恋する乙女は忙しい
リュックさんに拉致されて酒場にやってきた私たちは、すでに満員に近いくらい客がいることに驚いた。
水夫や商会関係者、漁師、見るからに強そうな冒険者たちと様々な人が入り乱れていて、木製のテーブル席よりも立飲みカウンターの方が人気なようだ。
フードを被ったサレオスはあまり目立たないけれど、リュックさんまでが目立たないのが不思議だった。
見た目が奇抜な人が多すぎて、目立たないというか馴染んでる?ホーム感がすごい。
すれ違ったモヒカンの人が私を見て哀れみの目を向けてきたのは、リュックさんに拉致されたことを察したからだろう。
「嬢ちゃん……がんばれ」
中には私をなぜか励ましてくれるおじさんもいた。リュックさん、いつも何をやってるの?
私が愛想笑いを浮かべて受け流していると、サレオスが自分とリュックさんの間に私を挟み、ここでも心配性を発揮した。
「マリー、笑っていると絡まれるぞ。すべて無視しろ」
「え?」
大鎌を背負った露出狂の筋肉おじさんと、明らかに魔法使いなサレオスと同行している私に喧嘩を売る人なんていないわよ。
え、そんなにあぶない場所なのここ!?
私はサレオスの腕にしがみついて、混雑する店内を移動した。
やはり小型のバズーカを早急に作ってもらわないと。武器を携帯していれば、それだけで抑止になるっていうものね。
「サレオス、私が戦えるようになるまで迷惑かけるね……」
そう言って見上げれば、ものすごく嫌そうな顔をされた。
「マリー、考えていることは何となくわかるが、頼むから自分で何とかしようとしないでくれ。戦うなんてありえない。……というより喧嘩を売られる心配はしていない」
やはり私の戦闘力は期待してないのね?
でもわからないじゃない。酒場はともかくとして、今後ライバル(?)が現れて、「サレオス様の妃の座をかけて勝負よ!」みたいな展開になるかもしれないし。
……あれ、それでバズーカ使うって卑怯すぎる!?完全に悪役まっしぐら!?
いや、でも素手で殴り合いはさすがに絵的におかしい。
クレちゃんへの相談ごとがまた増えたわ。
酒場では、4人がけのテーブル席につき、私とサレオスの前にリュックさんが座る。
豪快な飲み方は昔から変わっておらず、まだ午前中だというのに、リュックさんは麦酒をガンガンあおる。
サレオスも呑まされてはいるけれど、特に酔っている感じはない。
「大丈夫?」
私はこっそり尋ねた。すると彼は少しだけ笑って、大丈夫だと答える。
「アガルタの酒はそれほど濃くないからな」
そうなんだ。そういえばリュックさんは水のようにがぶがぶ飲んでいるし、それなら私も飲めるんじゃないかって思ってしまう。今、私が握る木のカップに入っているのはサイダーのような甘くてしゅわしゅわした蜂蜜水だけれどね。
「サレオスもっと呑め!そんなことじゃマリーを嫁にできんぞ!」
は?なんで酒と嫁が関係あるのよ!?
終始テンションの高いリュックさんの勢いに巻き込まれ、私たちは結局サレオスのお兄様が乗っている船が港にかなり近づくまで引き留められてしまった。
しかもリュックさんは私にまでどんどんお酒を注いでくるから、その分はすぐにサレオスが奪って呑んでいく。
「ちょっとくらい私も呑みたい」
ちらりと周囲を見渡せば、女性はリンゴ酒を呑んでいる人が多く、あれなら私も……と好奇心が湧いてきて、リュックさんがサレオスに絡んでいるうちに、近くの店員さんに注文してそれをこっそり呑もうと試みる。
ゴクッと一口だけ飲むと、甘さの後にちょっとだけ苦味があった。
なにこれ、おいしい。
木のカップの中にまだたっぷりある白く濁ったりんご酒を思わず凝視する。お酒ってこんなにおいしいの!?
思わず頬が緩む。
しかしそこを、リュックさんに気を取られていたサレオスに見つかってしまった。
「あ、マリーいつのまに」
「あぁっ!やだ、まだ呑みたいのに」
またもやあっけなく奪われて、結局は一口しか飲めなかった。くすん。
サレオスは相当気に入られてしまい、おじいさまの体術施設のユニフォームであるTシャツを無理やり手渡されていた。
「これを着ろと……?」
真っピンクの派手な色にサレオスが言葉を失っている。もちろんスタンダードなのは黒だ。このピンクはリュックさんのオリジナルである。
「きっと似合うぜ!」
いやぁぁぁ!やめて!王子様を穢さないでぇぇぇ!
親指を立てて満面の笑みを浮かべるリュックさんは自信満々だ。サレオスは律儀に私の方をちらりと見て確認するけれど、着なくていいからね!?申し訳なく思わなくていいからね!!
もちろん、私が奪ってバッグに詰め込んでおいたわ。芸能マネージャーさながらに、彼のイメージを守ろうとする。
王子様に変なTシャツ着せようとしないでよ!
