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心の内側は【前】

穏やかな春の陽ざしが温かい昼下がり、私はサレオスに連れられて海が見える大きな庭園にやってきていた。


歩いてでも行けると私は言ったけれど、過保護なサレオスは大きな黒い馬に私を問答無用で乗せてしまった。予想外の二人乗りにキュンが押し寄せる。


はぁ、のんびり二人乗りって幸せ。二人乗りなのに時速200キロじゃないなんて、こんなことがあり得るのね。

薄紅色のスカートが、足元でふわふわと軽やかに揺れている。


つい調子に乗って彼の胸に寄りかかっていると、眠ったと思われたらしく片腕でぎゅっと抱きしめられるように支えられて、本当にそのまま永眠しそうになった。二人乗り、やばい。


庭園に着くと、そこにはたくさんのバラやダリヤが咲いていて、低い位置には小さな白いクレマチスが一面に広がっていた。私が喜んでそれらを眺めていると、サレオスが穏やかな表情で「連れてきてよかった」と微笑んだ。


午前中にはカイム様がアマルティア様とレオン様を連れて訪れていたそうで、「可愛いアマルティアを人に見せたくない!」というカイム様の溺愛系オーダーによって、丸一日貸切にしたらしい。


澄んだ青い花びらが美しいネモフィラを見ながら橋を渡ると、下を流れる小川には魚がたくさん泳いでいてキラキラと光っている。のんびり散歩をするにはぴったりの場所だった。


「こんなに歩いて大丈夫なのか」


庭園の奥に進むとサレオスの心配性が発動し始めたけれど、私は上機嫌で歩いていく。


「わざわざ歩かなくても……俺が運んだ方がいいのでは」


手を繋いでくれているだけで十分なのに、ここにきて担ごうとするのはさすがに大げさだわ。


「大丈夫よ。こんなに元気なのに」


せっかくのデートなのにお母さん化してるサレオスに、私はちゃんと元気ですよアピールをする。


でもどうやら、まだ私の魔力が安定してないとか精神的な疲労があるはずだとかで、庭園すべてを見てまわるのはダメだと言われてしまった。


まぁ死にかけたって聞いたし、心配かけちゃったし、ここは素直に従うことにする。


海が見える高台まで来ると、気持ち良い風と潮の香りがした。遠くから白い大きな船が何隻か向かってくるのが見え、空にはカモメが優雅に飛んでいる。


サレオスは私の手を引いていくつか階段を上ると、白い四角い屋根がある展望台の観覧席に二人で並んで座った。


大理石のようなツルツルした石でできた椅子は、ハンカチを敷いたけれど座ると少し冷たい。


彼も同じことを思ったのか、視線が「膝の上に座るか?」と言っている。無言でもだいたいわかるようになってきた自分を褒めたい。


けれど私は、笑いながら首を左右に静かに振って遠慮しておいた。せっかく命が助かったのに、ここでキュン死にしたらムダ死にもいいところだわ。


私たちは肩が触れるくらいの距離で座り、しばらく黙って景色を眺めていた。



はぁ……どこまでも平和。僅かな(ほころ)びすらなく、安心安定の平和。



きれいな景色を眺めていると、まさかおととい死にかけたなんて思えない穏やかなひとときに何だかおかしくなって笑ってしまう。


くすくすと笑いだした私を見て、サレオスは不思議そうな顔をした。


「マリー?」


「ふふふ、何だか平和だなって思ったら、おかしくて。こんなにゆっくりと過ごせるなんて、嘘みたいで笑えてきちゃった」


私につられたのか、サレオスも穏やかな笑みを浮かべた。低い声がとても優しい。


「そうだな」


あ、そういえば薬を取りに行ってくれたお礼をまだ言ってなかったわ。私は繋いだ右手をきゅっと握り直して、彼の顔を見上げた。


「薬のこと、ありがとう。キャサリン先生のところまで行ってくれて、私のことを助けてくれて本当にありがとう」


今私が生きていてこんなにのんびりしていられるのはサレオスのおかげだものね。もちろんキャサリン先生もだけれど。


「俺はただ薬を持って馬で飛ばしただけだ」


うん、それ普通できないから。ここまで五分で駆けたらしいと聞いて、相当の魔力使ったんだろうなと思った。それに。


「エリーが言ってたのよ。何だかわからないけれど、キャサリン先生のお手伝いをしてくれたんでしょ?」


「!?」


え?サレオスの顔が一瞬にして引き攣った。いや、安定の無表情なんだけれど、目元がぴくって動いたわ。大掃除でもさせられたのかしら、あの一軒家かなり物が溢れてるから……。


王子様に掃除させるなんて、キャサリン先生は無茶なことさせるのね!


「ごめんなさい、とっても嫌だったわよね」


私がそう言うと、サレオスはものすごく苦い顔をして答えた。


「あれはもう、記憶の彼方に葬った……!」


「えええ!?そんなに嫌だったの!?ああ、確かにあの家には獣の死骸とか骨とかいっぱいあるし、何年も触ってなさそうなカピカピの謎の肉とかあるし大変だったんでしょうね」


「……マリー、一体何のことを言っている?」


「え?お掃除させられたんじゃなかったの?あの家で」


「もういっそ、そういうことにしようか」


あれ?違ったのかしら。


私はサレオスをじっと見つめるけれど、彼はもうこの話はおしまいという風に私の髪をひと束取ってするっと撫でた。突然の触れ合いに胸がドキドキし始める。


「あの、薬……本当にありがとう」


うん、あんなただただマズイ薬を口移しで……!自分が死にかけてるわけでもないのに。よく吐かなかったなと尊敬するわ。


お礼をいうと、彼は優しく目を細め、首を左右に小さく振った。


「俺は何も。マリーががんばってくれたからだ」


うぐっ……優しいぃぃぃ!何なのどこまで素敵なの!?

