平和な日常?
王女来襲から一週間が経った。私はまだ意地を張り続けていて、サレオスからのキスを拒んでいる。
拒み方は実にシンプルで、いい雰囲気になったら速攻でお菓子を食べ出すの。これ、考えたのはシーナね。お菓子をぽりぽり食べてたら、そこにキスはできまい。
サレオスは私がお菓子を食べてるのを見て、ちょっと笑ってる。
バレてる?これバレてるわね。
そもそもお菓子を食べるのは成功なの?笑われてたら意味なくない?
かわいく「プンッ」とかできればもちろんそっちをやるけれど、プンッてするなら横向かなきゃいけないでしょ?サレオスを見逃すじゃない、そんなもったいないことできないわ。
しかも意地張ってるからその分淋しくて、隣に座ってるときいつもより寄っていってた。
しかもこれ、クレちゃんに指摘されるまで気づかなくて。どうりでサレオスが窓際に追い詰められてると思ったわ。彼が笑いを堪えていたのはこれが原因だろう。どこまでも煩悩が勝ってしまい、攻撃力はゼロだ。
それにしても、もう限界。私の方がダメージが大きくて、でも今さらどうしたらいいのかわからなくて迷走中なの。
「はぁ……」
思わずため息が出る。今は料理選定の授業が終わって、アイちゃんと一緒に次の教室に向かっていた。
「マリー様、もうここは素直に受け入れてみては?サレオス様の過剰接触は、マリー様がお可愛らしくて勢いあまった結果なのですから」
アイちゃんがフォローしてくれるけれど、私の心は晴れない。
「どうせ勢いあまるなら好きって言ってほしい!言わないってことは、くっ……!つまりそういうことなんでしょ?」
告白するほどは好きじゃない。私は教科書を抱きしめてアイちゃんに訴えかける。
「わ、私もジュール様に好きだと言われてません!あぁ、私のこと何とも思ってないんですわ!」
しまったアイちゃんが流れ弾に当たった!私が無意識に発した言葉が、隣を歩く友人にクリーンヒットするとは誤算だわ。私は慌ててアイちゃんを慰める。
「ごめん。ジュールはきっと脳に筋肉と食事が詰まってしまって、それが障害になって好きって言えないだけよ」
私の無理矢理なフォローにアイちゃんは笑ってくれた。ううっイイ子だわ。ジュールにはもったいないくらいイイ子よ!
そんな恋バナを繰り広げながら移動していると、廊下を曲がって階段の踊り場に出たところで、満身創痍でやたらと切り傷だらけのジュールに会った。
というか、そこにジュールが落ちていた。
服はボロボロで、土や血が全身にくまなくついている。あれ、死んでる?学園サスペンスのはじまりかしら……いや、ないない大丈夫。生きてるな、これ。
アイちゃんは驚きのあまり思考停止に陥っている模様。遺体の第一発見者さながらになっている。
私がじーっと観察していると、倒れていたジュールが顔を上げた
「テル嬢、助けてくれ」
あら、声はわりと元気そうね!
「ジジジジジジジュール様!?誰に、誰に襲撃されたのですか!?」
教科書を放り投げたアイちゃんが、床に突っ伏しているジュールに駆け寄り、がんばって起こそうとするけれど無理だった。私も手伝って、二人がかりでどうにか座らせて、壁にもたれかけさせる。
そして私はすぐに回復魔法をかけた。
「うわぁ、思ってたよりひどいねコレ。風魔法?」
膝のあたりはパックリと切れていて、でも切り口がきれいすぎて血があまり出ていない。骨折はしてないみたいだけれど、とにかく切り傷だらけだった。
「イテテテ……俺たち戦闘訓練やってんだ今、E・Fクラスの連中がサレオスに挑むやつ」
「あぁ、例のあれか」
当たり前のようにE・Fクラスの騎士っ子ちゃんたちがサレオスに挑んでいるけれど、あれ本当はA・Bクラスの授業だからね?完全に忘れてるな。
「あいつ、いつもは手加減しまくってんのに、今日は殺傷力高い魔法をバンバン使ってくんだよな~」
え、殺す気?何やってんのサレオスったら。
「それで俺らは嬉しくなって調子に乗って」
おいこら喜ぶな!命は大事によジュール!
アイちゃんがハンカチでジュールの顔を拭いている。
「で、こうなった」
「なんで授業でこんなにケガするかな……」
私は両手で回復魔法の白い光を出しながら、ジュールの話を聞いてあきれてしまう。殺されかかって喜ぶって変態じゃないの。
「アイちゃん、こいつは重症よ、主に頭の方が」
「ええ、そうなんです私も以前勉強を教えたときに重症だと……ってマリー様何を言わせるんですか!?」
おお、適当に言ったのに意外にもアイちゃんが釣られた!ジュールは否定する気がないのか沈黙している。しかしすぐに回復魔法が効いてきて、ジュールは何事もなかったかのように元気よく立ち上がった。こら、流した血は戻ってこないんだから、そんなに動いちゃダメ!
