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個人情報

秋が深まり、そろそろパーティーが増え始めてきた。私は父と一緒に、学園から近い街や親戚関係で開かれるパーティーに何度か参加している。

もちろん、フレデリック様が参加するパーティーをうまく避けながら。

え? だって、情報収集が目的だから、同じところに顔だしても仕方ないでしょ?

しかしあまりに避け倒していたためか、ある夜会にフレデリック様から「絶対参加するように」って通達が来た。私の予定を把握しすぎていて震える。サレオスには自分から報告してるけど、フレデリック様には何も教えてないのになんで?

そしてあろうことか、夜会の一週間前にフレデリック様からドレスとアクセサリーが届いた。なんとしても逃がさない気だな、と私は悲しみに暮れる。

衣装箱を開けてみると、そこには美しい碧いドレスとダイヤが散りばめられたネックレスなどが入っていた。見るからに特注で、まさに豪華絢爛。

「これは……フレデリック様、本気ですね~」

エリーが呑気な声を上げた。リサに促され、私はおそるおそるドレスに袖を通す。

「……ぴったりだわ」

「そのようですね、お嬢様」

私はスゥッと息を大きく吸った。そして、すぐそばに潜んでいる護衛兼連絡係に向かって叫ぶ。

「個人情報が漏れています! お母様に連絡を!」

屋根裏で確かに気配が動き、それはすぐにいなくなった。

「緊急体制レベル三! 今すぐ配置につきなさい!」

私はさらに指示を出す。リサも他の使用人たちも一斉に駆け出した。寮にいた別の家の使用人たちまで騒然となっているが、今はそれどころじゃない。

うん、これヤバイよね。婚約者でもない、恋人でもないフレデリック様が私の服のサイズを把握してるなんて。怖すぎる。一体どこから個人情報が漏れたんだろう! 領地の経営情報なんかは大丈夫だろうか?

私はすぐにドレスを着替えると、リサと共にお父様のいるタウンハウスに向かった。パーティーに出てくれとは言われたが、ドレスを贈られるような義理はない。だいたいあんなドレス着られないわ。フレデリック様の瞳の色と同じドレスなんて着たら、令嬢たちに絶対殺される。

しかも本人からもらったドレスだなんて知られたら……個人情報ダダ漏れだっていうことでテルフォード家の面子が丸つぶれだわ!

え、もしかしてそういう嫌がらせ? なんなの、お父様なにかしたの? とにかく、あのドレスを着るのを回避しなきゃ。そう思った私は急ぎ馬車に乗り込んだ。

すぐに馬車で待機していると、馬車の中に半ば放り込まれるようにクレちゃんが連れてこられた。

「え、え、え? マリー様! これどういうこと?」

「すみません。緊急体制レベル三になると、クレアーナ様を速やかに拉致、いえ、迅速に回収せよと決まっておりまして」

リサが早口で状況を説明する。

「レベル三って何!?」

クレちゃんが慌てているので、私が馬車の中に招き入れながら答えた。

「命に別状はないけど、テルフォード家を揺るがす事態っていう緊急度よクレちゃん」

「えええ、でも私を回収っておかしくない? 一体なにがあったの?」

私は移動中にクレちゃんにドレスの一件を説明した。

そう、『我が家の個人情報ダダ漏れ問題』である。

クレちゃんは途中、横を向いて口元を押さえて震えていた。クレちゃんも伯爵家の令嬢、いかにうちの情報管理体制がマズイか察してくれたようだ! 

うちの女神が震えるほどとは……ほんっとにやらかしてくれたわね!フレデリック様!

タウンハウスの前に父がいた。なぜお父様がわざわざ出迎えてくれるのか。お母様は私とクレちゃんを見ると、ふふふと笑みをこぼした。そして恐ろしい目つきでこう言った。

「すべてはあなたのお父様のせいですよ、マリーちゃん。情報漏洩じゃないから安心してね?」

隣で父がガタガタ震えている。お母様にはまったく頭が上がらないんだから……。

昔、父がものすごく頼み込んで結婚してもらったというのは知ってるけど、こんなに長く力関係が変わらないのも珍しいと思う。

母によると、フレデリック様から私にドレスを贈りたいと先月の時点で打診があったそうな。

私のサイズは、父が城のお抱えクチュールに伝えたらしい。母はそれを叱りつけ、ものすごい剣幕で怒鳴った。

「マリーちゃんはサレオスくんと結婚するのよ!」

母は私の強い味方だった。

まぁ、とにかく我が家から個人情報が漏れたのではないのはホッとしたわ。私があのドレスを着ないことは、父からフレデリック様に伝えてもらえることになり問題ない。

「あのドレスを着ない理由はどうするのですか?」

私の問いかけに、未だショック状態で虚ろな表情の父はこう答えた。

「妻が怒っているのでだめでした、で十分だ」

なにそれ? それで通用するの!? お母様ってどんな権力者よ!?

