答え合わせのお時間です【後】
帰り道、瀕死で白目だった私はしばらくの後なんとか復活し、気を持ち直すことに成功した。
とにかく、私のことを好いてくれていたのがわかってものすごく嬉しい。
それに。
よかった!そんなに前から好きでいてくれたんなら、初めてキスしたときはちゃんと気持ちがあったってことよね!
遊ばれてなかったということがわかり、私は喜びでいっぱいになる。
彼の上着をぎゅっと握り、ご機嫌で寄りかかった。
「嬉しい!私のこと好きでいてくれたなんて」
両想い、なんて幸せなの!素敵な響きだわ。あぁ、さっきせっかく海があったのに叫ぶの忘れたわ。もったいない!
私が歓喜のニヤニヤに浸っていると、サレオスが不思議そうに尋ねた。
「まったくわかっていなかったのか、俺がマリーを好いていると」
え、そんなに意外かしら。何を根拠に、気持ちが伝わっていると思ってたの?私の頭にも疑問が浮かぶ。
「ちょっとは好きでいてくれてるのかな、とは思ってたけれど……自信がなくて」
結局はそこなのよね、うん。アホのジュールにまで指摘されちゃったくらいだもの。
私がポロっとこぼした本音に、サレオスが不服そうな声を上げた。なんだかオーラがちょっとブリザードな気がする。
「俺が何とも思っていない女に手を出すような男だと?」
ええええ!?やだ、そんなこと思ってないよ!まぁ、ちょっとヒドイって思ってたけどそんなこと言えない!
私は否定しようと、慌ててブンブン顔を左右に振る。
「そんなことないっ!でも、好きだと言ってくれないから不安で」
そう、何も言ってくれないのにキスとかするから。私の言葉に、サレオスは申し訳なさそうに話を続けた。
「婚約できる準備が整うまでは、何も言えなかった。俺の都合で不確かなことばかりなのに、マリーに心配かけたくなかったんだ。迎え入れる準備が整うまでは、と……。だから態度で表してたんだが」
あまりのすれ違いっぷりに、私は衝撃で目を見開いた。
わかんないよ!まさか言葉で言えないから態度で示してたなんて思わないもの。
「ええ!?てっきり私は都合のいい女なのかと」
「そんなわけないだろう!」
サレオスがめずらしく慌てた様子で語気を強めた。
なんなの、まったく伝わってなかったんだけど!私から告白すればよかったの?いやいやいや、そんなことできない。
「……もう、いいわ。過ぎたことは」
そうよ、これからの幸せな未来を考えなくては。やらかしてしまったあれこれは忘れて、今後のことを考えましょう!
私はサレオスの身体に腕をまわし、ぎゅっと抱きついた。自分から自由に抱きつけるなんて婚約者の特権ね!
ああーよくわからないけれどこの匂い好き。香水ではないような、謎のいい匂い。美形おそるべし。
この香りを袋詰めにしたら売れるわ。でも売らない、私が全部大事に秘匿する。そして部屋の中に撒く。
はっ!でもダメ、いつも嗅いでいたらわからなくなるかもしれないもの。ここは下界の空気を甘んじて受け入れましょう!
そんなバカなことを考えている私は、嬉しくて抱きつくだけに留まらず、額をぴったりくっつけてスリスリしてしまう。やばい、彼が削れたら私のせいだ。
わりと長い間スリスリしていると、頭上から苦言が降ってきた。
「………………マリー、少し離れて」
「え?」
きゃぁぁぁ!調子に乗り過ぎた!
サレオスが手綱を握っているの忘れてた。
「ごめんなさいっ!扶助しにくかったよね!?」
「…………それもある」
私は慌てて飛び退いたはずみで、後ろにぐらっと倒れかかる。
「ぅわっ!!」
サレオスの右腕に背中を乗せるような形になり、何とか落ちずに済む。彼は右手を手綱からはずし、私の肩を掴んで力を入れて抱き起こしてくれた。
「あぶなかった……!ごめんなさい」
「些細なことだ」
ううっ、しっかりした大人の女性になりたい。
私が恥ずかしくなって俯いていると、今度はサレオスが躊躇いがちに口を開いた。
「聞いてもいいだろうか。マリーはいつからだ?」
い、言えない。ほとんど一目惚れに近かったなんて。
「それは、また今度」
にっこり笑って、にごす私。すると今まで前を向いたままだったサレオスが急に視線を合わせた。
「なぜだ?俺より遅かったとしても怒りはしない」
遅いとか早いとかそういう次元じゃない。あなたのことをただのクラスメイトだとか友達だとか思ったことがない。
最初からずっと好き。
サレオスは公認ストーカーの潜在追撃機能をわかっていないわ。生まれ持っての才能なのよ!
って言えないこんなこと!
「いつ?」
「……」
無言を貫いていると、目の前にあった左腕がすっと動き、その手が私の顎を持ち上げて深く口づけられた。
「んううっ!?」
きゃぁぁぁ!あぶない、落ちる!よそ見しちゃいけないのよ馬に乗ってるときは!
ちょっと抵抗したから首の後ろがぐきって鳴った。ダサい、ダサすぎる。
なんでもっとスマートにイチャイチャできないのかしら……神様からの嫌がらせ!?
