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悪役令嬢はシナリオを知らない(旧題:恋に生きる転生令嬢)※再掲載です  作者: 柊 一葉
未書籍化部分

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今ならわかる

「うう……頭痛い……ってあれ、もう痛くないわね」


多分、二日酔いなるもので眠ってしまった私は、気がつくと見覚えのある森の中に一人で座っていた。


周囲を見渡すけれど誰もいなくて、木々の間から降ってくる木漏れ日がきれいだな~と思ってぼおっとしてしまう。


はっ!?そうだ、ここ……確かトゥランの王城の。だんだんはっきりしてきた意識の中には、これまでなぜ忘れていたのか不思議なくらい鮮明な記憶が蘇っていた。



頭の中に、レオちゃんとサレオスの記憶が混在してて変な感じ。


「私、サレオスに会ってたのね」


一人でぼそっと呟くと、ふいに背後から男の子の声が返事をした。


「そうだよ」


驚いて身体がビクッと跳ねる。


ゆっくり振り向くと、そこにはレオちゃんの姿があった。今とは違って括れるほど長くはないサラサラの黒い髪が風に揺れている。


背も120センチくらいしかなくて、どう見てもあのとき会ったレオちゃんだった。


「マリー、やっと思い出したんだね」


「え、ええ……でもどうして?」


おかしい。サレオスは私と同じ年のはず。今ここにレオちゃんが現れるなんておかしいわ。


動揺して何度も瞬きを繰り返す私に、レオちゃんは少しだけ笑って説明してくれた。


「ここはマリーの中だよ」


「私、の中?」


「うん、僕はマリーの記憶の中からレオちゃんの姿を借りてるだけ。キャサリンがかけた術の番人だよ」


「番人……?」


ええっと、どういうことかしら。キャサリン先生のところには、エリーと一緒に通ってたけれど患者は私だったってことかしら。


はっ!でも今大切なのは、何であろうと目の前にレオちゃんがいることよ。


私はゆっくり腕を伸ばし、おそるおそる尋ねてみた。


「ね、ねぇ……ぎゅーってしてもいい!?」


「ぎゅー?」


不思議そうにこちらを見つめるレオちゃんに向かって、私は全力で飛びついてがっちり抱きしめた。


きゃぁぁぁ!!実体じゃないはずなのに、確かにぎゅーってしてる感触があるわー!!


はぁぁぁ……なんて、なんてツヤツヤな髪!細い体はそこがまた可愛くて堪らない。抱きしめてスリスリする私に、レオちゃんらしき番人とやらは唖然としている。


「これは……想定にない!マリー、ちょっと、ちょっと僕の話聞いて?そして離れて!?」


レオちゃんは困っているけれど、私はしばしの間この再会(?)を堪能させてもらった。


抱きしめたりなでなでしたり、観察したり、ひと通り終えて満足すると、レオちゃんは仕切り直すかのようにコホンと咳払いをする。


あ、なかったことにする感じね?


私はレオちゃんの前に座り込み、話を聞く体制をとる。

「マリーはどこまで思い出した?レオちゃんの、トゥランのことだけ?」


そう言われて私はやっと気づいた。自分の中にもう一つ記憶が増えたことを。


「思い出したわ。ミリヤ……助けてくれたのに。それにあいつ、あの気持ち悪い人」


「うん、そうだね。それでどう?堪えられそう?」


目の前に居るレオちゃんは、淡々と事務的に話した。私は俯きながら、ゆっくりと自分の中の記憶を掘り返していく。


あのとき、ミリヤが放った魔法で傭兵たちが一瞬にして真っ黒こげになったことを思い出してちょっと吐きそうになる。


「うっぷ……」


あれ、私はまだ子供だったから天変地異か神様の天罰か何かだと思ったのよね。


今ならミリヤが放った魔法だとわかるけれど、子供の私に取ったら残虐なホラー現象だったわ。焦げた肉のにおい、ジリジリと音を立てて上がる黒い煙……十年も前のことなのにさっき見たばかりのように生々しく思い出される。


私はどうにか気を取り直して、「もうこれは忘れよう」と頭を激しく左右に振った。あれは映画、特撮よ特撮。やらせだったと思い込もう。


そして。馬車から私を見てニヤリと笑った不審なおじさんについても思い出していた。


「あと……あの気持ち悪いおじさん」


「うん、あいつ、マリーにひどいこと言った」


そうよ、馬車に連れ込まれそうになって、ミリヤが私を守ってくれて背中に矢を受けて。私は何もできなくてミリヤに泣きついてた。


そしたら馬車から顔をのぞかせたあいつが言ったのよ。


「おまえのせいでその女、死ぬな」って。ミリヤに雷撃を食らってすぐに逃げて行ったけれど、あの欲にまみれた卑しい目やだらしなく笑う口元は本当に気持ち悪い。



私はミリヤがケガしたのは自分のせいだと思って、助かった後もずっとそう思ってたわ。外に出ちゃいけないって、私がいると迷惑がかかるから友達ともレヴィンとも遊ばなくなった。



