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悪役令嬢はシナリオを知らない(旧題:恋に生きる転生令嬢)※再掲載です  作者: 柊 一葉
未書籍化部分

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187/236

兄嫁は謀反を推奨する

サレオスの魔力漏れによって騒然となった港を後にし、カイムたちは馬車で宿へと向かっていた。

黒を基調とした厳かで豪奢な馬車の中には、カイムの隣にアマルティアが座り、正面にはサレオスが最高潮に不機嫌な顔をして座っている。


港を出発した途端、久しぶりに会う兄に向けるにはふさわしくない鋭い視線でサレオスは問いただす。


「一体どういうおつもりですか!マリーには昔のことは思い出させたくないと手紙で知らせたはずです」


「うん、そうだね」


「しかも兄上はそれに了承なさった」


「うん、そうなんだけどね?……ってちょっと待ってサレオス。ねぇアマルティア、なんで膝に座ってくれないの!?」


「兄上!!」


隣に座る妃に低姿勢で話しかけるカイムだが、アマルティアは扇子で顔を隠したまま明らかに不機嫌な顔をしている。


その不穏な空気は、いつもの照れ隠しではなく本気だと伝わっていた。


「わたくしの……わたくしの#マリー__妹__#をいじめるからですわ!アホみたいな兄弟ばかりでなく、かわいい妹は長年の夢だったのです!」


アマルティアには6人の兄弟と2人の姉がいる。ずっとかわいい妹が欲しいと密かに夢を持っていた。


今、マリーとクレアーナは、護衛と共に別の馬車で宿に向かっている。見るからに青い顔をしたマリーはサレオスと視線を合わせずに、それでも精一杯の愛想笑いを浮かべて馬車に向かった。


「あんなに可哀相な姿は見ていられませんわ!身投げでもしたらどう責任をお取りになるの!?」


「えええ~、さすがにそれはないんじゃない?ねぇアマルティア、俺だって色々考えてのことなんだよ。だから機嫌なおして」


「兄上!」


痺れを切らしたサレオスがめずらしく大声を上げ、御者までもが緊張で身体を強張らせた。


カイムは小さなため息をつき、アマルティアの肩を抱き寄せて無理やり距離を詰めると、ようやくサレオスを顔をじっと見つめた。


「サレオスはさ、わかってないよ。俺がどれだけアマルティアを愛しているか」


脈略のない上に関係のない話を切り出されたサレオスは、ぎりっと奥歯を噛みしめる。


「今そんな話をしていません」


ところがカイムは変わらず穏やかな笑顔で話を続ける。


「関係あるよ?お兄様はね、サレオスが今よりさらにあの子を愛してしまうだろうって言ってるの。

俺もアマルティアに出会ったときはこれ以上好きになることなんてないって思ってたんだよ?でもそれは間違いだった。日に日に好きになって年々どんどん愛おしくなる」


「兄上、何がおっしゃりたいんですか」


サレオスは意味がわからず睨むように目を細め、その口調は冷ややかだった。だが兄はそんな弟の反応は無視して、妃の髪を片手でいじりながら話す。


「だから、マリーちゃんは記憶が戻ったらどうなるかわからない状態なんだよね?この先もっと愛おしいと思ったときにあの子がどうにかなっちゃったら、おまえの方が壊れるってこと!」


「だったら何ですか」


「どうせなら早いうちに思い出した方がいい。今なら例の魔術師も生きてるんだろう?」


初めて真剣な顔をしたカイムは、自分によく似た弟の顔をまっすぐに見つめていた。しばらく見ない間に随分と表情が豊かになったものだ、と心のうちで思う。


(今のところは怒ってばかりだけどね……まぁ、留学させたのは正解だったか)