がんばるに決まってるわ、だってあなたのお嫁さんになるために生きてるんですもの!

それに、サレオスのことを寿命までしっかり長生きさせるって誓ったんだから!


感動でプルプルしながら見つめる私。でも彼は、なぜか申し訳なさそうに肩を落とした。


「マリーを危険な目に遭わせたくなんてなかった。記憶なんて戻らなくていいと、俺は本気で思っていたからな。

そもそも俺が迂闊だったせいであんなことに……」


唇を噛み、サレオスは途中で話すのをやめてしまう。視線を膝に置いた手元に落とし、何か後悔しているのか責任を感じているのか、重苦しい空気を纏っている。


どうしよう、このまま責任を追求して事実を突き詰めていったら、最終的には私が盗み聞きしたせいだということがバレる。誰も触れないけれど、漏れ聞こえていたとはいえ、王族の会話を盗み聞きしたのは確実に罪だわ。マジ、やばい。


先に謝った方がいいかしら……!?


「「……」」


しばらくの間、私たち二人の間には沈黙が流れる。


私は肩からかけているふわっとした白いショールの端を握り、何となく彼の横顔をじっと見つめていた。


どうしよう、むずかしい顔をして何かを考えているようだけれど、憂いのある表情がかっこよすぎて惚れる。


「くっ……!」


生きててよかったー!!!!

美青年の憂い顔ありがとうございます!!!!


押し寄せるキュンに勝てず、私はちょっと反対方向を向いて胸を手で押さえた。


無自覚キュン殺し犯が、平常運転で仕事をしているわ!どこまでも前科が増え続けているのに、自覚がないから止まらない。


はっ!生きててよかったで思い出した。私、まだおめでとうって言ってないわ!


隣に座る彼の膝の上にある左手に狙いを定め、ドキドキしながらそっと両手で握ってみる。


「お誕生日おめでとう。あの、私……生きててよかったし、サレオスが生まれてきてくれて嬉しいわ」


がんばった!どうにか言えたわ!

ちらりと見上げれば、ものすごくびっくりした顔をしている。


「え、その顔、もしかして忘れてたの?」


どうやら図星らしい。今思い出しました感がすごいわ!


サレオスは左手の上に乗せられた私の両手を見つめ、そこに自分の右手を重ねて包み込むように握る。

少しの間、瞳をそっと閉じていて、かすかに微笑むように唇を引き結んでいた。


「うん……ありがとう」


何かに納得したようにそう言うと、まっすぐにこちらを見つめて呼びかける。


「マリー」


「は、はい?」


うわあああ、イケボが至近距離で!自然に顔が赤くなるのがわかる。手汗が、手汗が心配だわ!


好きすぎて好きすぎて、キュンが列をつくってやってくる。一つも処理できないうちに次の追いキュンがやってくるから、私は埋もれて息がしにくくなってしまう!


何度か深呼吸してから、隣に座る彼を見上げてみた。サレオスは少しためらいがちに、私の瞳をじっと見つめている。


「記憶が戻っても……俺への気持ちは変わらないか?」


え?


サレオスはどこか不安げな瞳で私に問いかけた。


「昔のことを思い出しても、俺への気持ちは変わっていないか」


…………………………はい?


オレヘノキモチハ

カワッテイナイカ?


濃紺の瞳がまっすぐすぎるくらい私のことを捉えていて、吸い込まれそうなほど美しい。


「マリー」


ドクン、と大きく心臓が跳ねる。俺への気持ち……俺への気持ち……


え、ちょっと待って。

それって、私がサレオスを好きってこと!?


そこから一気に鼓動が速くなり、かすかに手が震えだした。これは史上最悪の事態かもしれない。

私は頭の中で、問いかけられたことを何度もリピートする。


俺への気持ちは変わっていないか……

俺への気持ちは変わっていないか……

俺への気持ちは変わっていないか……


もしかして、いやもしかしなくても、私の気持ちがバレている!?


えええええ?


やだ、まさかそんなことあるわけないじゃない……ってえええええ!?


「マリー」


名前を呼ばれても、うまく返事ができない。瞬く間に手が冷たくなるのがわかった。


いつから!?どのようにして!?


しかもそれをおもいっきり指摘されているのはなぜなの!動揺する私に向かって、彼は低い声でこう言った。


「マリーに言わなければいけないことがある」


どっち!?いいこと、悪いことどっち!?こういうときってだいたい雰囲気とか表情でわかるわよね???

どうにか彼の心のうちを探ろうと、真剣にかつじっくりと観察してみる。


「……」


無ひょーじょー!!私の好きな人は無表情なのよー!


「その、あの……!わ、私」


みるみるうちに顔面蒼白になり、目にじわりと涙が滲む。心臓が破裂しそうなほどにバクバク鳴っていて、耳の下あたりの血管がドクドクと波打っている。

やばい、口元がヒクヒクと勝手に震えだした!


サレオスがすごく言いにくそうにしているから、良くないことなんだと何となく思う。


いや、フラれたくない。

こんなに好きなのに。お嫁さんにしてなんて言わないから……だからフラないで!


私はかつてないほど息を大きく吸い込んだ。


「いっ……!」


「い?」


サレオスが不思議そうな顔に私を見ている。でもはっきり言ってそれどころじゃないわ!私は吸い込んだ息を全部吐き出す勢いで叫んだ。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ごめんなさい!フラないで!!お願いだからフラないでーーーーー!!」


絶叫した私は、そのまま彼の手を振り払って庭園の奥に逃走した。

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