星祭り延長戦
日付が変わった頃、クレちゃんのベッドの上ではアリーチェさんとシーナが仲良く酒瓶を抱えて眠っていて、その足元ではアイちゃんがうつ伏せで死んだように眠っていた。
クレちゃんは酒臭い寝室ではなく、リビングにある長椅子で眠ると言う。私の部屋で一緒に寝ようと誘ったけれど、明日の朝早いからと言って優しくお見送りされ、私は一人で部屋に戻った。
いつもなら一緒に寝てくれるのに、とやや拗ねながら部屋に戻ると、リビングの扉を開けた瞬間ありえない光景が目に飛び込んできた。
ーーバタンッ
開けた扉を閉めてしまった私は、一度頭を整理する。え、幻覚?飲みすぎかしら……おそろしいわオレンジジュースに幻覚作用があったなんて。
いやいやそんなはずない。ここは私の部屋で合ってるわよね?
もう一度、扉を開けて、長椅子にそっと近づいてみる。小さなランプのぼんやりとした灯りだけの部屋でも、私が彼を見間違えることはない。
「サレオス……なんでここにいるの?」
誰もいない深夜のリビング、そこにはサラサラの黒髪の王子様が長椅子に深く座り、身体を背もたれに預けて眠っていた。黒いローブをはじめ、いつも通りの安定の黒ずくめスタイル。長い脚を組んで眠っているのは、もしかして私が戻ってくるのを待っていたらそのまま寝ちゃったのかしら。
え、どこから入ったの?まさかまた窓から?いつからここにいるの?
今日は来客があるから、公館の方に一日中いるって言ってたはずなのに。
私はサレオスの斜め前に立ち、その寝顔をじっと見つめていた。起きる気配はなく、どうしたものかと困ってしばらく動けなくなってしまった。
ふとテーブルの上を見ると、まったく手をつけていない冷めた紅茶のカップがある。リサったら、サレオスが来たなら呼び戻してくれればよかったのに。
私は仕方なく彼の顔を覗き込み、そっと声をかけてみた。
「サレオス~?もしもーし、マリーが戻ってきましたよ?ねぇ、起きてみませんか……」
「……」
だめだわ。お疲れなのねきっと。私は寝室にそっと移動し、毛布を一枚持ってまたリビングに戻る。
そしてそれをサレオスにかけると、私も隣に座って彼を起こさないようにゆっくりと腕に寄りかかってみた。あんまり無防備に寝てるからキスしても起きないかなと下心が湧き出すけれど、さすがに寝込みを襲うのは反則かと思い、今できる限りの接触を図る。
こういうとき、恋愛小説なら寝てると思って「好き」とか言っちゃって、それで実は起きてました的な流れになるのよね。わかってるわ、その手には乗らない。言った場合は起きてる、何も言わなかったら寝てる。ふふふ、だてにたくさん読み漁ってないわよ!
誰に自慢できるわけでもないのに、心の中で得意げに呟く。
そしてその後は、じっくりと寝顔を眺めていた。あぁ、まつ毛が長い。鼻が高い。こんなにじっくり観察できるのは久しぶりだわ。
「ふふっかわいい」
思わず声が漏れる。好きな人の寝顔を見れるなんて幸せだわ。もし結婚したら毎日寝顔が見られるのよね。
きゃぁぁぁ!毎朝おはようとおやすみが言えるんだわ!
『マリー、おやすみ』
そう言っておやすみのキスをしてくれたり……!やばい、妄想で呼吸困難になりそう!私は両手で頬を挟み、上半身を倒して今にも叫びたいのを必死で堪える。
あ、あぶないわ。もうおとなしく寝よう、このまま妄想を続けていたら確実に萌え死ぬ。好きすぎて体調がおかしくなるわ。
私は気持ちを落ち着かせて、そっと毛布の中に手を差し入れてサレオスの手に自分のそれを重ねる。そして再び彼にもたれ、瞳を閉じて寝る体勢に入った。
「おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
……ん?
妄想の中から幻聴が聞こえた。
あれ、重ねた手がぎゅっと上から握り直された。
おかしい。
ここでようやく私はパチッと目を開ける。ゆっくりと隣を見上げると、優しく見つめる濃紺の瞳があった。
「……起きたの?」
「見ての通り」
しまった、隣でバタバタ暴れすぎて起こしちゃったのね!?「好き」って言ってないのに起きるパターンあったのね!?現実はバリエーション豊富だわ!呆然とする私に向かって、彼は少しだけ笑った(ような気がする)。そしてそのまま一瞬だけ触れる短いキスをすると、私に毛布をかけてすぐに抱き上げた。
「え!?ちょっ……サ!?」
「もう遅い。俺は帰るから、マリーはベッドで寝た方がいい」
いやいやいや、何しに来たの!?そんなにすぐ帰っちゃうの!?