ぐっと押し黙ったサレオスは、それでも納得できずに瞳に力が入る。


睨み合うようにする兄弟の沈黙に、アマルティアは二人を交互に見て狼狽えた。トゥランに嫁いでから、こんな二人の姿は見たことがない。


自分の兄弟は仲が悪く喧嘩や罵り合いなどしょっちゅうだったことを思えば、こんな言い争いはたわいもないことなのに、なぜこんなにも胸がざわざわするのだろうと不安に思う。


膝の上でぐっと拳を握ったサレオスは、カイムのいうことを理解はできるが到底納得できないと思い沈黙した。


確かにマリーの記憶を封じた術者が存命なら、何かあっても対処できる可能性は高い。ただその「何か」がわからないからこそ、記憶を戻すことに踏み切れないのだ。


(もしこれがマリーでなければ、俺はきっと兄上と同じ選択をしただろう。何のためらいもなく。でも……今の俺にそれはできない)


馬車はすでに滞在先である宿の裏手に到着し、御者がいつ扉を開けようかとタイミングをじっと見計らっている状態である。


が、三人は誰も立ち上がろうとせず、狭い空間に重苦しい空気が漂っていた。


「最初から……マリーに思い出させるつもりだったのですか」


喉の奥から絞り出すような弟の声に、カイムは真剣な顔で答える。


「いや、最初に大きくなったねって言っちゃったのはポロっと出た。言ったらダメなの忘れてた、完全に」


「……」


「マリーちゃん見てたら閃いたんだよね。もう今すぐにでも記憶を戻しちゃえばいいんじゃないかって。見るからにサレオスのことを好いてくれてるし、野心なさそうだし、しかも何よりおまえが心を許してる。うちに欲しいよねあの子」


言葉を失うサレオスに、今度は試すような笑みを浮かべてカイムは尋ねた。


「さぁ、ここからどうする?俺はサレオスの結婚相手が決まってるって話を否定しないよ?」


「……」


「現に父上は、友人の娘であるマリーちゃんをおまえの婚約者にしたつもりでいるからね。あの人の心は母上が亡くなった8年前で止まってるし、どうせ夏には俺が即位して全権を握るんだ。結局はすべて俺次第なんだよ?」


「それは、どういう意味ですか」


サレオスは苛立ちのままに兄をぎろりと睨んだ。


「婚姻自体に異論はない。宰相を味方につけた以上、議会の承認も得られるだろう。だがマリーちゃんの今後の健康状態に懸念があるなら、それが解決するまでは次期国王として認められない」


「……だからといって、これほど急に!」


「そうかな?悠長なことをしていては、俺が認めない間にアガルタの王太子に盗られるよ?おそらくそれほど時間はない」


「それはっ!」


「ま、別に今日のところは引いてやってもいいけど……あぁ、今おまえが『結婚相手が決まってるなんて嘘だ』なんて言ってもマリーちゃんは信じるかな?なんなら正直に全部説明しちゃう?」


この口げんかに勝算があるからこそ、考える隙を与えないほど早口で次々と捲し立てる兄にサレオスは苛立つ。


「そんなことできるわけないでしょう!?」


「あははっ……だよねぇ、結婚相手っていうのはマリーのことだよ、なんて説明したら昔のことを話さないわけにはいかないもんね」


「兄上はマリーを壊すおつもりですか!?」


「いや?そんなつもりはないよ。ただ弟を壊したくないだけ」


「っ!それでも……マリーの記憶を戻すことには賛同できない」


車内の空気が極限まで陰鬱に染まったとき、これまでじっとしていたアマルティアがついに怒りの声を上げた。絶世の美女がこめかみに青筋を立てて怒り狂う。


「いいかげんになさいませカイム様!そんな有無を言わせぬやり方は卑怯ですわ!」


--ガンッ!


