お母様はいつも何かを企んでいる
私がサレオスと一緒に宿に帰ってきたら、お母様が派手なお出迎えをしてくれた。
--ドォォォォン!
門をくぐると突如として発射された金テープや銀テープ、ラメ入りの紙吹雪に、サレオスが私をかばい防御魔法を展開した。おかげでテープまみれにならずに済んだけれど、もしかしてクラッカーでお祝いするつもりだったのかしら?
とてもキラキラテープが飛び出すようには見えない、バズーカタイプの巨大クラッカーをアルフレッドさんが持たされていて、お母様の手足のように動いている……。普通に命令してるけれど、その人、カイム様の従者なんだけど。
「お、お母様!?ちょっとやりすぎでは」
私がそういうと、お母様は両手を合わせながら美しい微笑みを浮かべる。
「おめでとうマリーちゃん!ようやくサレオス殿下と想いが通じ合ったのね!お母様は嬉しいわ!」
え、なんで知ってるの?ついさっきの出来事なのに。私がじとっとした視線を送れば、お母様の後ろに申し訳なさそうにするヴィーくんの姿があった。
まさかヴィーくん……いたの!?さっきあの場にいたの!?
サレオスは私の隣で平然としている。え?まさか知ってたの?今度はサレオスのことを見つめると、彼は苦笑しつつも優しく教えてくれた。
「ヴィンセントが遠くに潜んでいたのは気づいていた。声が聞こえるほどでもないから放置していたが、帰りもマリーがあれほど俺に密着していたら報告せずともわかるだろうな」
「な、なんてことなの」
一部始終を見られてたのね!?まったく気づかなかったわ。
サレオスも気づいてたなら教えてくれればよかったのに……ってもしあの場にヴィーくんがいたら、私は恥ずかしくて自分の気持ちを言えなかったかも。知らなくてよかったのかしら。
「別にいいだろう、問題ない」
これだから王族は……!周りから見られることに慣れているサレオスは、相変わらず涼しい顔をして、床に散らばったテープの残骸を風魔法で一気に隅の方に寄せる。そして当然のように私の肩を抱くと、お母様に向かって声を掛けた。
「多大な祝いをありがとうございます。ご覧の通り、マリーは貰い受けました」
「なっ……!?」
さらっと報告するサレオスに私はびっくりして目を見開いた。貰い受けたって、もう結婚したみたいじゃない!
きゃぁぁぁぁぁ!どうしよう、私もうお嫁さんなの!?そうなのね!?
両手を頬に添えて一人で悶えていると、クラッカーの砲筒を片手に持ったままのエリーが「さすがにまだお嫁さんじゃないですよ」とあっさりと否定した。どうして私の心の中がわかるのよ!
そんな私を見てお母様はふふっと笑うと、パンッと手を叩いて明るい声で言った。
「さぁ!マリーちゃん、早く着替えて!」
「へっ?」
「も~、今夜はサレオス殿下のお誕生日パーティーでしょう!とってもかわいいドレスを仕立てたのよ?クレちゃんはすでに準備をしているから、あなたも早く!」
「え、あ、はい」
お母様はサレオスに「ちょっと借りるわね」と声をかけると、私の手を強引に引っ張って部屋に向かって走り出す。
そうだわ。まだ万年筆渡してない!着替えもそうだけれどプレゼント渡さないと!
二階の回廊でサレオスを振り返ると、穏やかな顔で手を振ってくれた。あああ、あとで絶対に渡すからね!そう思いながら私はお母様によって連れ去られた。
私は自分の部屋に戻ると、夕方4時から6時まで2時間もの時間をかけてピカピカに磨き上げられた。顔も首も、腕もとにかく全身つるつるで、イイ匂いのする香油で髪はしっとり、エリーのメイクで三割増しに美人に仕上げられる。
お母様が用意したドレスは、ピンクでかわいらしいカラーなのに、上半身は肩から腕全体を大胆に露出させたデザインだった。いつもはレースで絶対に首から胸元、背中は隠しているから「こんなの着れない!」と思わず叫んでしまったほど。
「大丈夫よ!似合うから!」
「そういう問題じゃないのよお母様!」
ウエストの大きなリボンは黒。スカートはふんわりとボリュームがあり、これは高確率で足を取られるパターンだわ。
「さすがは奥様。ドレープに足を取られて殿下にもたれかかり、そのままいい雰囲気になったところで一気に既成事実をつくってアラン様が二人の婚約に反対できないようにするのですね」
なぜかリサが感心している。こらこらこら、なんで君たちはすぐにそういう関係にさせようとするのかしら。普通は逆でしょ!?自分の家のお嬢様を簡単に襲わせてはいけないわよ!?
