あっちもこっちも
私の部屋でいったんお風呂と着替えを済ませた後、シーナを連れてクレちゃんの部屋に向かった。リサに連絡してもらったので、すでにアイちゃんもそろっていた。
あれ、なんでアイちゃんはもういるんだろう、ジュールと星祭りにいったんじゃ……と思っていたら、しょぼんとしたアイちゃんと目が合った。
「マリー様、実はジュール様を男にとられました」
「「はぁ!?」」
泣いていたシーナまでアイちゃんの言葉に食いついた。
「星祭りに出かけたら騎士団の先輩たちに会ってしまって、そのままジュール様を取られてしまいました~!」
両手で顔を覆って涙するアイちゃんは、クレちゃんに背中をさすられていた。
どうやら馬車までは送ってくれたらしいけれど、ジュールは先輩たちと一緒に飲みに行ってしまったらしく、せっかくのデートだったのにアイちゃんは一人で帰ってきたんだそうな。
「わ、私がいけないんです。行かないでって言えなかったんですわ~!」
アイちゃんは後悔の念を口にする。でもわかる、わかるわ!言えないよ、付き合ってもないのに「行かないで」なんて。
ジュールのやつめ、男同士の誘いに乗って女の子をないがしろにするなんて……やりそう!すごくそういうのやりそうなタイプだわ!
「し、しかも人混みではぐれなようにと初めて手を繋いだんですの」
なんですって!?全員が前のめりでアイちゃんの話に食いつく。が、どうにも反応がおかしい。
「ぐすっ……それなのに、手を繋いだ瞬間『おまえガリガリじゃねぇか、硬くね?死ぬぞ、もっとメシ食え!』って言われましたぁ!」
「ジュール、殺す」
クレちゃんが持っていたグラスを握りつぶす勢いで震えている。恋する女の子になんて悲惨なことを言うんだジュールよ!だいたい食べたくらいで太ってたら、アイちゃんなんてもうとっくにヘビー級の巨漢女子だ。太らないのは羨ましいけれど、痩せたいクレちゃんと太りたいアイちゃんを同時に観察していると、太る方が断然むずかしいと思い知らされたもの。
私たちがソファーに座ってジュールの暴言に怒り狂っていると、クレちゃん家の使用人が慌てて来客を知らせに来た。
「クレアーナ様、ご友人とおっしゃるご令嬢が」
--バタンッ!
でもそれと同時に、扉がおもいきり開く音がした。
「クレアーナ!ちょっと話を聞いてちょうだい!」
飛び込んできたのは、赤い髪の縦ロールをひとつにまとめた、寝巻姿のアリーチェさんだった。
「あぁ、マリー、ちょうどよかった!聞いてよ、リータったら私に抜け駆けして『ちょっと気に入らないけれどやっぱり婚約しようかしら』とか言うのよ!?このままでは、私だけ嫁ぎ遅れてしまうわ!」
アリーチェさんはソファーで私の隣に座る、というかぶつかる勢いで突っ込んできて、私はあやうく転がり落ちるところだったわ。
「うわあああん!そんなことより私のジニー先生へのこの湧き上がる怨念を聞いて~!!」
はっ、シーナを忘れてた!あああ、もうあっちもこっちも不満だらけだわ!いつのまにかクレちゃんが酒瓶を持ってきてシーナに渡しているし、アリーチェさんもそれを奪うようにしてグラスに注ぎゴクゴクと飲み干している。
ま、まさか公爵令嬢が手酌とは!いやいや違う、そこじゃないわ。
「ちょっとシーナ!早くお話しなさい、聞いてあげるから!失恋が何よ、失恋できるだけ出会いがあっていいじゃないの。私なんてこのままじゃ何のトキメキもないままに嫁ぎ遅れですわ!この虚しさがお分かりになって!?」
アリーチェさんが縦ロールを揺らし、すでに絡み酒っぽくなっている。あれ、明らかにお風呂上がりなのになんで縦ロールのままなの?これって形状記憶なの?私はおそるおそる縦ロールに触れ、さっと手で伸ばしてみるけれど、しゅるんっと一瞬でまた元のくるくるに戻ってしまった。
「ううう……ジニー先生ぇぇぇ!私が興信所にいくら払ったと思ってるのよー!人の恋心をあっさり無視しやがってぇぇぇ!」
「まぁぁぁ!それはもう費用を請求なさいな」
いや、アリーチェさんそんな無茶苦茶な!
私たちは結局、真夜中までずっとシーナを慰めることになったのだった。




