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ナルシスト王子の心は折れない(フレデリック視点)

フレデリック・ルイスは、アガルタ王国の第一王子であり次期国王の座が約束された王太子だ。

風に揺れる金色の髪、透き通るような青い目、物語の王子様をそのまま映したような美男子で、剣も魔法も秀でている。そんな彼は幼少期から思っていた。

「この世に思い通りにならないものはない」と。

王子に課せられた厳しい教育もそつなくこなし、周囲に群がる令嬢たちには麗しい愛想笑いを浮かべ、すべてのことで理想的な王子像をまっとうする。


十五歳、学園の入学式の日に出会ったマリーは、これまで出会った自分を慕う令嬢とはまったく違っていた。初めて対面したとき、まさか王太子に並ぶ首席入学者が女子だと思わず驚いたが、すぐに王太子の仮面を被り模範的な態度で接することができた。

(どうせみんな私のことが好きだ。社交辞令の笑顔と挨拶で十分だろう?)

ところがマリーは、まっすぐに瞳を見つめて微笑んでも、頬を染めることもなく見惚れることもない。ただ気まずそうに視線を逸らし、明らかに「今すぐ逃げたい」という空気を醸し出している。

(なぜ私という存在に喜ばない? もっと近づこうとしない?)

令嬢の中には、少し微笑むだけで恥ずかしそうにうつむく子もいれば、胸を抑えて倒れる子もいる。皆が自分の容姿と王太子という立場に憧れ、十五歳にしてすでに令嬢たちの反応には飽き飽きしていたフレデリックには、マリーの反応が新鮮に映った。

(あぁ、さては緊張しているんだね。しかし、こんなにおとなしい令嬢は初めてだ)

自分こそ世の中の中心である。長年のそんな刷り込みにより、盛大な勘違いはここからスタートを切ることになってしまった。

(それにしても、身を縮ませる姿が小動物のようで愛らしい。しかも私と共に代表挨拶をすることも、一緒に入場することも遠慮した。なんて控えめな性格なんだ!)

隙あらば隣に侍り、腕を絡ませてくるような女たちとはまったく違うと感心するフレデリック。

ヴァンから、マリーは身体が弱くてお茶会や交流会にはほとんど顔を出していないという話を聞き、「私が守ってやらねば」という意識が突然に芽生え始めた。

この迷惑にもほどがある勘違いに、マリーはまったく気づいていない。

それからは毎日、マリーに話しかけた。いつも親友のクレアーナの後ろに隠れているのを、避けられているとは思わずに……。

話しかけても、「はい」「いいえ」「どうでしょう」の無限ループであろうが、フレデリックは揺るぎない自信を糧に突き進む。

「どうやら男をとことん立てるタイプなようだ。それに目が合うと、うっとりとしていることもあるな。聡明なのに控えめ、そして私への秘かな好意を持っている。まさに理想的な王太子妃だ!」

大した成果もないのに順調に愛を育んでいると思っている王太子に、ヴァンから厳しい声が飛ぶ。

「フレデリック様、もう少し現実を見てください」

基本的に半笑いで失礼な男、それがヴァン。でも仕事は早く、人と人との間で立ち回りが器用だから有能な従者だ。だからマリーがフレデリックを好きになることはないといち早く気づいていた。

「きっとあの日出会ったのは運命だったんだ。マリーは私の妃になるべき娘だ。ヴァンもそう思うだろう……ってどこ行ったんだあいつ」

振り返れば誰もいない。公務で戻っていた王城の廊下に、大きすぎるひとり言が霧散して消えた。

そんな中、夏休み前フレデリックはさすがに見過ごせない光景を目の当たりにする。

マリーがサレオスの隣にぴったりとくっついて座っていたのだ。二人はとても親しそうに話していて、いつの間にか名前で呼び合っている。

(私はマリーのあんなに楽しそうな笑顔を見たことはなかった。ずっと、毎日見ていたのに)

