萌えは時に拷問
サレオスの過剰接触によって瀕死の私を前に、王女様はそれでも扇子で口元を覆って平静を装っていた。
「「「……」」」
沈黙が重い。王女様がずっと何かを考えていて、相変わらず私は睨まれているのか怨念を送られているのかはわからないけれどとにかく視線が痛い。
サレオスはまったく気にしていない様子で、私の髪を指にくるくる巻きつけてマイペースを貫いているけれど、女子二人の空気が剣山くらいトゲトゲしいわ。今誰かが乗ってきたら、空気に突き刺さって重傷を負う気がする。
しばらくすると王女様は小さなため息をつき、扇子をパチンと音を立てて閉じるとある提案を始めた。
「……わかったわ。私がサレオス殿下に嫁いだら、あなたのことは特別に愛妾として認めましょう」
はぃ!?鼻でふふんと笑い、王女様は私を見下ろしている。
あぁ、トゥランは一夫一妻で側室が持てないから愛人関係ならいいわよってこと?私なら自分の夫とこんなにイチャつく愛妾がいるなんて絶対に嫌だ!
それにしても「認めてあげる」ってどういう解釈?それってサレオスが決めることなんじゃ。
わけがわからず私が首を傾げていると、サレオスがさすがに怒ったのかいつもより冷たい声を発した。
「何を勝手なことを」
あわわわわ、そんな本気にしちゃダメよって思うのは私だけ!?どうにか宥めようと彼の上着をぎゅっと掴むと、それが勘違いさせてしまったのか掴んだ手を優しく包み込まれて諭される。
「大丈夫だ。西の国との政略結婚などありえない。俺が妻にするのはマリーだけだ」
いやぁぁぁ!嘘でも嬉しいぃぃぃ!とんでもないキュン爆弾を投げつけられた私は、口元を右手で押さえて湧き起こる幸せ酔いに悶えた。うぐっ……幸せすぎて吐くかもしれないわ!
ところが王女様は冷めた目で淡々と話を続けた。
「あら?そうかしら。わたくしはサレオス殿下ほどではありませんが、魔力量が豊富で4属性を扱えますのよ。より才ある後継を残すためには、とても良い縁組ではなくて?」
えええ!?王女様でその美貌で、さらに魔法の才能を持ち出すの!?さすがにそれはずるいわ。
くっ……!己のスペックの低さが悔やまれる。ところがサレオスは私の肩を抱き、くだらないとでもいうように否定する。
「それに一体何の意味が?あいにく我が国はそんなものを欲してはいませんので。俺のようにすぐ王族を離れる者でなく、例えばフレデリックと縁組すればいい」
おおお、サレオスがフレデリック様を推薦した!私もついコクコクと頷いてしまう。でも王女様は視線をスッと下げると、また扇子を開いた口元を隠したまま呟いた。
「……なのです」
「は?」
「私はサレオス殿下の美しさが気に入ったのです!」
はぃぃぃ!?
「フレデリック様に姿絵を見せていただいたときから……そして実際にお会いするとますます優美な造形に心を奪われてしまったのですわ!」
え、姿絵ってアレ!?私はバッグに忍ばせたままの、サレオスに似たお兄様の姿絵を思い出した。
ってことは昼間に侵入しようとしていたのって王女様だったの!?自ら乗り込んでストーカーしようなんてものすごい心意気だわ。やるわね!
私は不謹慎にも感心してしまった。
しかも造形ときたか。確かにサレオスはかっこいいけれど、まさか本人に向かってその切り口で告白する人がいるなんて。
サレオスをちらりと見上げると、ものすごく困惑しているのがわかる。しらけつつ、呆れていて、どう返答していいのか困っているように見えた。
そりゃ困るよね~。見た目の良い人ほど「俺の容姿以外を見てほしい」って思うものよね、恋愛小説で読んだわ。
でも残念ながら、サレオスほどのイケメンを外見度外視にすることは不可能よ!天真爛漫なヒロインならあり得るかもしれないけれど、私はサレオスの中身も外見も好きなの!
だから王女様の気持ちはちょっとだけわかる。
でも王女様はサレオスが引いていることに気づいていないから問題だわ。あんまり外見だけを好き好き言いすぎると、嫌われちゃう気がするんだけれど……。私の心配をよそに、王女様は自信満々に話し続ける。
「私は側妃の娘ではありますが、生まれながらに王族ですから財も力も何もかも持っています。なので伴侶に求めることはただ一つ、心を惹きつける美しい造形なのです!外見が素晴らしければ、中身はあまり問題ではありませんの」
あぁ、もうなんか清々しいほどの外見史上主義だわ。そうよね、サレオスよりかっこいい人なんてこの世にいないわ、一目惚れするのもわかる。でも中身が問題じゃないならそれこそフレデリック様でいいのでは……なんて思ったりする。
「サレオス殿下ほど美しい造形を見たことはありませんわ!絶対にこの方の妃になりたいと思いましたの!」
「……」
どうしよう、サレオスがどんどん氷点下!対する王女様のテンションはどんどん上がっていて、ずっとしゃべり続けている。うん、公認ストーカーとして、あなたの熱意だけは認めるわ。
畳んだ扇子を握り締める手に力が入ってるもの、その情熱は本物なのでしょう!でもサレオスは私の好きな人だから、できれば他のイケメンを選んで。シーナがいってた「推し変」ってやつをお願いします。
私がそんなことを考えていると、たまりかねたサレオスがとうとう口を開いた。
「あなたがおっしゃるほど、俺に価値はない。容姿だって王族ならどこにでもいるレベルだ」
「「はぁぁぁぁぁ!?」」
王女様と私の声が見事にハモった。私までもが叫んだことで、サレオスがびっくりしてこちらを見ている。
「なんですって!?サレオス、あなた視力大丈夫なの?」
これは由々しき事態だわ!ううん、ナルシスト悪魔王子よりも全然いいけれど、自己評価がおかしいよ!
