アクシデントが過ぎる
レヴィンとシーナはカフェで遅めのランチを楽しんだ後、街でショッピングをして海沿いを散歩するというカップル定番のデートコースを一通りこなした。
途中、アイちゃんがクレープを五つ買って私とクレちゃんに一つずつ手渡し、三つをもぐもぐ食べている姿に和んでいるとちょっと見失っちゃって焦ったわ。
「どうしよう……ってゆーかもう面倒になってきたわ。なんで尾行なんてしてるのかしら」
昨日の夕方、シーナがデートするって言ってたから盛り上がってそのままの勢いで来ちゃったけれど、よくよく考えてみれば私、レヴィンの恋愛に興味なんてないわ。今さらだけれど、サレオスの誕生日プレゼントを買った時点で今日のノルマは終了なのよ。
でもアイちゃんは、リアルデートがどんなものか知りたいらしくそわそわしてる。なんでも、ジュールとのデートはレストランか街の屋台で食べ歩きのみで、他のスポットには行ったことがないそうな。これは明日ジュールを詰めなくては。
「あ、この近くにデートスポットの餌やり場があるわよ」
海沿いにある観光案内の石板を見たクレちゃんが、もっと奥にあるカモメやウミネコの餌付けスポットがあるというのでそこに向かうことにする。春の陽気は日傘をさしていても突き抜けるほど暑く、潮風で髪はどんどんべたついていき、さらに私のやる気を低下させる。
「い、いましたわ!」
アイちゃんが怪しい動きで木の陰に隠れながら、遠くにいても目立つレヴィンとシーナを指差した。見た目だけは一級品の弟と、ピンクブラウンのサラサラヘアーの美女のカップルはとても目立つ。二人はどこからどう見てもお似合いの恋人同士だった。
「まさか自分の弟が、こんなにド定番のデートコースを辿るなんて思ってもみなかったわ」
「王都の観光スポットで、シーナさんが喜びそうな庶民的で親しみやすい場所といえば限られますしね……今度うちのフィーとユリも連れてきたいわ」
クレちゃんが二人を観察しながら、妹たちとの観光にここを記憶したようだ。アイちゃんは、バッグから取り出した袋入りのポップコーンをポリポリさくさくと食べつつ無言で観察している。
あぁ、手のひらにパンくずを乗せて、カモメたちに囲まれて笑うシーナはまさしく天使だわ。ヒロイン補正で周囲に飛びまくるキラキラが私には見える。その姿を、頬を赤らめて満足げに見つめている弟が……気持ち悪い。
今日初めて知ったけれど、弟が恋に溺れてへらへらする姿を見続けていると謎の体調不良に見舞われるのだ。
「マリー様、大丈夫?」
クレちゃんが私をベンチに座らせてくれて、扇子で仰いでくれる。
「無理みたい……弟酔いってあるのね、知らなかったわ」
おえっとえづく私の背中をクレちゃんが優しくさすってくれる。
「私も初めて知ったわ。マリー様ったら顔色が悪すぎる」
賢者も知らない症状が出て、ひとつ勉強になった。アイちゃんはなぜか「弟酔いですか……」とまじめにメモっていた。こらこら、どんな小説でそれ使うの?話が散らかるからダメよアイちゃん。
「もう帰っていいかしら」
「今がいいところなんですよマリー様!?さ、早くもっと近くに行きましょう!」
ノリノリのアイちゃんに強制的に腕を捕まれて、私は弟酔いに苦しみながらも足を進めた。アイちゃんって好きなことに関してはとことん押しが強いのよね……!諦めた私は、アイちゃんの言うとおりに餌売り場の小屋の陰に隠れて二人を見守ることに。
「でも、何かしらのアクシデントやスパイスが欲しいですわ!待ち合わせも遅刻することなくすんなり出会えましたし、お料理もおいしそうで事件性はなく、レヴィン様ファンに囲まれることもなく……」
待ってアイちゃん、料理で事件性ってそれもう恋愛小説じゃなくてサスペンスにジャンル替えだから!あぁでも今の私に突っ込みを入れる元気はない。
餌をあげ終わったシーナとレヴィンは、去年まで船着き場だった桟橋に座り、楽しそうにおしゃべりを始める。
絵になる二人ではあるが、レヴィンが途中から学園の話ではなく魔法道具の集積回路について話し始めてしまって、明らかにシーナが困惑しているのが見て取れた。
「あの子、普通の話ができないのかしら」
「……そうみたいね」
「デートで舞い上がってるんじゃないですか?そもそもお付き合いする前の男女ってどんな会話をするのでしょう?ジュール様からは剣と食べ物の話しか聞いたことがありませんわ」
予想を裏切らないジュールは参考にならないとして、そういえば私はサレオスと何を話しているんだろう……。首をひねれど一向に思い出せないわ。一緒にいると何かしらの問題が発生しているからとにかくその解決を、というのもある。そしてそれを引き起こしているのはだいたい私なんだけれど。
そういえばクレちゃんとテーザ様は……と聞こうとしてやめた。うん、テーザ様がお砂糖をまき散らしているのが想像できるものね!
