ストーカー現る?
フレデリック様を王城に送り届け、とてつもなくメンタルをやられた私は傷心のままサレオスのもとにやってきた。
ヴィーくんとリサには、あの迷惑な巨大花束を持って先に寮に戻ってもらったわ。
前世ではエレベーターの中で香水くさいことがあって大変だったな、と確実にいらない記憶が蘇る。
今はエリーと二人、差し入れの菓子を持って馬車に揺られているけれど、西の国の王女様のことはサレオスに伝えた方がいいのかしらと悩んでしまう。万が一、億が一、西の国の王女様と運命の出会いでもしてしまった日には目も当てられないからやっぱり言わないでおこう。
うん、卑怯と言われようが私は清廉潔白なヒロインじゃないから、これくらいの隠蔽は許されるはず。って誰に許してほしいかなんてわからないけれど。
「大丈夫、嘘はついてない。言わないだけ、言わないだけで嘘にはならない」
私がひとり呟いていると、エリーから残念なツッコミが入る。
「マリー様、それは一般的に悪役のセリフです」
じゃあどうすればいいのよ!都合よく忘れたりしないわよ?
不満げな顔を浮かべていると、エリーが優しく笑って慰めを口にする。
「大丈夫ですよ、サレオス様はそんなぽっと出の得体の知れない王女なんかに惚れませんて」
エリーよ、得体の知れない王女ってなんだ。王女なんだからめちゃくちゃ得体は知れてるわよ……。慰めようとしてくれる姿勢は嬉しいけれど、昔からエリーは気の利いたセリフは言えないのよね。
「ねぇ、西は確か魔法騎士団がある軍事国家よね。トゥランがサレオスに王女様を娶らせてまで、その力を欲しいと思うことはあるかしら?」
窓枠に肘をつき、外をぼんやり眺めながら何となくエリーに尋ねる。いつもなら行儀が悪いと叱られるけれど、さすがに今の私がストレスフルなことを察してか、エリーは咎めたりしなかった。
「そうですね、さすがにそれはないんじゃないでしょうか?王太子様の正妃としてならあり得たかもしれませんが、第二王子の縁談にしては大国で軍事力がありすぎます」
そうよね、やっぱりナシよね!?謀反の疑いをかけられたら困るものね?
私はエリーの言葉にホッとした。
「あ」
「あ、ってなによ」
「ええーっと、そういえば第三王女は側妃様の娘だったような……しかも身分が高くない側妃様の」
それが何か関係あるのかしら。私は首を傾げる。
「政略結婚で考えると微妙ですね。謀反の疑いをかけられるほどの価値はないかも……?」
「え、じゃあ当人同士が恋に落ちちゃえば問題ないってこと!?」
「ええーっと、トゥランは普通の国じゃありませんからね。王族の恋愛結婚が優先される国ですから。
西の国からすればサレオス様との縁組は大歓迎でしょう。と、なれば……」
いやぁぁぁ!やっぱり会わせたくないー!私が口を開けっぱなしで目も見開いていると、エリーが慌ててフォローに動いた。
「大丈夫ですよ!!サレオス様はマリー様をそれはもう大切に想ってらっしゃいます!世界と天秤にかけてもマリー様を選ぶくらいにはお好きなはずです」
どういう慰めよ!私は疑いの眼差しをエリーに向ける。話が極端にもほどがあるわ。
そんな無駄なやりとりをしているとあっという間に目的地に到着し、邸の門をくぐり、正面の扉の前でイリスさんの出迎えを受ける。
「こんにちは」
挨拶をすると、イリスさんはにっこり笑ってくれる。はぁ……癒されるわ。今にも泣きつきたい気分をぐっと堪える私。
「マリー様、ご無事でなによりです。もう少し遅ければサレオス様がお迎えに行ってしまうところでしたよ」
気づけばすでに予告した時間から1時間も過ぎてしまっていた。過保護なサレオスに心配をかけてしまったわ。
「ごめんなさい、悪魔に捕まってしまって」
私が謝ると、イリスさんは「おや?」と眉を上げた。とはいえ立ち話もなんだからと邸の中に招き入れられた……ところに視界にあやしげな女性の姿が目に入って立ち止まってしまう。
玄関からギリギリ見えるか見えないかの位置で、木陰になっているところに青い服の女性が窓から中をのぞいている姿が見えた。視力5.0じゃないと見つけられない距離だわ!
私がそちらを凝視していると、エリーがその女性のところに行こうとするものだから、私もそっと後ろからついていく。
「不審者ですかね、まぁ、入れやしないですけど」
イリスさんが冷静に言いながら後を追ってくる。
「そうね、私の勘ではサレオスのストーカーだと思うわ!」
「まさかそんな」
意外そうな反応をするイリスさんだけれど、私にはそんな気がするのよ!だいたい頭にハンカチを被るように巻いているなんて怪しすぎるわ!
パタパタと小走りにエリーの後をいくと、途中でその女性がこちらに気づいて逃走をはかった。
「あ、逃げた」
走る女性を見て、エリーが速度を上げた。私はついていけないから、あとはお任せだわ。
「エリー、捕まえて!」
私はその場に留まって、周囲に何か不審物がないかと探す。すると茂みの中に革のバッグが隠されるように置いてあり、中には高そうな化粧品やハンカチ、ブローチと布に包まれた長方形の木のようなものがあった。
「マリー様、危ないものだったら困るので開けないでください」
はっ、イリスさんに困った顔をされてしまったわ。ストーカーの証拠を見つけようと急ぎ過ぎたみたい。
「ごめんなさい」
私はバッグをイリスさんに手渡した。中身を確認していると、布に包まれた長方形の木のようなものがゴトッと音を立てて地面に落下してしまう。
それを拾うと覆っていた布が取れ、中からはノートサイズの絵が出てきた。
「こ……これは!」
描かれていたのは、どう見てもサレオスだった。今より若い、12~3歳かしら?