でも今ならわかる、悪いのはあいつ。子供だった私が悪いわけないわ。あのときは、お父様とお母様が好きな茶葉を買うために、宿から外に出ただけだもの。ミリヤもいたし、何も悪いことはしてないわ。


今ならわかる、子供の私のせいじゃない。

ついでに、あいつが思いっきりカツラだったことも今ならわかる。


あのちょび髭カツラ野郎……小さい子供になんてひどいことするのよ!?

今度会ったら絶対一発殴ってやるんだから!もう会いたくないけどね!


はっ!?ミリヤはどうなったのかしら?多分、死ぬようなケガじゃなかったと思うけれどそこはまったく覚えてない。


お母様にミリヤがどうなったのか聞かなくちゃ。


「レオちゃん、大丈夫。私は大丈夫よ」


私はまっすぐに前を向いてそう言った。レオちゃんは穏やかな笑顔を見せると、「よかった」と言った。


「僕の最後の仕事はね、マリーがもしも思い出した記憶の辛さに耐えらえないってなった場合は、これまでの記憶を全部まとめて消去することだったんだ」


え、消去?私は恐ろしくなってゴクリと唾を飲み込んだ。


「キャサリンの術は二段階なんだ。一段目はマリーの記憶の一部を消すだけだったんだけど、二段目は全消去になる」


「それって、これまでの16年間を全部忘れるってこと?サレオスに会ったことも?クレちゃんやみんな、家族のことも全部?」


それはイヤ。あのちょび髭カツラ野郎の記憶は消してもらいたいけれど、今までのすべてを代償にするなんてできないわ。あんなやつのために、何も失いたくなんかない。


レオちゃんはあっけらかんと、事実だけを伝える。


「うんそうだよ。まぁ全部消すから、言葉も忘れるし生活作法もなにもかも忘れて1歳くらいの精神年齢になっちゃうけどね~。家族や友達のことだけ忘れるなんて都合のいい術じゃないよ!」


ひぃぃぃぃ!!なんということ!?

よ、よかったそんなことにならなくて!今から1歳児になったんじゃサレオスのお嫁さんになれないじゃない!



私は頭を両手で抱えて怯えてしまう。そんな私を見てレオちゃんはスッと手を差し出してくれた。


「大丈夫だよ、マリーが選んだんだから記憶は消さない。お嫁さんになれるかどうかは知らないけれどね」


あら、仮にも姿だけはご本人にそんなことを言われるなんて困るわ。


濃紺の瞳をじーっと見つめていると、レオちゃんらしからぬ爽やかな笑顔を見せてくれた。


は!?そうよ、もしも私がサレオスのお嫁さんになることができて、子供を産んだら……きゃぁぁぁ!こんなにかわいい黒髪の男の子が私の息子になったりするの!?


サレオスにそっくりな子供……!絶対に欲しい!!妄想に駆られた私は、両手で頬を挟んできゃあきゃあと叫んだ。


「名前は何にしようかしらー!」


一人妄想にふける私に対し、レオちゃんが顔を引き攣らせて呟く。


「くっ……また想定にない!マリー、ちょっと聞いて~」


レオちゃんの呆れた声に、私はハッと覚醒する。そしてそのキレイな瞳を見つめると、ものすごく大事なことをさらりと言われてしまった。


「マリー、記憶を持ったまま目覚めるなら、もうそろそろ帰らなきゃ。いつまでもここにいると、魔力の波にのまれるよ?」


「え?」


どういうこと?波にのまれるって……。


「十年っていう時間は長かった。マリーの記憶を封じるために使い続けてきた魔力が、今はもう必要なくなっちゃって、急に行き場をなくしてこっちに押し寄せてる」


「え?え、え、え?どういうこと?」


差し出された小さな手を握り、とりあえず立ち上がった私の耳にどこからかゴゴゴゴゴという地響きのような音が聞こえてきた。


「さ、走って!後は自力でがんばってね~!」


「はぃ!?どういうこと!?」


レオちゃんは光がほどけるように霧散して消えてしまい、森だったところはただの一本道へと変わっていた。周囲は暗く、石畳の一本道だけが光って見える。


そして私の後方からは、青白い靄のようなものが轟音を上げながら迫ってくるのがわかった。


「いやぁぁぁぁ!!」


あれに捕まったらマズイ、ただそれだけは本能的にビシビシと伝わってくる!せっかく記憶が戻ったのになんでこんな目に遭うの!?

私は石畳の一本道をただひたすら走って逃走するハメになった。

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