時代は3way
アクシデントにアクシデントが被せられた結果、何事もなかったかのように平和な夕暮れが訪れた海沿いのデートスポット。
「やっぱり無理やり不良に絡ませたのが無茶だったのかしら?」
私の呟きに、クレちゃんが苦笑いで反省点をあらいだす。
「こういうのは何事も計画的にっていうものね、素人ではなく事前にプロを仕込んでいればよかったんだわ」
事前に仕込む……そこまでレヴィンの恋愛に興味ないからどのみち無理だったんだろう。私は自分の中でそう落ち着けてもう忘れることにした。
反省もそこそこに、私たち三人はレヴィンとシーナを眺め始める。
もう隠れる気もなくなったヴィーくんとエリーは、私の数メートル先で待機していた。
だいたいあの子の従者は何やってるんだ。私もしばらく会っていないけれど、深い緑のふんわりした髪のテオは、数年前からレヴィンについている。
20歳くらいのヒョロヒョロ男子だったと思うけれど、人と話すのは苦手なようでこっそりひっそり働いているからあまり会話したことがない。
なぜそんな人が従者かというと、魔法道具が作れるから。もはや従者ではなく、共同開発者のポジションだ。
もうひとり、まともな従者を見つけた方がいいかもしれないわね……。
私がそんなことを考えていると、レヴィンとシーナは猫足のかわいいベンチに移動して、誰もがうらやむような仲睦まじい雰囲気を醸し出していた。
「これは意外にいい感じなのかも知れませんわよ!?」
アイちゃんの期待が(願望が?)最高潮に高まる中、とうとうレヴィンが想いを行動に移す。
「シーナさん、これを」
「なにかしら?」
レヴィンが取り出したのは、深紅のリボンがかかった真っ白な箱だった。
シチュエーション的には完全にプロポーズだけれど、先日15才になったばかりの愚弟がここまで王道をたどるなんて……と私は驚きを隠せない。
そして私がサレオスにプロポーズされるより先に、なんであなたがシーナに求婚してるのよとちょっと納得できない気持ちがあるわ。
おそらく人はコレを「妬み」と呼ぶのでしょう!ごめんなさいっ!
シーナはリボンをするっと解くと、箱を開けて布に包まれた中身を取り出した。そこにあったのはキラキラと輝く宝石がいくつもついた華奢な銀チェーンのブレスレットのようだった。
私はあれが何だか知っているであろうエリーに尋ねた。多分、細かな発注や手続きをしたのはエリーなのよね。
「ねぇ、ここからじゃよく見えないんだけれど、アレはブレスレットで合ってる?」
エリーは頷きながら答えるも、ちょっと困ったように眉尻を下げる。
「ええそうです。が、宝石の入っていない一部の飾りが時計になってまして、結婚の証も兼ねているかと」
「結婚!?やっぱり求婚なのね!?」
アガルタでは、結婚指輪の文化はない代わりに互いに時計を贈り合う習慣がある。普通は婚約式の後に時計を発注するか購入して、結婚式の一か月前くらいまでには交換するのだ。
それをいきなり求婚の時点で時計をあげるなんて時期尚早にもほどがある。
ちなみに、私のお父様はお母様への想いを時計にしたらテルフォード領の邸にある「塔」になってしまったらしい。
邸の敷地にある5階建ての巨大な金色の塔を、あくまで時計だと言い張るのは無理がある。確かに正面には時計がついているけれど、1キロ先まで届く魔力砲を備えた迎撃システム完備の時計なんておかしいもの。
まぁ、レヴィンが普通にブレスレットっぽい時計を贈ったのは安心したわ。一応、センスはまともみたいね!
シーナは最初ただのブレスレットだと思っていたようで、手首につけて微笑んでいたけれど、飾りの一部が時計であることを確認すると大きな目をさらに見開いてレヴィンの顔を見つめた。
驚きのあまり「うえ!?」という間抜けな声を発してしまったほど動揺したらしい。そうだよね、まさか求婚を意味する時計がついてるとは思わないよね。
それでもレヴィンは王子様もびっくりな美しい笑みを浮かべている。対してシーナは瞬きを繰り返して、唖然としたままだ。
「シーナさん。あなたと出会った半年前からこの時計を作りはじめて、ようやく完成しました」
長っ!?そんなに前から作ってたの!?
叔父様がクレちゃんのために結婚の腕輪を一年がかりで作ってるのと似たようなことしてる!
「ちなみにその飾りの時計以外は武器になっていて、身に危険があるときに敵に投げつけると爆炎を放ちます」
「はいぃぃぃ!?」
合理的!ブレスレット兼、時計兼、爆炎アイテムの3wayだった!どこぞの通販グッズ並みにオプション付きだわ。宝石に見えるものは魔法石だったのね……。全然普通じゃなかった。センスの良し悪しの範疇を超えた物体だわ!