「日常会話をするんでしょうけれど、レヴィンの場合は魔法道具づくりがすでに日常に組み込まれているから、シーナにそれが通用しないことがわかってないんじゃないかしら」
クレちゃんも呆れ顔で見つめている。私たちの間に「もう帰ろうか」という空気が流れ始めたとき、私たちに対してやけに馴れ馴れしく声をかけてくる男の二人組が現れた。
「お嬢さんたち、何してるの?この街の子?それとも旅行者かな?楽しいところに案内してあげるよ!」
18・9だろうか、20才にはなってない気がする若者男子の二人はおそらく平民の富裕層だろう。まさか自分たちが声をかけたのが侯爵令嬢1名に伯爵令嬢2名だとは思うまい。それに姿は見えないけれど、今日もしっかりアサシンがついてるからね!?
私はどうやって彼らをおとなしく退散させようか頭を悩ませるけれど、まったくその必要はなかった。アイちゃんが鬼の形相で声をかけてきた赤い髪の男に詰め寄り、「静かにしてくださいませ!」と圧をかけたのだ。そしてクレちゃんにいたっては、その右腕に火球をごわっと出して威嚇している。……アサシンの出番ないわ。
「だいたい!なんでこっちに来るんですの!?声をかける相手が違います!」
「は?」
アイちゃんに詰め寄られた男が、あまりの鋭い目と声色に引いている。
「恋愛小説の醍醐味といえば、不良に絡まれてそれを撃退する美少年でしょう!?さっさとあちらに絡んでくださいませ!」
ビシッと指差した先には、シーナとレヴィンがいる。今すぐにでも逃げたいオーラを出していた二人の男子だったが、火球を手にしたクレちゃんに「お行きなさい」と言われれば従うより他はない。
あれ、これ完全に私たちはレヴィンのことを好きでシーナを襲わせようとしてる悪役じゃない?いいのかしらこれで。
私は不安を抱きつつも、成り行きを見守ることにした。
男たちはへっぴり腰で、半ばやけっぱちにレヴィンとシーナに絡みに行く。うわぁ、どうみても弱そう。
「いい女連れてんじゃんかよー貴族の坊ちゃんよ!」
棒読みにもほどがある彼らは、レヴィンに近づく。レヴィンはすぐに立ち上がり、シーナに近づけまいと男たちを睨みつけた。
「きゃぁ!まるで恋愛小説そのものですわ!これで二人の恋は間違いなく燃え上がります!」
アイちゃんが大興奮して喜んでいる。こんな茶番でシーナがレヴィンに惚れるとも思えないけれど、確かにアクシデントを乗り越えると絆が強まるっていうものね。
ところが私たちの目の前で、ありえないアクシデントが発生した。
「貴様ら……消されたいのか」
「ひいっ!」
なんと一瞬で現れたヴィーくんが、男のうち一人を蹴り飛ばし、もう一人にナイフを突きつけて制圧してしまったのだ。
「こちらの御方はな……天使と思わしき神々しさを放つ、純真無垢な我が主様の弟君とご友人だ!貴様らなど下賤の者が近づいて良い方ではない!」
私かぃー!?ま、まだ勘違いしてるのヴィーくんたら……こんなに毎日一緒にいて、私の邪な気持ちもストーカー行動もすべて知ってるはずなのにまだ洗脳が解けていない!
「#暗殺者__ヴィーくん__#いるの、すっかり忘れてましたわ」
アイちゃんが悔しそうに呟く。
ヴィーくん、そうじゃない。そこは空気読んで見逃してよ!アクシデントが欲しいって言ったのはこういうことじゃないから。
不幸な男たち二人は、あっという間に逃げ去っていってしまった。
そしてまたうちのアサシンは、何事もなかったかのように消えていった……。