私が真っ赤になっているのに、サレオスは相変わらず飄々とした態度で質問を続けた。これは観念するしかなさそうだわ。
「冬にルレオードに来たとき?」
「……いいえ、もっと前。かなり前」
「学園祭の頃か?」
私は無言で首を左右に振る。
「靴をなくしたパーティー?」
そんなこともあったわね!
あのときは手を剥製にしかけたんだったわ。エリーが液漬けにするための材料を頑として注文してくれなかったもの。
私は遠い目で呟くように言った。
「もっと、ものすごく、かなり前です。地平線の果てくらい前よ」
サレオスは少し黙って、おそるおそる口を開いた。
「……まさかとは思うが、最初からなんてことは」
「ごめんなさいぃぃぃ!ストーカーでごめんなさいぃぃぃ!」
平謝りする私に、サレオスは絶句する。嫌われたりしないかしら、こんなに前からストーカーの罪を重ねてきた私を、気持ち悪いって思わない?
なんとか挽回しなくては!
「でも今の方が断然好きよ!あのときは何となく好きだなって……今みたいな強い気持ちじゃないわよ!?」
必死で訴えかけるも、彼からの返答はなく沈黙が流れた。
ところが私の心配をよそに、サレオスは静かに笑い出す。
「はっ……!バカみたいだな、あれこれ考えていたのが。もっと早く、気持ちを伝えればよかった」
ううっ、私はさっきフラれると思って逃げたからね。
「あはははは……くっ……こんなにバカバカしいことがあるんだな。一体マリーの何を見ていたんだ俺は」
「サレオス?」
ええええ!?
ものすごく笑ってる。こんなサレオス初めて見た!
でもどうやら嫌われてはいないみたいね。そう安堵していると、なかなかの思い出し爆弾が投げつけられる。
「こんなに笑ったのは、マリーの手紙を読んだとき以来だ」
へ?手紙って……。私は、さーっと顔が青くなる。
「長生きしてください、と書かれていたアレだ」
「ひぃぃぃ!黒歴史!まさかまだ持ってたり」
あわわわ、まさか持ってないよね!?
「もちろん取ってある」
おふっ……!口から魂が出そうだわ。
「す、捨てて」
「捨てない」
「燃やして」
「燃やさない……ってこのやりとりしなかったか?俺のものだから今後も大事に残す」
あああ、意地悪く笑った顔もかっこいい!イイ意味で目にしみる。視力がよくてよかった!
ぐぬぬぬぬ……今後は黒歴史や負の遺産をつくらないようにしなければ。私は密かに決意した。
それにしても両想いってすばらしい。ちょっとむずがゆいけれど、こんなに幸せなのね!
私は彼の上着をぎゅっと握りしめ、上目遣いで呼んでみる。たまには女子っぽいことをやってみたい。いつもだいたい不発だから。
「サレオス」
「なんだ」
「好き」
「!?」
あれ、喜んでくれてる感じがないわ。また失敗したのかしら?せっかく好きって言ったのに、サレオスは歯を食いしばって不機嫌そうに眉を寄せている。
どうしたのかと見つめていると、ぎゅうっと片手で強く抱きしめられて、なぜか頭に顎を乗せられてしまった。これ地味に痛いんだけど、幸せだからまぁいっか!
思わず笑みがこぼれる私とは正反対に、サレオスの嘆くような声が耳に届く。
「結婚は最短でも来年の秋か……あと一年以上もある。それまで耐えられるか……
いっそ卒業と同時に婚姻の手続きをしてしまえれば」
私はその言葉にピクリと反応した。
「何を耐えるの?こんなに幸せなのに何かつらいの?回復魔法いる!?」
ところがサレオスは悲哀を込めた声で囁くように言う。
「回復魔法では無理だ」
「病気!?病気なの!?まさか不治の病とか」
「マリーちがう、そうじゃない。大丈夫だ。それに、長生きさせてくれるんだろう?」
ため息混じりに、でも穏やかな声でそう言われれば、私は笑って頷くほかはない。
「もちろんよ!寿命をまっとうさせるんだから!」
私はそう言ってまたぎゅっと抱きついた。しかしサレオスはやっぱり嬉しそうじゃない。遠くの一点を見つめ、感情を無にしているような感じがする。
……ベタベタするの嫌なのかしら。そうだとしても、今日くらいいいじゃない。そう思っていつまでも抱きついていると、さらに追い打ちをかけられた。
「…………すまない、あまり触れないで」
「ええ!?」
ショックで涙目になりつつも、私はここぞとばかりにしっかり主張した。
「なんで!?好きだから触れたいのに。仮とはいえ婚約したんでしょう!?やだ、ずっと一緒に居たい、ぎゅーってしたい!」
今日だけは絶対に離れない!ワガママだと思われても今日だけは譲れないわ!
どうしても離れたくない私はさらに腕の力を強めた。
「……前言を撤回する。俺は長生きできないかもしれない」
「どうして?」
「男と女では根本的に違いが……また今度シーナにでも聞いてくれ」
「よくわからないけれどわかったわ」