あぁ、別の意味でクオリティが高すぎるアイテムに、シーナがちょっと引いてておかしな声が出てるじゃないの……。
私の心配をよそに、レヴィンはシーナを熱く見つめてその手を両手でぎゅっと握った。
「俺があなたを好きになったのは一目惚れでしたが、一緒に過ごすともっと好きになりました。俺はあなたのためなら、誰が相手でも迷いなくバズーカのトリガーを引いてシーナさんを護ると誓えます!」
「えええええ」
レヴィン、あなたもうすでにフレデリック様に向かってトリガー引いてるから。そのハードルかなり低いから決意表明にならないわよ。それに求婚にバズーカっていう単語がうまく馴染んでなくておかしな感じになってる。
シーナが混乱のあまり悲鳴に似た声を上げているけれど、レヴィンはまったく気にしていない。
「俺と結婚してください!一生、苦労はさせません!」
「……」
どうしよう、シーナが絶句してる。そりゃそうだわ、初デートで求婚は早すぎる。
ってゆーか、うん、一生苦労するよあなたと結婚したら。
だいたいシーナは失恋したばかりだし、そもそもレヴィンに対して恋愛感情はないだろうし……。
アイちゃんが誰よりも前のめりで見守る中、周囲には波の音や汽笛の音、鳥たちの鳴き声だけが聞こえていた。
「シーナさん、お返事を聞かせてください」
こら、せかすな弟よ。返事をうながすなんて、はたから見れば自殺行為にしか見えないんだけれど……。レヴィンとシーナはしばらく無言で向き合っていたけれど、コホンと咳払いして深呼吸をしたシーナがついに言葉を発した。
「レヴィン、あなたの気持ちはとても嬉しいわ。ありがとう」
「シーナさん!」
「でもごめんなさいっ!」
シーナは勢いよく頭を下げると、手元をごそごそしてブレスレットを取り、瞬時に箱に戻してそれをレヴィンの手に握らせた。
「ほんっとうに、ごめんなさい!」
ショックで茫然としているレヴィンに、シーナは目の前で手のひらを合わせて拝むように謝罪の意を表す。
「な、なぜ……」
「いや~ちょっと重いわ。ごめんなさい!」
「重いっ!?」
うわ、今初めて自分が重いことを自覚しましたみたいな顔してる!気づいてなかったのね!?
シーナは困ったように愛想笑いを浮かべながら、お断り理由を解説した。
「まだお友達っていう間柄でもないし、友達の弟だし、何より私まだジニー先生が好きなのよね。さすがにこの重さの本気は気軽に受け取れないよ!」
すごい直球!まぁオブラートに包んでも引きずるだけっていうのを思えば、これくらい直球じゃないといけないかもしれないわね。遠回しに伝えてもわからなさそうだしなぁ。
「今日はとても楽しかったわ、ありがとう!それじゃっ!」
気持ちいいくらいにきっぱりと言い切ったシーナは、颯爽と歩いて去っていってしまった。
その手に時計の箱を押し込まれたレヴィンは、茫然とシーナの背中を見つめている。
海風が藍色の髪をさらさらと揺らしていて、絵になる美少年なのに残念すぎるほどオーラが暗い。そしてそれは、どんどん闇を纏っていく。あたりが暗いわけでもないのに、レヴィンのまわりだけが薄暗く見えてしまうのは気のせいじゃないだろう。
気まずい空気が流れる中、アイちゃんが心配そうに私を見つめて言った。
「マリー様、ここからどうしますか?」
「どうするって言われても……。あの子、失恋どころかまともに挫折したことなんてないと思うから、ちょっとは心配だわ。まさか身投げはしないでしょうけれど」
う~ん、ひと目惚れからはじまったこの恋がどの程度の傷なのかわからないしね。私が今サレオスに振られたら間違いなく修道院に入るけれど、男の子にはそういう選択肢がないわよね。どうするんだろう。
しばらく茫然としていたレヴィンを物陰から見つめていると、スッと立ち上がったレヴィンがブレスレットを右手でつかんでおもいきり振りかぶった。
「うあぁぁぁぁぁぁ!!」
渾身の叫び声と共に、銀のブレスレットはきれいな弧を描いて海の彼方へと飛んでいく。
「「「えええ!?」」」
全力で海に向かって投げ捨てられたそれは、びっくりするほど遠くまで飛んでちゃぽんと音を立て、水面にバウンドした。そしてあっという間に沈んでいき、それを見届けたレヴィンは無表情のままどこかへ去っていったのだった。
「……」
ゆらゆらと揺れる波を見ながら、私たちはただただ無言で時を過ごした。
「あれ、いくらくらいしたんでしょうね」
アイちゃんの呟きが風に舞う。しかしそれに答える人は誰もいなかった。
ひとつ言えることは、今からでも潜って取ってきて売れば、小さな家が買えるくらいのお値段ではなかろうか。開発費もかかってるだろうしね。
レヴィン、これで少しはおとなしくなってくれるかしら……。
シーナがテルフォード家にお嫁に来てくれたら嬉しかったけれど、本人の意思は大切だものね。うん、やっぱりシーナにはもっと頼りがいのある人がいいわ。
「帰りましょうか」
クレちゃんの呟きのような提案により、私たちはゆっくりと頷いてその場を後にする。
そして翌日、レヴィンが休学届を出したことを私は学園長から直々に伝えられた。
理由に心当たりはないか、と聞かれたので「頭と心の調子が悪いんだと思います」と答えた。