彼女が放り投げた扇子が、窓枠に当たって床に転げ落ちる。

普段は物静かなタイプのアマルティアが突然叫んだことで、サレオスもカイムも驚きで目を瞠った。


「え、え?アマルティアどうしたの?」


宥めようと背をさするべくまわした手をバシッと叩かれたカイムは呆然とした。弟は知らないが、こんな風に拒絶されたのは婚約前に手を出そうとしたとき以来のことだ。


(本気だ……これはマズイ)


カイムはさきほどまでの態度とは打って変わり、妃の機嫌を取ろうと狼狽した。


「ちょっと落ち着いて?落ち着いてアマルティア」


懇願も虚しく、キッと睨むその漆黒の瞳には怒りだけが滲んでいる。


「嫌味ばかりネチネチと……!弟君のことが大切なのでしょう!?それなのに何ですかこのやり方は、あまりに酷ではないですか!」


「いや、その」


「言い訳はご無用です!とにかくサレオス殿下の了承なしにあの子に無理やりトゥランのことを思い出させるのはやめてくださいませ!じゃないとわたくしとレオンは国に帰らせていただきます!」


余りの剣幕に茫然とするカイムの顔色は真っ青になっている。そして怒りの矛先は、正面に座っているサレオスにももれなく向いた。


「だいたい!サレオス殿下はこの人の暴挙に甘すぎます!」


「は!?」


「愛する人の危機に何を甘い顔をしておりますか!マリーを守ってやれるのは貴方だけなのですよ!?『黙ってろこの腹黒ハゲ』ぐらい言えないのですか!?」


--ドカッ!


壁に拳を叩きつけて怒り狂う義姉を、サレオスはただただ目を見開いて驚くばかり。主に文句を言われている夫のカイムは、力なくうなだれている。


「はっ!?ちょっと待ってアマルティア、俺はハゲてない」


「うるさいのです!」


カイムは一瞬だけ正気に戻るものの、伸ばした手をまたバシッと叩かれてしまい完全に脱力した。


「男なら……兄の首を絞めてでもマリーを守りなさい!」


「それはもう謀反になります義姉上(あねうえ)


「謀反もできずに何が王子ですか!男は舐められたら終わりですわ!

さぁ、いつ()るんですの!?」


「殺りません」


即答すると、アマルティアは不服そうな顔をみせた。

まさか義姉(あね)に夫への謀反を誘われることになろうとは、とサレオスは複雑な思いを抱く。


「まったくこんな腑抜けた男など……マリーにはわたくしが良い方を紹介しますわ。六男から兄を全員滅して成り上がったイイ騎士がおりますの」


ため息混じりにそう言い捨てる妃に対し、カイムが冷静に否定する。


「いやそれ絶対ダメだから」


しかしその間にもまた怒りが高まったアマルティアは、まだ立ち直りきれていないカイムに詰め寄った。


「とにかく!危険が伴うならば、マリーには過去のことは何も話さないと約束してくださいませ!もしもサレオス殿下のことを忘れてしまったらどうするのですか!?またもう一度好きになるとは限りませんのよ!?」


義姉上(あねうえ)、不吉なことを言うのはやめてください」


目の前でおそろしい可能性を口にするアマルティアに、サレオスが堪らず声をかける。


「だってそうでしょう!?記憶の操作は行った術者ですら、もとに戻すのはむずかしいと聞きます!それなのに急に記憶を戻させるなど……

だいたい良いではありませんか、トゥランに来ていたのは10年も前の子供の頃なのでしょう?今さら思い出す必要はありませんわ!!……あら、なんでしょうフラフラしますわ」


激高したアマルティアは頭に血が上りすぎてふらつき始める。妃の剣幕を前に思考が鈍っていたカイムだったが、アマルティアの肩を慌てて抱き留め、ようやく兄弟喧嘩は終息を迎える。


