謝罪、そしてご褒美
「本当にごめんなさい。申し訳ないことをしました!」
「頭を上げてください!」
サレオスの誕生日当日、私はカイム様やアマルティア様とのんびりお話をすると聞いて会食の席についたのに、のっけから見事な二つ折り謝罪を受けていた。
私が記憶を取り戻してから丸一日が経過していて、特に目立った後遺症もなく順調に回復している。
そして何より、今日はサレオスの誕生日なのだ。そんなおめでたい日に、王太子様になんてことをさせてしまっているのかしら……と私が頭を抱える傍らで、なぜかお母様は当然のように笑みを浮かべていた。いや、だめよこの状態は絶対に。
「良いのですわ!マリー、もっと怒ってしまいなさい。あなたは命が危なかったんですよ?!」
あれ、アマルティア様まで怒ってる。カイム様はますます居心地の悪そうな顔をして、しゅんと小さくなってしまっていて何だかかわいい。
サレオスはそんな兄を見て、私の隣で無言を貫いている。その目は温度がなくて鋭く、実はこれが一番怖い。ゴゴゴゴゴという擬音を背後に背負っているのが私には見える。
「もう大丈夫です!結果的に何もなかったんですから、ね?カイム様、私は生きてます!」
何とかその場は収まったものの、カイム様はずっとアマルティア様のご機嫌斜めに振り回されていた。
間近で見ると、やっぱりカイム様の溺愛っぷりはすさまじく、美しい妃を片時も離したくないというのが伝わってくる。「さすがは5日会えないのが嫌で結婚しただけのことはあるな~」と思った。
ただ、それよりもサレオスの奇行が気になって仕方がない私は、隣に座って私の髪を指にくるくる巻きつけている彼をじっと観察する。
この毛束遊びはいつものことだから、ドキドキはすれど特筆することではない。
「ねぇ、ちょっと……近すぎない!?」
長椅子で隣に座る、というより私の腰を抱き寄せて長い腕で囲うようにしてぴったりと身を寄せていることが気になって仕方ない!
なんなの!?何かの襲撃にでも備えているの!?密着している左半身が燃えて灰になりそうだわ!明らかにわざわざ用意された長椅子に動揺する。普通、会食のときくらい個別の椅子よね!?
しかも、白金の髪を撫でるときに、スルッと指で耳にも触れるから落ち着かない!
「まだ本調子ではないだろう?倒れたら困るから俺にもたれていればいい」
あああああ、頭のすぐ上から降ってくる低い声が私の全身に突き刺さる……!どうすればいいの?
だいたい、もたれるなら背もたれというものがある。片腕で抱きしめられるみたいにして座らなくても、立派な背もたれがありますよ!
私は訳がわからず、どうにか離れようとするけれど腕力が違いすぎてまったく逃げられない。
あぁ、でも本音を言えば嬉しい。ニヤニヤしてしまう。頬を指でグリグリ伸ばしてごまかすけれど、イリスさんが温かい視線を送ってくるから多分ごまかせていないだろう。
ちらりと見上げれば、何だか嬉しそうにこちらを見ているサレオスと目が合った。
……犬?犬なの?
パタパタと振られるしっぽと耳が見えるのは気のせいかしら。
「くっ……!」
かわいいぃぃぃ!大型犬か大型オオカミを手懐けた気分だわ。前から過保護だったけれど、目が覚めてからはどこに行くにも私の後をついてきて、懐かれている感じがするのよね。
会食中もずっと私に料理を食べさせようとしてきて、スプーンでも持とうものなら心配そうな瞳を向けられる。
え……介護なの?そんなにじっと見なくても、喉に詰まらせたり匙で喉を突いたりしないわよ。
お母さん化してるなとは思っていたけれど、色々飛び越えて介護スタッフ化しちゃったの?
「サレオス殿下が壊れた……」
カイム様の従者トリオは完全に引いていて、セダさんの呟きがかすかに耳に届く。
もしかして、あのただただマズイ薬がサレオスを壊した!?
胸に湧き上がる不安を口に出せないまま、のんびりとした会食は過ぎていった。
食事が終わり、のんびりとお茶を飲んでいると、急にカイム様が思い出したように口を開く。
「あ!マリーちゃん、そうだそうだ」
「はい?なんでしょう」
笑顔で尋ねた私に向かって、カイム様はサレオスによく似た顔でにっこり笑ってとんでもないことを言い出した。
「イリスに聞いたんだけど、来年からは教会で義務を果たさないといけないんだってね!」
あぁ、進路の話ですか?私はゆっくりと頷いた。
「ルレオードの教会、ひとり分空けたから」
「はぃ!?」
「だからね、ひとり分空けたんだよ」
あ、空けたとは!?衝撃で目を見開く私、その隣ではサレオスが額に手をやって、苦い顔をしていた。
あぁ、これ今知ったパターンだな。
「長年お勤めしてくれていた聖女さんにね、いい縁談を持っていったんだよ~。あ、大丈夫だよ?無理やり消したりしてないよ、安心して」
「は、はぁ……」
無理やり消すっておそろしすぎる!あはは、と笑っているカイム様は、冗談なのか本気なのかちょっとよくわからないけれど、この人は多分怖いタイプの人だわ。人当たりがイイ笑顔が逆に怖い。え、イリスさん系なのかしら?
私が困惑していると、カイム様はさらににっこり笑って続けた。
「だから、来年の春から半年間、マリーちゃんはルレオードの教会に所属してもらうよ!あぁ、もちろんそのときにはサレオ」
「兄上!」
突然立ち上がったサレオスが、カイム様の言葉を途中で遮ってしまう。私はびっくりして二人を交互に観察するけれど、カイム様は「あ、ごめんごめん」と右手を上げて軽い感じで流している。私の隣にはブリザードオーラのサレオス、正面にはお花畑さながらの陽気な空気を醸し出したカイム様、兄弟のテンションの違いがすさまじい。
「マリー、もう部屋に戻ろう」
サレオスはそういうと、私の手をとってすぐに立ち去ろうとする。途中で退席するなんて無礼では、と私が狼狽えていると、カイム様は「またね~」と笑って手を振ってくれた。
軽い、軽いわカイム様!引き攣った笑顔で会釈をした私は、サレオスに手を引かれて逃げるように退出した。
『来年の春からはルレオードの教会で』
え、何だかさらっと言われちゃったけれど、これって進路が決まったってことよね!?まさかのご褒美!!半歩前を歩くサレオスの横顔を見つめながら、私はこみ上げてくる喜びに顔がにやにやするのがわかった。
くっ……!来年からもサレオスのそばに居られるのね!?毎日じゃなくても、ルレオードで会うことができる!
きゃああああ、何て素敵なご褒美なの!踊り狂いそうなのを必死で我慢する。でも耐えられなくて、ついサレオスの左腕にぎゅっと抱きついてしまう。
「マリー、どうした?体調がつらくなったのか」
あわわ、どうしよう、心配させちゃったみたいだわ!
「大丈夫!ちょっと……嬉しくて」
背の高い彼を見上げ、満面の笑みを浮かべる。危ない危ない、衝動に身を任せて、彼の腕をへし折ってしまう勢いだったわ。嬉々として歩く私に向かい、サレオスは柔らかい表情で話しかける。
「調子が良いなら、少しでかけられるか?」
もちろん私は笑顔で頷き、一度部屋に戻ってショールを取ってから外出することにした。
隣を歩くサレオスが繋いだ手は、いつもよりぎゅっと強く握られていた。