だいたいもうそれは外堀を埋めるというレベルじゃない。
ここまで外堀をコンクリート並みの強度で埋め尽くしておいて、さらに外壁や天井まで建てるつもり?
「ふふふ!こんなにキレイなマリーちゃんを見たら、さすがに奥手のサレオス殿下でも押し倒さずにはいられないはずよ!」
「ええ、ええ、そうですわ奥様!マリー様は最高のお嬢様です!」
リサとお母様が盛り上がっているのを横目に、私はエリーがもってきてくれた軽食のサンドウィッチをとりあえず頬張る。もういい加減にしてほしいと思っていると、異変はあっちだけじゃなかった。
「あぁ、とうとうお嫁に行ってしまわれるのですね……!」
うわ、エリーが感極まって泣いている。いやいや、まだお嫁に行かないからね?あと10か月はアガルタにいるからね?もう突っ込む気力がない私は、あははと乾いた笑いを浮かべていた。
「あ、そういえばマリーちゃん。今後はお祝いイベントをたくさん勝手にやるけれど、いいかしら」
お母様、もうすでに勝手にやるって言い切りましたね?なのになぜ一応聞くのか。また何か企んでいるらしく、お母様が怪しげな笑みを浮かべていた。
軽食を食べ終わるとエリーがとんでもない力で背中にあるドレスの紐を締め上げ、何とか吐かずに堪えた私は仕上げのメイクを施される。
そして最終兵器の12センチヒールを履くと、よろけるためにドレスアップされたとしか思えないフル装備が完成した。
「これ、歩けるかしら」
うう、久しぶりだわ12センチヒール。でも私とサレオスは約30センチの身長差だから、これを履いてもバランスがよくなるわけじゃない。
くっ……!記憶が戻って魔力量が増えたのは嬉しいけれど、はっきり言って魔力量よりも身長の方が欲しかった。
ちなみに、記憶を封じていたのと低身長はまったく相互関係なしだとのこと。くすん。
「お母様もエレーナも大きいのに、なんで私だけがこんなに……」
ぶつぶつと文句を言っていると、エリーが笑いながら言った。
「小さい方が運びやすいですよ?」
なんのフォローにもなってないわ。だいだい運ばれること前提で生きているわけじゃないからね?
私はエリーの腕に手を添えてゆっくりと歩き出す。やっぱりドレスの生地の少なさが心もとない……こんなに肩が出ているのはおかしいわよ絶対。お父様が見たら卒倒すると思う。
「いったんクレちゃんの部屋に行くわ!」
「わかりました……ってああ、そういえばテーザ様が到着なされたんです。マリー様がおでかけなさってるときに」
え!叔父様が!?サレオスの誕生祝いに駆けつけてくれたのね。
「クレアーナ様と二人で出かけたいとワガママを言っておられました」
「祝う気なし!クレちゃん目当てで来ただけじゃない」
さすがは叔父様というべきか……。はっ!?そういえばサレオスと結婚するってことは、形式上のこととはいえ叔父様が私のお義父様になるのよね?
これまでクレちゃんの義理の娘になれるんだわ~ってことしか考えてなかったけれど、よくよく考えると叔父様とも家族になるのよね。失礼だけどすっかり忘れていたわ!
今日、求婚されましたって報告しなきゃ!
嬉々としてクレちゃんの部屋にやってきた私だったけれど、少し開いていた扉から延々と続くお砂糖発言が漏れ聞こえていたのでタイミングがわからずにしばらく廊下で立ち尽くす羽目になった。
結婚前だから扉を完全に閉めて二人きりはダメっていう習慣なのはわかるけれど、外に会話が聞こえてるんだからちょっと口説き文句のレベルを落としたらどうなのかしら……。叔父様おそるべし。




