公認ストーカー、誕生日プレゼントを買う。
5月になり、日本のようにゴールデンウィークなんてものはないけれど建国記念日があるので3連休がやってきた。
私は今日、サレオスの誕生日プレゼントに万年筆を買おうと思ってクレちゃんと一緒に街でデートしている。
「マリー様、なぜ万年筆なんですの?」
ジュエリーショップ兼おしゃれ文具屋さんのある建物の中で、クレちゃんが商品を手にとって眺めながら尋ねた。私はどう説明したらいいのかしばらく考えてから口を開く。
「ええっと、前にゲームの話をしたときに出てきた東の果ての国の話なんだけどね?」
「ええ、そんな国もあったわね」
クレちゃんは細かいことを尋ねないから好きだ。幼い頃から一緒にいるから、日本の話もよくしてるしね。
「そこでは文字ひとつひとつに意味がある漢字っていうのがあるって話したじゃない?」
「ええ」
「万年筆は、よろずの年月の筆って書くの。長い長~い年月の筆なの」
私がキラキラと装飾の多い万年筆を手にとって、これは違うなと置くと、店員さんがすぐに違うものをいくつも持ってきてくれる。
「それを思い出したとき、私は思ったのよ。『とてつもなく長い年月をずっと一緒にいたいです』って密かに気持ちを込めて、万年筆を贈ってみたらどうかしらって。これに気づいたとき確信したの」
私は一本の万年筆をぐっと握りしめながら、真剣な目でクレちゃんに訴えた。
「万年筆は、ストーカーのための文具だったのよ!」
「いやまさかそんな」
「ストーカーが、己の愛を永遠に誓って相手に押しつける文具!それが万年筆よクレちゃん!」
「マリー様落ち着いて?いったん落ち着いて、ちゃんと選びましょうね?」
女神が止めに入ってくれたおかげで、私は理性を取り戻した。しまった、選挙の演説みたいになってたわ。
へらっと笑うと、クレちゃんとふふふと優しく笑みをこぼす。あぶない、ストーカー魂に火がついて暴走するところだった。
サレオスの誕生日は5月10日。もうあと5日しかないから、さすがに今日決めてしまわなくては。明後日にはお兄様一家がやってくるから、港町バナンに向けて出発することもあってとにかく時間がない。くっ……このギリギリまで悩んでしまう癖を治したいけれど治らない!
それに文具なら高いものでもそんなに値は張らないからちょうどいいのよ。
私がサレオスにもらった栞は明らかに誕生日プレゼントにしては過剰なお値段がしそうなものだったけれど、あれは額縁に入れて飾っているから絵画の役割も担うと思うの。まぁそれは一旦置いておくとして、妥当なものってなると意外に選択肢は少ないのよね。
悩みに悩んだ挙句、私は光沢のある金のフチどりがキレイな木製の万年筆を贈ることにした。ホワイトベージュで清潔感があるし、なんと言っても魔法道具の万年筆だから魔力がある限りインク切れはナシ!使い手から勝手に少量の魔力を吸い取ってインクに変えるという素晴らしいエコ文具なのだ。
万年筆は光沢のある布に包んで木箱の中に収納され、赤いリボンをかけてもらった。見ているだけでニヤニヤしてしまう。
日本のことを知らないサレオスからすればこれはただの文具。秘められたストーカー魂には気づかないでしょう!
ついに焦れてしまった私にとっては、逆 求婚みたいな贈り物だ。ストーカー道、ここに極めたり、なのよ!
プレゼントをバッグに忍ばせて、満面の笑みでお店を出た。
「そういえばサレオス様は、本当に……その、我慢しておいでで?」
先日のことを私からばっちり聞いているクレちゃんは、心配そうに問いかける。あれ以来、サレオスとは一度もキスしていない。何度か二人きりになったとき、ためらいがちにキスしようとしてくるみたいなことはあったけれど……ってきゃあああ!思い出したら恥ずかしすぎる!
私は華麗なるスルーを決め込んで、意地を張り続けていた。
「だって……だって……いつまでもこんな関係はいけないと思うの!」
そうだそうだ、と私の中のしっかりマリーちゃんが賛同してくれる。
「でもマリー様だって淋しいのよね?困ったものだわ~」
クレちゃんがふふふと笑いながら、私の心を完全に読み切っているコメントをくれる。
「ううっ……そうなの。しかもこのまま何事もなかったかのように、潮が引いていくみたいにきれいさっぱりサヨナラされたらどうしようってちょっと怖い」
キスくらい減るもんじゃないんだしいいんじゃない?と、私の中の悪女マリーちゃんが誘惑する。
「もうどうすればいいの!?」
往来で叫ぶ私は、クレちゃんに引きずられるようにして次なる目的地へを向かった。
実は今日、宣言通り首席入学したレヴィンが、ご褒美としてシーナとデートする日なのだ。午前中はシーナがアルバイトなので、午後からデートに向かうと聞いていた。
待ち合わせは王都で一番人気のカフェ。私はもちろん、クレちゃんと途中で合流したアイちゃんまでがドキドキで初デートを見守る予定だ。
ちなみにサレオスには「街に出るなんて危ない」って止められたけれど、みんなといるし大丈夫だと言ってなんとか許可をもらったの。あ、見えないところにもちろんヴィーくんとエリーがいるわ。
「マリー様!来ました、来ましたっ!」
アイちゃんがオペラグラスで遠くのレヴィンをのぞいてはしゃぐ。街中でオペラグラス片手にストーキングは目立つよアイちゃん!私たちはレヴィンに見つからないように、二階のオープンテラスへと移動した。