私は混乱して、目を見開いてオロオロしてしまう。
「待っ……」
「どうした?」
ひぃぃぃ、深夜なのにかっこいいいい!至近距離で見ても肌きれいっ、男っぽい喉がやばい、好きぃ!
キ、キュン殺しされる……!
はっ!?ここで引き止めたら、なんか下心満載な子みたいじゃない!?来てくれて踊り狂いたいくらい嬉しい、もっと一緒にいたいってバレるんじゃない!?
悩んでいる間にも、サレオスは寝室の扉を魔法でさっと開けてしまい、ベッドの端に私を下ろした。未婚の、婚約者でもない女の子の寝室に平然と入っちゃダメだからね!?
あ、不在の間にリビングで寝てたのもアウトだわ。うちの警備体制がサレオスにだけゆるゆるなのはなぜ?
まったく躊躇いも照れもないサレオスは、私の頭を大きな手で優しく撫でる。急激にドキドキし始めてしまい、視線を合わせることができなくなってしまう。
「本当は星祭りが終わる前に迎えに来たかったが……」
「あ」
そうだ、星祭り。結局、屋台で遊んだだけで星なんてまったく見なかったことを思い出した。未だにまったくお腹が空いていないなんて、食べすぎだわ。
おかしくなってくすくす笑いだしてしまった。
「どうした?」
急に笑いだした私に、サレオスが不思議そうな顔をする。
「ふふふ……結局、星なんて見なかったの。おかしい、何しに行ったのかしら」
星祭りでロニーくんという天使が#ダークサイド__レヴィン__#に飲み込まれて消滅し、シーナは勢いよく空振りして見事に失恋した。誰だ、恋が叶うみたいなジンクスを言い出したのは。
思い返すほど苦笑いに変わっていく。
ところがここで突然、サレオスが私の隣に腰を下ろした。
「星が見えなかったなら、ここで創ってやる」
え?見えなかったわけじゃないんだけど……星を、創る?
意味がわからない私の横で、サレオスがその腕を天井に向かってさっとかざすと、一気にあたりが暗闇になり、天井だったところにはキラキラと輝く星が無数に浮いていた。
「すごい!きれい!」
距離が近い分、本物よりきれいなんじゃないかと思うほど煌めいて見えた。
「気に入ったか」
「ええ、すごく!これどうやったの?」
私はつい、軽い気持ちで聞いてしまった。サレオスは私の左手を握り、創った夜空を見上げて話し始める。
「元にしてるのはトゥランの王都の空だが、闇魔法で全体を覆う前にあらかじめ光の粒の核となる空洞を設けておいて穴を開け、そこに風魔法で空気を圧縮して包み込んだ中に火と水を高濃度で混ぜ合わせ、遠心力を利用して光を反射するように……」
「?」
ま、まじめ。どうしよう、どんどん説明してくれるけれど、私あんまりわからないわ。闇魔法にいいかんじに他の魔法を組み合わせたとしかわからない。
煌めく夜空、大好きな王子様、繋いだ手、とステキな要素がこんなに揃ってるのにまったく甘い雰囲気にならない……。なんだか講義を受けてるような感じだわ。
くっ、さすがは万能なサレオス!能力が高すぎてついていけない。でもそんなところも好きっ!
「……と、まぁ色々説明したがこんなことは知らなくていい」
諦めた!私の理解が追いつかないのを察知して諦めてくれた!
それからしばらく仲良く寄り添いながら星を眺めて、サレオスが「そろそろ寝た方がいい」というまで私は眠気に耐えていた。
天井に浮かぶ星を消し、私をベッドに寝かしつけるとサレオスはやっぱり窓から出て行った。今度こそ本当に「おやすみ」と言って。
「……」
本来なら、このまま幸せ気分に包まれたまま眠りにつくのがヒロインなんだろうけれど、私は彼がいなくなったのを見届けるとスッとベッドから降りて隣の部屋に向かう。
ううっ……なんで私、クレちゃんの部屋に行く前に夜着に着替えておかなかったの!?衣装部屋にあるクローゼットを開け、きれいに収納してある夜着に着替える。
せっかく幸せな気分だったのに、なにかしらこの地味な生活感ある状況は……。サレオスが寝かしつけようとしてくれてたけど、私、普段着じゃ寝られないの!あらためて自分がとことんヒロイン体質じゃないことを思い知り、それでもまだ余韻に浸ってたくて、サレオスがやってきてからのことをもう一度最初から思い出して一人でニヤニヤしながら寝た。




