伝わらない話
馬車を停めてあったところから、トゥラン公館にはものの10分で到着する。が、フレデリック様を連れていきたくなかったから、クレちゃんたちと予定があるということにして王城まで送り届けた。逆方向だから、10分ほどで着く距離でまだ助かった。フレデリック様のせいでサレオスと過ごす時間が減るなんて悲しすぎる。
でもその10分間が、想像を超える苦行になるとは誰が予想したかしら。
プレゼントしてくれたバラの花束がものすごい匂いを発していて、車内はかなり息苦しい環境になってしまっている。イイ匂いも過剰に発生すればただの悪臭になることを知ったわ。
しかも花束をまとめている持ち手の部分なんてもはや鈍器なのでは、と思うほどに固い。こんなものが足の上に落ちて、ギリギリでもごまかしきったフレデリック様をある意味見直した。
今、エリーとリサは花の悪臭を避けて御者台に逃げてしまっていて、私の隣にはヴィーくんが、正面にはフレデリック様が座っている。足は折れていなさそうでよかった。
「せっかくプレゼントしてくれたものにこんなこと言うのは心苦しいんですけど、もうちょっと量を考えてください」
ハンカチで口元を押さえて涙目な私は、フレデリック様に対してついつい苦言を述べずにはいられない。
「す、すまない。恋愛指南書に女性はバラが好きだと書いていたのでつい」
窓を開け、同じく辛そうにするフレデリック様も反省しているようだった。それにしても恋愛指南書を読み過ぎじゃない?大丈夫かしらポンコツ王子様。
「花は好き嫌いでいうと好きですけれど、限度ってものがあるんですよフレデリック様。恋愛指南書に頼り過ぎはよくありません」
しょんぼりするフレデリック様がかわいく……思えないのは、やっぱり私が根に持つ女だからだろうか。
「自分で考えると失敗してしまいそうでね。こんなに悩むことは政務ではないのだが、マリーのこととなるとどうしても打つ手が思い浮かばずに結局は本を読んでしまうんだよ」
「……」
「もういっそ、サレオスのように黒髪に染めてみようか」
「やめてください!せっかくのきれいな金髪がもったいないですよ!?それに自分が好きで染めるならともかく、人のまねをするなんて……」
本格的に迷走中なフレデリック様をどうにかなだめようとするけれど、そもそもがんばらずに諦めるという選択肢はないのだろうか。私は途方に暮れる。
「ほかに書いてあったことは、『好きな相手に思い人がいる場合、協力する姿勢を装ってときおり気持ちを小出しにしてドキドキさせる』というのがあったんだがこれはどうだ?」
それを私に言っちゃうんですね!?
「どうだと言われても困ります。そうですね……ときおり気持ちを小出しにしてっていうのは告白前の段階のことではないでしょうか?フレデリック様はその、私に好きだとはっきりおっしゃったわけですし、今さら小出しにされても特に感想はありませんしドキドキもしませんし」
「マリー、なかなか厳しいことを言うようになったね。正直な気持ちが聞けて嬉しい反面、おもいのほか胸に鋭いものが突き刺さっているよ」
しまった、傷つけてしまったわ。
フレデリック様は美しい顔を少し歪めて、大げさなまでに胸に手を当てて傷ついた感じをアピールする。いやいや、罪悪感に付け込む作戦ですね?わかってますよ、マリーは騙されません!
「……諦めるという選択肢はないのですか?」
私は正面に座るフレデリック様に、ためらいながらもズバッと尋ねてみた。隣に座るヴィーくんが「言った!」と驚いている空気を感じた。
「ないよ、そんな選択肢は。できたらとっくにそうしてる」
さっきまでのしょんぼりモードとは打って変わって、凛々しい王太子モードになったフレデリック様ははっきりと宣言した。窓からの風でさらさらと揺れる金の髪は本当にきれいで、いかにポンコツでも王子様なんだなと思わされる。
「サレオスがマリーを連れ帰るつもりかどうかなんてわからないしね、諦める理由がないよ。今だけの関係かもしれないだろう?」
ちょっとぉぉぉ!なんてこと言うの!?そうならないために必死でがんばってるのにぃぃぃ!
「それにアリソンやアルベルトなんかに横から攫われるのはもっと許せない。マリーは私の妃になるべきなんだ」
青い目がまっすぐに私を見つめ、真剣そのもので言われてしまう。
「私は……サレオスじゃなきゃダメなんです!」
ここまで言いきったのに、目の前の王子様はまったく動じていないのはなぜ!?それどころかふふっと笑いをこぼして、優雅に脚を組んじゃってるし!
「大丈夫だよ、一緒にいればすぐに私のことを好きになるよ。あぁ、でもこれまでにみたいな無理強いはしない。気持ちを押し付けて嫌われたくはないんだ」
「フレデリック様……」
どうしよう、今すでに無理強いして馬車に乗り込んだことに気づいていないわ。嫌われたくないなら、探知して見つけないで欲しいんだけど……くっ、さすがにそれは言えない!
「ねぇ、マリー。君は本当にわかってるかな?王太子妃になれば国のすべてが君のものだよ。皆に慕われ、国民の憧れの的だ。思うがまま、女性たちの頂点に立てる。あらゆるものが手に入るし……何よりこの私の愛もね」
いらん、愛が一番いらないわ!