私がサレオスを守ろうと鋭い視線を向けていると、もう何杯目かわからないくらい麦酒を飲み干したリュックさんがふと話題を変えた。
「マリー、そういや師匠はまだ戻らんぞ」
「え!?」
リュックさんは私のおじいさまのことを師匠って呼んでるのよね。おじいさまに昔、体術や剣を習っていたっていうからその名残りらしいけれど、「こんなおかしな弟子はおらん」って言われそうだわ。
「おじいさまったら今度はどこに行ってるの?」
「トゥランのザザ鉱山で魔物狩りをしてから帰るって言ってたからな。こっちには戻らず、北で直接レヴィンと落ち合うつもりだろう……ってなんだよもう行くのか?」
まだ呑み足りない顔をするリュックさんは立ち上がったサレオスを引き留めるけれど、もうこれ以上いたらさすがに遅れる。私が焦っていると救世主になりえるうちの女神が現れた。
「マリー様、こんなところで……ってあら、お久しぶりですわ」
酒場に入ってきたクレちゃんとヴィーくんは、リュックさんを見て驚いた顔をしている。私たちが港にいなかったから、ヴィーくんの探知でサレオスの場所を見つけてここまでわざわざ来てくれたみたい。
クレちゃんがリュックさんに会うのは私と同じで二年ぶりくらいだけれど、やはりこの存在感は忘れられないみたいだわ。
「おお、クレちゃんか!どうした、しぼんでるじゃねーか!苦労してんのか?」
ひ、ひどい言い方だわ。しぼんでるとか年頃の女の子に何てこと言うのよ!
「その表現はやめてください」
苦笑いするクレちゃんは、すぐに状況を察知してリュックさんを急かした。クレちゃんに背中を叩かれた筋肉おじさんは、娘に叱られる父親のよう。でもこんなこと言ったらクレちゃんが「こんな父親は嫌」って顔を歪めそうだわ。
こうして酒場を出た私たちは、どうにか間に合う時間帯に港の入り口に到着した。
私たちが到着すると、港はすでに多くの出迎えの人たちでにぎわっていた。
どの港にも貴族専用乗降口というものがあり、船が到着すると真っ先にそちらが開放される。
サレオスに手を引かれて乗降口を目指していると、その出入口付近で見たことのある女性が男たちに囲まれているのが目に入った。
「あれって……」
私の視線の先には、背の高いその女性はつばの広い帽子をかぶり、とても豪華で美しい赤いドレスを纏っていた。胸元からデコルテ部分はレースになっているけれど、巨乳すぎて生地がかなり引っ張られているわ。
「きゃあ、たすけてくださいなー」
うん、ものすごい棒読み、そして演技くさい!3人の冒険者風の男たちに囲まれているけれど、まるで悲壮感はない。
「ブランディーヌ王女、よね!?」
先日、サレオスの造形美について熱く語り合った西の国の第三王女様がなぜここに?私は近づいていき、男たちに「ちょっとすみませんね」と声をかけて王女様にひそかに耳打ちする。
「あの……何をなさっているのですか?劇?」
王女様は私をちらりと見ると、またわざとらしく声を上げる。
「きゃあああ、誰か、助けていただけないかしら~?王子様はいないのかしら~?」
「えっと、それはもしかしなくてもサレオスを呼んでます?」
ヘタな演技で、王女様を囲っていた男たちもいたたまれない感じで目をそらし始めた。こら、雇われたんでしょうが、きっちり仕事しなさい!私はなぜか雇う側目線で、男たちに厳しい視線を送ってしまう。
サレオスの方を見ると、無表情だけれどオーラが完全に「無」だったわ。関わりたくない、そんな気持ちが透けて見えた。相当、苦手とみた。
「おお、なにやってんだお姫さんよ」
「あああああ、あなたはリュック!?なんでここにいるんですの!?」
見かねたリュックさんが王女様に気安く声をかける。どうやら知り合いらしい。私が目で問いかけると、リュックさんはにっこり笑った。
「俺はもともと西の国出身だ。このお姫さんとは勲章授与とか式典で何度も会ってるんだ。なぁ、乳姫さんよ」
ち、乳姫って呼んでるの!?無礼を通り越して暴言の域!リュックさんは顔を顰めている私と対照的に、遠くを見てたそがれ始めた。
「あの国は俺には狭すぎた。俺のこんなハイセンスな格好を受け入れてくれるのはアガルタだけだったからな」
「え」
いやいや、誰も受け入れてないよ!?アガルタは露出狂OKみたいな感じで解釈しないで?私と同じく王女様も口元が引き攣っていた。
王女様に雇われた男たちは、リュックさんを見て恐れをなしたのか、そっとその場を去っていった。何だったんだろう、下っ端の冒険者劇団なのかしら。そんなのあるとは思えないけれど……。
ぎりっと奥歯を噛みしめて、何かを堪えるようにしているサレオスは、決して王女様の顔を見ようとしない。王女様が満面の笑みで挨拶をしても「ああ」というだけですぐに私の後ろに隠れるようにして立つ。
うん、サレオスが私の後ろに隠れるのは絶対に無理だから。完全に頭でちゃってるから、どうせならリュックさんの後ろに隠れればいいのに、なんてことを思ってももう遅い。
「サレオス殿下!お会いしたかったですわ、わたくし昨日からずっとお待ちしておりましたのよ!」
え!?昨日から!?
「まさかサレオスがここに来るって知って、待ち伏せですか!?」
私は驚きを隠せずに、目を見開く。すると王女様は両手で頬を抑えながら「愛の力って偉大よね!」と一人ではしゃいでいる。
「マリー行くぞ、そろそろ兄上が到着する」
とにかくブランディーヌ王女とソリが合わないサレオスは、私の手を引いてというか半ば引きずるようにお兄様の出迎えに急いだ。
クレちゃんが不思議そうな顔で「王女様って暇なのかしら」と呟いていたけれど、きっと暇じゃないけれど勝手に抜け出してきたんだと思うの。あの人アグレッシブだからね。
ぞろぞろと移動する私たちの後ろから、王女様も当たり前のようについてくる。
サレオスからは「絶対に会話しないぞ」という鉄の意志を感じるわ。何か彼に声をかけるべきか迷ったけれど、もうお兄様たちが到着する時間が迫っているから私は無言で歩いていった。




