引退表明
サレオスの誕生日パーティーは、留学中ということもあってバナンの宿で最小限に行われた。
とはいえ街一番の宿にはコンサートホールのような遊戯施設があり、そこをパーティー会場にして舞踏会が行われ、100人近くの招待客が訪れていた。これでも最小限だというから、王子様ってすごい。
「アガルタ国内なのに、こんなに黒髪の人がいるなんてびっくりだわ」
トゥランからアガルタに来ている高位貴族や外交関連の役人、有力商人やその関係者など、招待客の半分以上が黒髪の人たちで、その雰囲気に圧倒されてしまう。
ルレオードでも感じたけれど、うろ覚えでも前世の記憶があるから黒髪や茶髪の人には無意識で親しみを持ってしまう。もちろん髪色で人柄が判断できるわけじゃないけれど、懐かしいものは懐かしい。
私はサレオスのそばで、様々な方に挨拶をしてまわる。さすがにここでは糖質制限ありでほっとした。
でも、この場でボレロをばっちり着込んでいるのは私だけだった。浮いてしまうかな、と思っていたら周囲の視線は「あぁ、囲われちゃったのね」という風に無言で頷かれるばかりで。
控えの間で会ったアマルティア様もレースではあるけれど長袖だったから、完全にカイム様の独占欲の表れだなと思った。アマルティア様も私の姿を見て、扇子越しに「あなたもなのね……」と目が語っていたわ。
そういえばクレちゃんはそれほど規制がかかっていないなと思っていると、お姉様を後ろからぎゅうっと抱きしめたカイム様が「叔父上は見せびらかしたい派なんだよ!」と明るい声で説明してくれた。その後、顔面を扇子でグリグリされ拒絶されていたのは見なかったことにする。
カイム様も今日だけは銀色のパリっとした上下で、胸元には王太子すぎるジャラジャラした何かを装着していた。どこの国も王太子は重装備だわ。
サレオスは自分の誕生日なのに黒一色で、光りモノは最低限の装飾だけ。本人のイケメンっぷりが凄まじいから地味には見えないけれど、衣裳だけでいうと確実に地味だ。
「俺は絶対に目立ちたくない。できればすぐに退散したい」
安定の社交性のなさで、誕生日だろうが貴族の相手はカイム様に任せるみたい。そんなサレオスを見てカイム様は笑っていた。
「ダメだよ~マリーちゃんを見せたくない気持ちはわかるけれど、ちゃんと仲良しなところを見せとかないと」
カイム様に言われ、サレオスは私の顔をじっと見つめた。
「……もういっそベールでも被せればいいのでは」
え、そんな未亡人的なことできないわよ。びっくりしていると、カイム様があっさりとその案を否定する。
「それはもうやった。食事も飲み物も摂れないってアマルティアからすごい苦情がきた」
やったのね!?さすがは溺愛お兄様。お姉様も頷いているわ。
「サレオスもきちんと社交をこなすこと。これからはマリーちゃんがいるんだから、いつまでも逃げられるわけじゃないからね~」
あぁ、笑顔がゆるゆるなカイム様だけれど、目は本気だわ。「逃げられると思うなよ」って圧を感じる。
私は苦笑いで、眉間にシワを寄せたサレオスの背をそっと撫で、あいさつ回りへと一緒に向かった。
パーティーの最中は、ずっと「おめでとうございます」と祝いの言葉を浴び続けたわ。
あわよくば自分の娘を、と思って紹介してくる貴族の人もいたけれど、サレオスは私の腰を抱いて間髪入れずに「婚約が決まりました」と語気を強めて報告していた。
なんだかルレオードで偽の恋人をやっていたときと、そう変わらない気がする。でもこれだけはっきり婚約が決まったと宣言したら安心よね、そんな風に思っていたらまったくそうではなかった。
サレオスが少し離れたら、すぐに気の強そうなご令嬢が私のそばにやってきて品定めするようにジロジロと視線を向けられてしまったわ。
そしてその結果、私のドレスにワインをかけようとしてきたんだけれど、見えない何かがバチっと光って赤い液体を完全にはじいてしまった。逆に彼女にかかってしまって、微妙な空気が流れる。
原因は、サレオスが私の周りに張った結界だった。
絶対に誰にも触れられないように、強力な対人・対物結界を張っていたらしい。
かなり魔力を消費するから一定距離内にいないといけないらしいけれど、エリーであってもヴィーくんであっても見境なくはじくそうだ。ワインもジュースも雨粒も、何であっても私にかかることはできない。
そんな危ないものを使用するときは絶対に一言いってほしいわ!
クレちゃんはくすくすと笑っていた。
「サレオス様の防御力が高すぎて、これではご令嬢たちの嫌がらせがまったく効かないわね!おもしろいから誰かもっと来ればいいのに」
「これ、さすがに危険すぎない!?」
もしご令嬢が体当たりしてきたら、その方は吹き飛んでいっちゃうってことでしょう!?
