間ほどなんですけれど。急激な距離感の詰め方をされて、まったくもって付いていけないわ!
こんなことじゃ結婚するまで……って、何かさっき重要なことを聞いた気がする!
「あれ、ちょっと待って。広域上級回復魔法ってことは、もしも私にそれができるようになったら毎日ずっと一緒に居られるってこと!?」
ようやく頭が追い付いてきた私は、彼の眉間のシワをぐりぐり伸ばして美形保全を行いながら尋ねた。
「あぁ、本邸も改築して、俺の部屋の隣にマリーの部屋を用意させる。いつでも行き来できるようにしておけば、会議はさすがに無理だがそれ以外は一緒に居られるはずだ」
その言葉を受けて、私は絶叫する。
「なんてことなの!?さすがに教会で働く半年間は毎日会えないと思ってた!」
びっくりして顎が外れそうよ!まさか毎日会えるなんて……夢のような生活だわ!
驚く私を見てサレオスは小さく笑うと、額やこめかみ、頬に唇を落としてから最後に白金の髪を一束すくってキスをした。
「俺がマリーに会えなくて、教会のやつらが会えるのはおかしい」
ものすごい俺様思考!アレ、こんな人だったかしら?なんだか性格が変わってない……?
私の心の声が聞こえたのか、サレオスはわずかに口角を上げた。
「言っただろう、逃してやれないと。何か問題でも?」
あぁ、悪い顔もかっこいい。でもとりあえず、軟禁に近い感じになるってことよね?おっけー、受け入れるわ!
もちろん拒否なんてしない。一体化したいと思ってたくらいですもの、その案を享受させていただきますっ!
サレオスの新たな一面が発覚する中、私の知らないところで事態はどんどん進められていっているのだった。




