まともな人がいない
港に着くと、週に一度の定期便である北の国からの船が到着したばかりのようで、ものすごい活気と喧騒に包まれていた。冒険者だと思われる屈強な男たちが次々と船から降りてくる。
私たちのような見送りや出迎えの貴族、平民の姿も多くあり、感動の再会であろう恋人同士はしっかりと抱き合っていてまるで劇のワンシーンのようだ。
私たちは人ごみを避け、路地裏を抜けて海辺のレストランに向かった。クレちゃんはもう着いてるかしら?海を眺めながら歩いていると、デートみたいでうきうきしてしまう。
ところがそんな浮かれた私を牽制するかのように、石畳の小路で突然サレオスが振り返り、片方の手を頭上にやって振ってきた何かを受け止めた。
手を繋いでいた私は、ぐるんっと振り回されて彼の背中に隠される。
「何事!?」と目を瞠るうちに、ガンッと鈍い音が周囲に響いた。
「な、何!?」
慌てて確認すると、サレオスに向かって大鎌をふるう露出度の高いおじさんがいた。
「はっ!?」
見覚えのあるピチピチのTシャツにホットパンツの筋肉おじさんは、彫刻のようなメリハリある顔立ちで金髪が爽やか……じゃない。無言で攻撃してきたのに、存在感がすでにうるさい。
「リュックさん!?」
ニヤリと笑ったその人は、サレオスに向かって大鎌を向けていて、今まさに振り下ろされたそれは彼の右手にしっかり阻まれていた。
え、鎌を素手で止めるってどういうこと!?あぁ、でもよく見ればわずかに隙間が空いていて、手に魔力を纏わせて攻撃を止めたみたい。よかった、素手ならもう人間離れしすぎてるわ。
リュックさんは悪びれもなく嬉しそうに笑っている。
「久しぶりだな、マリー!」
いや、久しぶりも何も初対面の王子様に大鎌で攻撃するってどういうこと!?
「ちょっと何してるの!?サレオスに何てこと……!」
狼狽えて責める私を見てもちっとも反省していないリュックさんは、何事もなかったかのようにスッと大鎌を引いて背にそれを収めた。
三日月型の鎌には持ち手がなく、先端に空けてある穴に指を差し込んで直につかむようになってるんだけど、なんでこれで指が切れないのか謎すぎる。
「骨のない男だったらこの場で切り倒してやろうかと思ったが、細いわりに戦えるみたいだな。うちのかわいいマリーをたぶらかすだけのことはある」
ひぃぃぃ!何てこと言うの!?サレオスは安定の無表情だけれど、ってゆーかこの露出狂の筋肉おじさんを見て無反応ってそれはそれで相当おかしいからね!?
それにリュックさん!本人を前にたぶらかすとか言わないで!
だいたい「うちのマリー」って、あなたと私は血縁関係にありませんから。知り合いの娘、知り合いのおじさん、それだけだから!
私が困惑していると、無反応だったサレオスが突然口を開いた。
「……はじめまして、サレオス・ローランズです」
普通に挨拶してるー!
そしてリュックさんも「おお、よろしくな」じゃないから!ちょっと待って、この空間にまともな人がいない!
え、何、私だけなの?この状況に納得していないの私だけなの?
サレオスとリュックさんを交互に見て、私は首を傾げてしまう。
「気に入ったぞ!よし、マリーを嫁にやろう!」
おおーい!何で勝手に許可してるんだー!?いや、まぁ許可が下りたのはいいかってそうじゃない、絶対何かおかしい。
サレオスは苦笑いして「それはどうも」って言ってるし、え、いいの?私のことお嫁さんにしてくれるの?でもリュックさん他人だよ!?
「サレオス、俺のことはリュックと呼べ!さぁ、共に飲もうぜ!」
「はぁ!?ちょっとリュックさん私たち、ってきゃあああ」
迷惑な社交性を発揮したリュックさんは、私を荷物のように小脇に抱えると、そのままサレオスの肩を組んでご機嫌で酒場の方へと歩き始めてしまう。
バナンは港町だから、早朝から漁や魔物の駆除に出かけて戻ってきた人のための酒場が朝から開いているらしい……ってちがう、そうじゃない。
「お兄様をお出迎えする前に呑ませるつもり!?私、手紙でちゃんと知らせたよね!?」
「かまわんかまわん!バナンでは隙あらば呑む、これがルールだ!たとえトゥランの王子であってもそれは変えられん!」
「私たちはバナン出身じゃないんだけど」
「足を踏み入れたら最後、おまえたちはバナン人だ!」
もうダメだ、絶対にこれは譲る気がないわ。私は諦めて脱力し、運ばれるがままに酒場に拉致されるのだった。