「う~ん、私にはマリー様を覆っているグレーの線みたいなものが見えるけれど……魔力量が増えたから、そのうちマリー様にも見えるようになるんじゃないかしら」
え!?そうなの!?
そういえば一週間もすれば魔力が安定するってお母様が言ってたような。どうしよう、私、ポンコツ卒業!?魔法で戦ったりできるのかしら!?
大変!本腰を入れて実技の授業にも参加しなきゃいけないわ!
もうとっくに諦めていた魔法なのに、まさかの希望の光が差し込んだ。思わず両手の拳をぐっと握ってガッツポーズを決める。
「……マリー様、危ないことはだめよ」
すかさず賢者に諭される。えへって笑ってみたけれど、これはきっとサレオスに報告されるに違いないわ。
15分ほどクレちゃんと食事を楽しんでいると、サレオスが戻ってきてくれた。私の結界が解かれ、パチッと何かが弾けたような音がする。もうすべて挨拶は片付いたそうで、私は手を引かれてパーティー会場を後にした。
会場を出るとき、エリーから赤いリボンのかけられた木箱を預かる。これはもちろん、プレゼントの万年筆。公認ストーカー時代に、まさか求婚してもらえるとは思わずに購入した代物だ。
二人で夜の庭を散歩しながら(とはいってもどこかにヴィーくんがいるはず)、噴水のところまでやってくると私はそれをサレオスに渡した。
ホワイトベージュの万年筆を見ると、サレオスは穏やかで優しい顔をして「ありがとう」と言ってくれた。
「大事に持ち歩く」
え、持ち歩くの!?お部屋に置いておいてくれればいいんだけれど……。
「持ち歩かなくても、でも使ってくれると嬉しいわ」
「……」
何この沈黙は。もしや使わない気?私がじっと見つめていると、視線を逸らされた。
てっきり使うから持ち歩いてくれるんだと思ってたけれど、使わないなら寮の部屋もしくはトゥランの公館に保管してくれたらよいのでは。
「あの、ご利益ないわよ?魔法効果もないし……持っていたからと言ってペンとしての機能以外にはないわ」
念のためそう言ってみるけれど、口元を引き延ばして曖昧に笑みらしきものをつくっただけで、彼は返事をしてくれない。
「……」
「お母様にお願いして何かの魔法効果の付与を」
「マリー、それはいらない」
あっさり断られちゃった。私もレヴィンみたいに3way展開を最初からしておくべきだったかしら?
そんなことを悩んでいると、サレオスは苦笑いをしながら私の髪を優しく撫でてくれた。
「大事にするから。ありがとう」
まぁ、いっか。あげたものの使いみちをどうこう言うのはスマートじゃないわよね。
私がそれ以上追及しないのを察したのか、サレオスは万年筆を上着の内側にそっとしまい込んだ。
あぁ、仮とはいえ、婚約者になったからもう公認ストーカーは引退ね……!長かったわ、ここまでの道のり。
まさか……
まさか……
障害は、身分でも環境でも何でもなく、私とサレオスのすれ違いだったなんて思わなかったわ。
「好き」という一言でどれほどあっさり片付いたか。今日、互いの気持ちを確認しあったことで、どれだけスムーズに物事が進むか思い知った。
私はもう、ストーカーは引退します。
ゆっくりと歩き始めた彼の背中を見つめ、胸の中で引退を表明する。
が、そこで私は気づいたの。
「サレオス、髪紐が……」
いつもの銀色のじゃない!銀色だけど、前のじゃなくなってる!
私に指摘され、サレオスがくるりと振り返った。
「あぁ、さすがに古びてきたから取り替えたんだ」
「前のは……?」
「さぁ、まだ部屋にあるんじゃないか」
大変だわ、イリスさんにお願いして譲ってもらわなきゃ。
「マリー?それがどうかしたのか」
「ううん、なんでもないわ。ふふふふふ」
大丈夫よ。これはストーカーじゃないわ。コレクターというれっきとした職業なのよ、ふふふふ……。
そして。
彼の胸にあるポケットに挿してあった花も私がもらった。今は私の髪に挿してあるけれど、ドライフラワーにして、栞っぽくしちゃおう。そうすれば半世紀くらいは保存できるはず。
もっとたくさんコレクションが増えたら、それ専用の部屋を用意して丸一日でも愛でるのに……!
本当なら散髪したときに出る髪も欲しいけれど、猟奇的と思われたら困るからそれはさすがに諦めるわ。
私が物欲しげに黒髪を見つめていると、そんな下心に気づきもしないサレオスは優しく笑ってくれた。
なんかごめんなさい。