予想外の出来事だったけれど、とにかく一段落したので私たちは食事をしてから寮に帰った。。


それからしばらくして、教室では数日後に迫ったパーティーの話題になっていた。ちなみに週末のパーティーが終わればすぐ定期試験だ。そんなときに浮かれていていいのか、ということだが私たちはそれなりに優等生なので問題ない。

そう、ジュール以外は。

彼は当たり前のように私たちAクラスのメンバーと一緒にいるが、何を隠そうEクラスなわけで。クラス分けは成績順。下から三つのクラスは通称・騎士科とも呼ばれるほど、騎士志望でその大半を占めている。彼らは成績なんて気にしない脳筋集団なのだ。

アイちゃんは「彼はおおらかなタイプなんです」と評価していた。恋って怖いな、と心底思う。

それはそうと、私とアイちゃんは最初の二日間しか試験がないので、三日目はお休み。他の皆は三日間試験が詰まっていて、魔法や剣の実技をたくさん選択している人たちは大変そうだ。

魔法防御演習とかは試験なのに見学してもいいらしく、フレデリック様が「応援に来てほしいな」と囁くように言ってきた。私はありがたく、その情報をアリアナ様に伝えておいた。

何かの本に「恋は追われる方が幸せ」って書いてあったから、フレデリック様を追ってくれるアリアナ様は恋人候補のはず。本気の恋が見つかるといいね……と、フレデリック様に向かってお祈りしておいた。

そういえば試験が終わったら一度領地に帰ってこないかと妹のエレーナから手紙が来ていた。なんでも、弟のレヴィンが引きこもって魔法道具を作ってばかりいるらしい。弟は、なかなか思考回路がぶっとんでいるから心配だ。

年末には戻ろうと思っていたが、それより前に弟を部屋から引きずり出す必要がありそうね。

さてさて、話は今回のパーティーに戻る。主催者はものすごく派手好きなオルセン公爵家。自慢の庭園やダンスホール、屋上など邸の様々なところで盛大に行われるという。

花火やイルミネーションもすごいらしく、ちょっと楽しみ。

そしてなんとっ! サレオスも隣国から外遊に来ている叔父様と一緒に参加するんだって!

どうしよう……ダンスを踊ったりできるかしら!? 正面から密着するの? 腕とかまわすの? ひゃぁぁぁ!! 妄想だけでキュン殺しされるー!

絶対に失敗できないと思った私は、昨日四時間も練習して、付き合ってくれたエリーに泣かれた。

「マリー様……! もう脚が攣りそうです」

いけない、私の本気が暴走しちゃった。これから毎日練習して、当日は朝から三時間のレッスンを組んでいる。

夏休みに買った本によると、ダンスの終盤に疲労を利用してしなだれかかったり、体を密着させたりするテクニックがあるって書いてあったけれど……

見た目の小ささ以上に体力がある私には、「ちょっと疲れちゃって」っていう作戦が使用できそうにないことが判明した。世の女性たちは、か弱いんだね……。健康優良児マリーちゃんは、足腰が強かった。ありがた迷惑なスペックだと思う。

今度シーナに、か弱い感じのしなりの作り方教えてもらおう!

私が浮かれていると、絶賛恋する乙女中のアイちゃんが、ドレスの色を確認してきた。

「マリー様は何色のドレスになさるの?」

仲間内では色がかぶらないように事前に話し合うのが通常なんだけれど、私は迷ってるんだよね。

「アイちゃんは何色にする? 私は迷ってるから、皆が着ない色にしようかな」

私がそういうと、さっそく相談が始まった。話し合いの結果、シーナはピンク、アイちゃんはイエロー、クレちゃんは水色にするようだ。そうなると私はどうしようかなぁ。

「やっぱりブルーがいいんじゃないか?」

突然、頭上から透き通るようなイケボがした。フレデリック様だ。こんなにイケメンなのに存在感が薄い気がする。ステルス特性なのかしら?

「あ、それは間に合ってます」

私はけっこう冷たく言ったのに、にっこり笑う王子スマイルはびくともしない。「恥ずかしがらなくてもいいのに」とか言い放っている。ナルシストの脳内変換がおそろしい。

「青系は体温を下げる視覚効果があるとされるので、秋冬には特にいけませんね」

クレちゃんがすかさず援護射撃を放つ。でもクレちゃんは水色を選んだよね……そうよ、女の子は体を冷やしちゃだめよ! そんなことを想っていると、ジュールがありえない一言をポロっと漏らした。

「クレアーナは肥えぎみだから体温高めだもんな」

女子全員の視線がジュールに突き刺さり、空気が読めないことで定評のあるフレデリック様までが凍り付いている。ほんっとうにテロ発言が多いなジュールは!! もちろん、秘かにクレちゃんのボディーブローが彼の脇腹に入った。

そんなやりとりが繰り広げられていると、ここまでは我関せずといった様子で本を読んでいたサレオスが、ふと顔を上げてこちらを見た。

「マリーは赤が似合いそうだな」

突然のサレオスの一言に、私は息を吸い込みすぎて呼吸困難になりかける。

わ、私! もう一生、赤を着ます。あなたのために赤を着ます……! 制服も赤に染めます!

私がコクコクと首を縦に振っていると、クレちゃんが背中を撫でてくれた。あれ、また発作が出たと思われてる?

「マリー様、紅に黒のレースがあしらわれたドレスがあったのでは? あれならきっとすごく可愛いはず」

そうだ! 春に仕立てたのがあった! 私のクローゼットを把握してくれているクレちゃんの優しさが溢れた瞬間だった。

しかもっ! 赤だけじゃなくて、サレオスの髪色の黒まで……私、お嫁さん気分を味わいます!

『マリー、かわいいよ』

『サレオスっ! 好き!』

ドレスを褒めてもらって、ぎゅっと抱きつくところまで一通り妄想した。

ふと現実に戻ると、興奮と感動のスペクタクルで幸せに浸る私をジュールがニヤニヤしながら見ている。

なんか最近、ジュールに観察されてるっぽい。私で遊んでるとクレちゃんに燃やされるんだからね! ってゆーか勉強しなさい!

私が睨んでいると予鈴が鳴り、「続きは放課後に」ということでみんなそれぞれの授業へと向かっていった。


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