「か、かわいい~!」
思わず声を上げて絵を凝視する私を、イリスさんが苦笑いで見つめている。
「これは確かアガルタの祝典でやってきたときのものかと……あ、ちなみにマリー様、これはサレオス様じゃありません。カイム様です、兄君の」
え!?なんですって!?
「わ、私としたことがお兄様とサレオスを間違えるなんて」
「あ、いえ大丈夫です、絵なら誰でも間違うと思いますよ?本物は目のぱっちり具合と性格の明るさが違いますから絶対間違えませんが」
あぁ、違うとわかっていても返したくないこの姿絵……!私の気持ちがわかっているイリスさんは、「さきほどの女性が持ち主なら、もらえるように交渉しましょうか」と笑った。
もちろん、「お願いします」と返しておいたわ!
私がお兄様の姿絵を見てキュンキュンしていると、手ぶらのエリーが渋い顔でこちらに戻ってきた。
追っていったところで、女性が急に塀を乗り越えて逃げたらしい。「油断しました」と謝るエリーに対し、私はまた彼女が来ると自信を持って言った。
「大丈夫よ、きっとまた来るわ。今度はもっと見つからない裏手から侵入するか、もしくは何か用事を装って堂々とやってくるはず」
自信満々に言う私に、イリスさんが不思議そうに尋ねる。
「ええっと、マリー様はなぜそんなに不審者のことが予想できるので?」
「決して諦めないのがストーカーよ!サレオスがここにいるのが週末だけってバレているのなら、チャンスは今日しかないもの。絶対に来るわ」
「「はぁ……」」
「私という公認ストーカーを差し置いてサレオスのところに侵入しようなんて、百年早いのよ!ぜひお会いして、この絵を譲ってくださいと交渉しないと」
イリスさんが私を見て「え、そっちが目的?」という顔をしているけれど気にしないわ。姿絵を抱きしめて不敵な笑みを浮かべている私に、エリーがかわいそうな子を見る目で見つめている。
「おい、そんなところで何をしている」
私たちが庭で集まっていると、はるか頭上から低い声が降ってきた。
見上げると、窓から上半身を出したサレオスが真下にいる私たちを見下ろしている。
「サレオス!今そっちに」
私がそう言い終わるよりも先に、その必要はないと声が響いた。
「えっ……うわっ!」
突然身体がふわりと浮き上がり、何も支えのない空中で椅子に座っているような姿勢になる。ガクンと身体が揺れ、そのままスピードを速めて真上の4階まで浮き上がった。
きゃぁぁぁ!怖い怖い怖い!高いっ!恐怖で息を呑み、心拍数が一気に上昇するけれど、ぎゅっと瞼を閉じている数秒で私は窓からサレオスの腕の中にストンと収まった。
「この方が早い」
ひぇぇぇ!それはわかるんですが、心臓に悪すぎる……!
「よ、4階はダメよ、怖すぎるわ」
サレオスは飄々とした態度で、私を横抱きにしたまま部屋の中に入る。そしてまだ心臓がバクバクなっていて青い顔をしている私の額に優しくキスをした。
「怖がらせてすまなかった。でも落とすことはないから大丈夫だ」
ええっと、落ちる落ちないの問題じゃないんだけれど、水掛け論になりそうだからもう諦めることにしよう。
ソファーにゆっくり降ろされた私は、姿絵を抱きしめたままだったことに気がついた。サレオスは書机に向かい、一部の手紙や書類を引き出しの中に仕舞うと、またこちらにやってきて私の隣に座る。
「それは?」
はっ、見つかってしまった。ストーカーの人が持っていたサレオスのお兄様の姿絵。私がそれを差し出すと、彼は少し驚いた顔をした。
「これはまた昔のものを……兄上だな。どこで見つけた?」
あれ、やっぱり自分じゃないことはわかるんだ。
「さっきここをのぞいていた不審者の女の人がいたんだけれど、その人の物らしい荷物の中にこれが」
私がそういうと、濃紺の瞳が瞬時に鋭い光を放つ。
「まさかそんな危険な女に接触しようとしたんじゃないだろうな!?」
しまった、過保護が発動したっ!慌てて否定するもの、完全に叱られるパターンしか見えない。
「ごめんなさい、でもエリーについていっただけで自分でどうにかっていうのじゃな……っ!?」
長い腕がぎゅうぎゅうと強めに背中に回されて、息苦しいほどに抱きすくめられる。きゃぁぁぁ!サレオスの匂いがする、頬にあたる硬い胸板が素敵すぎるー!そして痛いぃぃぃ!
「危ないことはしないでくれ。もう今日は夜に寮まで送るからここにいろ」
「は、はい」
でもその方が、サレオスをストーカーから守れるかも!?私は彼の上着をぎゅっと掴み、公認ストーカーとしてこの人を守ると誓う。
「大丈夫よ、サレオスのことは私が守るわ!」
「ちょっと待て、一体何をする気だ」
ふふふ、キスもハグもするほどの公認ストーカーの底力を見せつけてやるわ!かかってきなさい、新人ストーカーめ。
運命の恋の相手ならまだしも、ポッと出の新人なんかにサレオスは渡さないわ!決意を新たに意気込む私を、サレオスは困った顔で見つめていた。