思わず彼に訴えかける私に、王女様も積極的に加勢してくれる。
「その娘の言う通りですわ!なぜそれほどの美しさでお気づきにならないの?」
おお、わかってるわね王女様!私は身を乗り出して頷いた。
「そうですよね!?」
「ええ、そうですわ!なんたって私が認めたお方なのですから!」
「……」
私たちの力説にサレオスは唖然として沈黙した。王女様はうっとりするような表情を浮かべて、回想にふける。
「さきほど馬車に乗り込んだときなんて特に……私を蔑むように見つめる瞳が美しかったわ。それに馬車の枠に手をかけたときの甲の筋がもう美しくて。造形美とはまさにあのことよ!」
「わかります!ええ、ええ、そうですわね王女様!」
キター!私と同じようにサレオスの一挙一動に萌えている人がいるなんて!
私はサレオスの腕の中から一瞬で立ち上がり、すぐさま王女様の隣に移動した。
「サレオスの場合は内面の優しさが滲み出てるというか、ふいに見せる仕草がとてもキレイなんですよね!」
王女様の目がキランと輝く。
「まぁ、あなたマリーと言ったかしら?あなたもお分かりになって!?」
「もちろんです!あぁ、でも私のイチオシは、振り返ったときの首から肩にかけてのラインですとか、あと目があったときに優しく微笑んでくれるところとか……」
どうしよう、あと5時間は語れる。このまま馬車で私の寮に行くのはナシかしら。そんなことを考えていると、王女様がさらに深くまで話を進める。
「首、といえば射角筋ですわね。あそこは鍛えている者とそうでない者で美しさに大きな差が出ますわ」
首を横から見たときにわかる射角筋を持ち出すとは……王女様ったらやるわね!私は真剣な眼差しで彼女と見つめあった。
「魔法を使うときには一見して筋肉は必要ないように思えますが、緊張が高まってから魔法を発動すると肉体にも変化がありますものね。その点では射角筋も素晴らしいですが、耳下から鎖骨までの胸鎖乳突筋も捨てがたいのです」
私のこだわりを理解してくれたようで、王女様が歓喜の声を上げる。
「まぁぁぁ!それはぜひ拝見したいですわ。マリーも相当こだわりが強い女ですのね……。それにしても、やはりサレオス殿下は見応えがありますわ。何時間でも眺めていられます」
大興奮した私たちは、互いの手をガシッとつかみ合い、萌えを共感してしまう。
「王女様!」
「マリー!」
まさかのお友達!王女様はなぜか私を抱きしめて、感動の抱擁を果たした。
「おい、やめろ。何の拷問だこれは」
サレオスが苦しげに制止するけれど、私たちは止まらない。
「あと、息づかいまでも素晴らしいと思うんですの。形の良い薄い唇から発せられる言葉がまた耳障りがよくって……!」
王女様が瞳を閉じてうっとりしながら語る。
「わかります!ほんの少し、口角だけをあげて笑う仕草や私の髪を梳くときの視線の落とし方なんて見惚れてしまいますもの!」
私も胸に手を当てて、溜め込んだ萌えを発散してしまった。
「マリー、気が合いそうね。今度うちの国に遊びにいらして?ぜひ魔法騎士団の武術会をお見せしたいわ。サレオス殿下の足元にも及ばないかもしれないけれど、なかなかいい男がいるわよ」
なんですって!?それはぜひ、と答えようとしたらサレオスが即座にストップをかけた。
「ちょっと待て、マリーをそんなところに行かせられない」
え、残念。お許しが出なかったわ。
「まぁ!サレオス殿下、こういうものは趣味だと割り切らないと夫婦関係は長続きしませんことよ。常に大きく構えていませんと」
王女様の言葉に、私はそれは違うと割って入った。
「サレオスは優しいから、西の国までの山越えを心配してるんですよ~。過保護で優しいんです」
ふふふと私が笑って説明すると、サレオスが「ちがう、山ぐらい消せる」と小声で言った。いやいやいや、他国の山を消したらダメだわ。心配しすぎよ。
結局、絶対マリーは行かせないって宣言されちゃってしょんぼりする気持ちを押し隠しながら、私はその後も王女様と造形美について熱く語りあった。
これはもう同志といってもいいのでは!?ずっと憧れてたのよ、サレオスのステキなところを誰かと語り合いたいって!
私たちの姿を、眉間にシワを思いきりよせたサレオスが半眼で見つめていた。でも仕方ないのよ、ここに同志がいたのだから。
ーーガタン
王城に到着した馬車は、正面の停車場に停められたようだった。まだまだ語り足りない王女様は残念そうにしていたけれど、サレオスとイリスさんに促されて渋々降りていった。
王女様はサレオスに向かって優雅な礼を取ったあと、見送りに出た私に向かって「お友達、そしてライバルとして認めてあげてもよろしくってよ」と言ってかっこよく去っていった。
王女様に手を振りすっかり仲良くなって浮かれていた私が、隣で複雑な表情を浮かべるサレオスに気づくのはもうしばらく後の話だった。