私が王太子妃になる日が来ないこと、お願いだからわかって。私は俯いて、もう何も聞きたくないオーラを醸し出してみた。でもフレデリック様に私の気持ちは伝わらない。
とうとう勝手に私の手を握り、嬉しそうに微笑んでいる。
「サレオスはね、私と違ってその立場は危うい。第二王子からテーザ殿の養子に変わると言っても、王太子に何かあれば後を継ぐのはあいつだ。継承権の放棄など、形だけに過ぎないんだよ?」
「何が言いたいんですか?」
私は顔を上げ、青い瞳を睨むように見つめた。
「状況からみるに、どこか他国の王女を娶るのが一番いいってことさ。テルフォード家じゃ後ろ盾には足りない。本当はこんなことはしたくなかったが、今こちらに来ている西の国の第三王女にサレオスのことを勧めておいたよ」
「どういうことです!?そんな勝手なこと……!」
ひぃぃぃ!なんてことしてくれてるのよ!?トゥラン国内の婚約者候補をなくすだけであんなに大変だったのにー!
「私の親友であるサレオスは、見た目も中身もいい男だと話したらかなり乗り気になっておられてね。昔に描かれた姿絵を見せたらすぐに気に入っていたよ」
ちょっと待って、親友って嘘が混ざってますけど!?しかも聞き逃せないことがもうひとつ!
「フ、フレデリック様、その姿絵をいただけませんか?」
「このタイミングで今それを言うかな!?」
いや、だって絶対に欲しいもの。
「近いうちに、面会を申し込むと意気込んでいたよ」
「そんな……!」
顔面蒼白の私は、フレデリック様に握られた手がカタカタと震えだす。
どうしよう、私は自分のことをストーカーだと思ってたけれど上には上がいるんだわ。まさかここまで邪魔してくるなんて予想外だった!ただじっと陰から見守るのがストーカーの真髄でしょう!?好きな人の恋路を邪魔しちゃいけないんだから!
「マリー、苦労するとわかっているような男はやめて、私のもとへおいでよ。マリーが望むなら、唯一の妃として婚姻を結ぶことも約束する。側妃はとらず、君だけを一生大事にするよ?」
うわぁ、もう「キライ」としかコメントできない。涙目で睨みつけるけれど、フレデリック様は「そんな顔もかわいいね」とふざけたことを言って笑った。
「この手を放してください」
鳥肌が立ってどうしようもないので、とにかく手を放してもらおうとささやかな抵抗をしてみる。が、ぎゅっと包み込まれた手は、引っ張ってみてもさっぱり動かない。どんな握力してんのよフレデリック様ぁぁぁ!
そんな攻防をみせていると、なんと横からアサシンが真っ黒いオーラを放って短剣を構えた。
「その手をお放しいただけますか」
「ちょっ……ヴィーくんダメ!」
私は慌てて止めたけれどもう遅い。王太子様に剣を向けるなんてどう考えても極刑ものだ。
「純真無垢な主様を王太子妃にしようなど……!魑魅魍魎の巣食う世界に主が堕とされるのを黙って見過ごせるはずがありません!」
ひぃぃぃ!安定の勘違いと盲信っぷり!私ほどサレオスへの下心にまみれた令嬢はいないのに!
動揺して目も口も全開の私をよそに、アサシンは鋭い目でフレデリック様を睨みつける。しかし睨まれているはずの完璧無敵の王子様は、ふっと笑って私の手を放して言った。
「それくらいわかっているさ。マリーのことは私が絶対に守ってみせる。王太子妃としての仕事は、私のそばで笑っているだけでいい」
いや、そんなわけあるかい。クレちゃんがいたら間違いなくそう言うと思う。クレちゃんでなくとも、おそらく国王陛下も王妃様もみんなツッコミを入れるはずだわ。私にだってすぐわかるような無茶を本気で言うなんて、この国の未来は大丈夫なの!?
「君が望むことはなんでも叶えてあげるよ?世界で一番幸せにすると約束しよう。ねぇ、マリー。君は今、何を望んでいるかな?手始めに王太子としての力を示したいんだ」
あぁ、本当に無駄に美形だわ。それだけに発言の痛さが倍増しているような気がする。
とりあえずヴィーくんのことは不敬に問わないという心の広さだけはあるみたいだから、私は遠慮なく望みを口にした。
「サレオスの姿絵をください」
「それはダメ」
なんでよ!望むことは何でも叶えてくれるって言ったのにぃぃぃ!私はふてくされながら、もうひとつの望みを口にした。
「とりあえず今すぐ馬車を降りていただきたいです。もう到着したので……」
そう、実はもう王城の裏に到着していた。フレデリック様が私の手を握ったあたりから、すでに馬車は停まっていたのよ!
くすっと笑ったフレデリック様は、「困った子だね」と言いながら馬車を降りていった。私も見送りのために席を立ち、エリーが用意してくれた台に足を置き、王城の裏手に降りた。
「それではマリー、またね。愛しているよ!」
「ひっ……!」
フレデリック様は優雅な所作で私の手を握り、当然のように甲にキスを落とした。全身がゾワっと震え、ショックでよろめいたところをエリーに支えられる。
いやぁぁぁ!サレオス以外にこんなことされたらお嫁に行けないー!
私はすぐさまエリーに泣きつき、手を中心に魔法できれいにしてもらった。