「あぁ、アマルティアごめんね?こんなに怒って疲れちゃったよね。部屋でいったん休もう」


「くっ……今ここで約束してくださいませ、マリーに何も話さないと」


最後まで粘るアマルティアに、カイムはふぅっと大きなため息をついて諦めたように頷いた。


「わかったよ、サレオスがいいって言うまで、マリーちゃんには何も話しません」


カイムは言い終わるよりも早くアマルティアを抱きかかえて立ち上がると、待っていた御者がすぐさま扉を開いた。




午後の明るい光が差し込み、設置された台に足を一歩置いて馬車を下りようとしたカイムの視界に、自分の従者の一人であるアルフレッドの姿が入ってくる。

そしてその隣には、絶対に居てはいけない人物が立っていた。


(しまった!白熱しすぎて探知するの忘れてた)


一瞬、アマルティアを落としそうになるも何とか堪え凌ぎ、中途半端に馬車から降りかけた状態でサレオスの方を振り返った。


「サレオス、おまえも探知してなかったのか……」


兄の弱々しい声に、サレオスは一瞬で血の気が引くのを感じた。


兄に続いて慌てて馬車を降りると、そこには明らかに困惑しているマリーとクレアーナの姿があり、ヴィンセントは無謀にもマリーの耳を両手で塞いでいる。が、ムダなことは本人も自覚しているようで、呪文のようにマリーに向かって囁きを繰り返す。


「主様、何も聞いてません、聞こえてません……あなたは今ここに来たばかりで何も聞かなかった……そうですね、そうですよ……」


「バカなの?」


洗脳するかのように繰り返すヴィンセントに、クレアーナが冷たい視線と言葉を送る。


「……マリー」


無言で瞬きを繰り返すだけのマリーに対し、サレオスは無意識で名前を呼ぶ。


周囲には、荷物を運び込むために忙しく働く使用人たちがいる中で、二人は見つめ合ったまま動こうとしない。


サレオスが一歩前に歩み出て、おそるおそるマリーの頬に触れようとした瞬間、彼女の唇が動いた。


「私、トゥランに行ってたの?」


どこかぼぉっとした表情で、サレオスを見つめるマリー。質問なのかひとり言なのか、目が合っているようで焦点がしっかり合っていないようなマリーに全員が息を呑む。


「思い出すとか思い出さないとか、言うとか言わないとか……あれ、私、今何を言ってるのかしら。痛っ」


額に手をやり、唇を噛んで俯くマリー。


「マリー、何も考えるな!」


サレオスが叫んだときには、頭の痛みに耐えるように目をつぶったマリーがその場にガクンと膝をついた。


とっさに腕を支えたクレアーナからすぐにマリーの身体を預かったサレオスは、必死で呼びかけるもすでに彼女の意識はない。


カイムはそれを見てすぐに三人の従者に指示を下した。


「セダは部屋を準備して。ロンは治癒師の手配を。アルはマリーちゃんからサレオスを引き剥がすの手伝って」


カイムはその場にアマルティアをそっと下ろすと、サレオスのもとに駆け寄った。

しかしアルフレッドがついてこない。


振り返ると明らかに顔色が悪く、倒れたマリーを見て口をパクパクとさせていた。


「おまえ、何かやったのか?いや、言ったんだな」


サレオスの隣に膝をつくカイムの言葉に、アルフレッドは答えられない。


(そうか、忘れてたけれどこいつもいたんだ、昔マリーちゃんが来たときに)


隣では、サレオスが取り乱しながらマリーの名を呼び続けている。


「ああ~はいはい、そんなに揺さぶったらダメ!マリーちゃん運ぶよ」


それを力任せに引き剥がすと、弟に向かって一喝した。


「落ち着け!とにかく休ませて様子を見る」


クレアーナは、すでにイリスとエルリックを呼びに走っていた。


「も~どいつもこいつも……って俺もか~、っていうか俺?あー、ここからどうするかな~」


意識のないマリーを片腕で支えたカイムは、お手上げといったように瞳を閉じてボヤく。


「とにかくマリーちゃんを部屋に運んで、全部はそれからかなー?はい、行くよサレオス」


すでに瞳に色を取り戻していた弟にマリーの身体を預けると、カイムはスッと立ち上がって宿の建物の中へと向かった。


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