立ち上がったジュールは肩や首をまわしながら、私の方を見て思い出したように尋ねた。
「そういやおまえら何かあったのか?」
「へ?」
おまえらって、私とサレオスのことかしら?
「サレオスは優しいやつだから俺らが全力でやってくれって頼んでも手加減するさ、大幅に。でも多分、今日のは調整がついてないんだろうなって思った」
「何か心配事でもあるのかしら」
悩みがあるなら相談して欲しいのに、そう思っているとジュールが失礼なことを言う。
「いや、絶対テル嬢だろ原因」
「私!?」
失礼ね、なんで私なのよ!
「あいつのメンタル抉るとしたらテル嬢しかいねぇ」
おいちょっと待て、なぜ私がひどい女みたいになってるんだ。聞き捨てならないことをジュールに言われ、私は即座に反論する。
「あんなにしっかりした人に、私がダメージ与えられるわけないでしょ!?私が何しようと木の葉が落ちる程度のものよ!あんたバカじゃないの?」
「テル嬢にだけはバカって言われたくねぇ!」
「はぁ~!?」
「あいつのどこがしっかりしてんだよ、ほとんどのことに興味ねぇだけだろ」
「そんなことないわよ!」
私たちがくだらない言い争いをしていると、アイちゃんがおずおず手を上げて口を挟んだ。
「あの~、マリー様がその、過剰接触を拒否しているからなのでは」
「え、そんなわけないわよ」
「なんだその過剰接触って」
ジュールが首を傾げている。が、アイちゃんは真っ赤になって「私には教えられません!」と言い放った。ちょっと、なんか卑猥な感じになっちゃってるよ、そんなおかしなことじゃないからね!?
ひとしきり身体を動かして傷が治ったことを確認したジュールは、廊下に落ちていた剣を拾ってなぜか意気揚々とその場でジャンプして屈伸もして、頬を叩き気合いを入れた。
……まさかもう一回行くつもり!?私とアイちゃんは絶句した。
「よーし!復活!じゃ、テル嬢ありがとなー。喧嘩してんなら早く仲直りしろよ、死人が出る前に」
いや、喧嘩なんてしてないんだけれど。今日も午前中は隣に座って仲良くしてたわよ。次の授業が終わったら一緒に帰る約束してるし、会話も普通だし……やっぱり私じゃないと思う。
私が何か言う前に、ジュールはまた走って行ってしまった。ものすごく嬉しそうだったから、きっとまた無茶して死にかけるに違いない。アイちゃんと目と目で会話した私たちは、次の授業が始まる前にジュールの治療時間をあけておくことにした。
ちなみに授業終わりでサレオスに会ったけれど、いつも以上にスッキリ爽やかな顔をしていた。やっぱりジュールの勘違いじゃないかしら。
「ねぇサレオス」
「なんだ?」
隣に座る彼をちらりと見上げる。
「何か悩み事とか、困ってることはある?」
相談に乗るよ、役に立つかはわからないけれど。私の言葉にサレオスは苦笑した。
「さぁ、どうだろう?」
ないとも言わないけれど、あるとも言わないのね。まさかまた刺客とかいっぱい来てるんじゃ……ぞっとした私は、急いで立ち上がってヴィーくんを呼ぶ。
「ヴィーくんサレオスのこと護ってね!」
ところが彼はまったく理解できないと言った表情を浮かべて、しばらく考えた後に逆に尋ねられた。
「俺でも倒し方がわからないサレオス様を護る……?ちなみにどうやったら殺れるんでしょうか」
「「……」」
面と向かって殺り方を聞かれた!しかもその道のプロのはずのアサシンに!
サレオスと私が絶句していると、アイちゃんやクレちゃん、シーナの三人から私に向かって視線が集中した。
「……へ?私!?」
シーナがニヤニヤしながら言った。ヒロインにあるまじき悪い顔なのにかわいい。ずるい。遺伝子レベルでのえこひいき反対。
「そんなの簡単よ。マリーが悩殺しちゃえばいいのよ。うっすいドレス作ろ、めーっちゃエロいやつ!」
「シシシシシシーナさんっ!なんて破廉恥な!」
私よりも先にアイちゃんがめちゃくちゃ反応した。最近この手の話題に敏感になっているアイちゃんがかわいい。
クレちゃんは「そんなの着せたらマリー様の方が先に気絶するんじゃ……いやでも薄暗いところで襲えば」と言って具体的にプランニングし始める。
こらこらこら、教室でそんな話はやめなさい!
こんなしょうもない話をしているうちに、サレオスに悩みがあるかどうかについてはうやむやになってしまったのだった。