フレデリックは悩んだ末に思った。

「そうか、いつの間にか遠慮させてしまっていたんだな」

「フレデリック様、現実を見てください」

ヴァンの厳つい顔がさらに険しくなっていく。それでも王子は気づかない。


テルフォード領を訪ねたとき、初めて長めの会話に成功してますます本気になった、

(マリーはお人好しで、どこかつかみどころがないな)

従者の結婚式で号泣するマリーを見てかわいく思いながらも、隣に当然のように立つサレオスに嫉妬心が芽生える。だからこそ、馬車ではここぞとばかりに婚約の言質を取ろうと迫ったのにまさかの玉砕。最終的には馬車酔いにまで邪魔されてしまった。

ただ、マリーに自分の気持ちがまったく伝わっていなかったことが判明し、その上ヴァンに説教されて初めて気づいた。

「どうして『君でいい』なんていい方するんですか。『君が』いいって言わなきゃ! フレデリック様は女心がわからなさすぎます!」

モテすぎる弊害が出てますよ、とも言われて衝撃の事実を自覚する。

(私は、女性の口説き方を知らない)

自分からアプローチしたことなんて一度もない。それに気づいて愕然としたフレデリックは、これからはマリーの心を得るために積極的に動こうと決めた。

(それにはまず、サレオスを牽制しておかなくては)

テルフォード領を発つ前、相変わらず無表情のサレオスに対して忠告した。

「マリーは私が妃に望む娘だ。これ以上は近づくな」

サレオスとは幼い頃から何度もパーティーや式典で顔を合わせてきたが、まともに話したことは少ない。いつも権力を求める者に囲まれるフレデリックに対し、周囲に無関心を決め込むことができる第二王子とでは立場が違い、子供の頃はパーティーの真っただ中にも関わらずカーテンやピアノの陰に隠れてこっそり眠っていたサレオスを羨ましく思ったときもあった。

(まさか一人の娘を取り合うことになろうとは……)

フレデリックは、隣国トゥランの人間が十五歳を超えると結婚するつもりのない異性の邸にはいかないことを知っている。だからテルフォード家でサレオスの姿を見たときは驚きで目を瞠った。

(こいつもマリーを妃にと考えているのか? だとしても、負ける気はしない)

忠告を受けてかすかに苛立ちの片鱗を見せるサレオス。すでに勝ち誇ったような笑みを浮かべるフレデリックに対し、冷めた目を向けるだけで返ってくる言葉はなかった。

(私が本気を出せば、サレオスなんて敵ではない。これまで私を好きにならなかった女の子はいないからね。マリーだって親交を深めれば、きっと私を選ぶに違いないさ)

帰りの馬車の中で、またまた勘違いは深まっていく。

「そうだ、ゆっくりと二人の愛情を育んで、卒業パーティーに合わせて婚約を発表しよう。彼女は聖属性魔法を使う希少な聖女候補。教会に奪われる前に、婚約者としてしっかりと囲っておかねば」

聖属性で回復魔法が使える者は、教会での就労義務を負う決まりがある。王族と婚姻となれば、就労義務は免除されるので、フレデリックはそれを利用しようと考えた。

もう結婚を前提に計画を立てる主人に対し、ヴァンは厳つい顔を(しか)めずにはいられない。

「あの、マリー様のお気持ちはどうなるので?」

しかし、腕組みをしたまま自分の考えに耽る彼の耳には届かない。

「卒業後はそうだね……一年間の婚約期間を経て王太子妃に迎えるのがいいだろうな。我ながら完璧な計画だ。恋愛はしたことがないが、これはなかなかうまくいきそうだ!」

「いや、だからマリー様のお気持ちは?」

 もはや相手をするのも面倒という気持ちを隠さずに、ヴァンは盛大なため息をつく。それでもすっかり自分の世界に入っているフレデリックはさらに暴走を続けた。

「マリーはきっと、自分でも私への恋心に気づいていないだけなんだ」

「フレデリック様ぁぁぁ! 現実を見てください!」


誰の言葉も耳に届かないまま、王太子のポンコツ化は進んでいく……。


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