失恋、その後
シーナが派手にフラれてしまったので、大号泣の彼女と手をつなぎ、歩いて丘に戻ってきた。ずっとわんわん泣いているシーナを見て、レヴィンがびっくりしてオロオロしてしまっていた。あぁ、この子が狼狽えるなんて久しぶりに見た気がするわ。
「シーナさんどうしたの!?」
レヴィンが本気で心配している。この子にこんな優しい気持ちがあったんだ、と私はびっくりして思わず口が開いてしまったわ。
「うぇっぐ……うええええええ……うああああああ!!!」
わかる、わかるわ。本気でつらいときって、かわいくなんて泣けないわよね。獣のような泣き方をするシーナを見て、私まで悲しくなって涙目になってくる。私たちが立ち尽くしていると、そこにロニーくんの声がかかった。
「あれ~、遅いと思ってたらシーナ様えらい泣いてるね」
長椅子に座ったまま、頬杖をついてこっちを眺めているロニーくんは、なんだかオーラがさっきまでと違う。淡い紫色の瞳がなんだか挑戦的というか生意気というか、ちょっと腹黒な感じになっているというか……レヴィン化してる!?あの天使の笑みが、邪悪なものになっていた。
そしてさらにそれは確信に変わる。
「マリー様ってさ、ほんっと鈍感だよね~こんな美少年がすり寄ってんのにまったく興味を示さないなんてさ~
はぁ~ムダに愛想振りまいてちょっと疲労感あるわ~」
え、この子誰?ロニーくん、悪魔か何かに乗り移られたの?私が唖然としていると、レヴィンがシーナの肩に手を置いて慰めながら言った。
「これがこいつの素だよ。気づかないなんて姉上ほんとにバカだね」
「はぃぃぃ!?」
どういうこと!?ショックのあまり倒れそうだわ!きっとレヴィンと二人きりにしたから、反抗期が感染したのよ、そうに違いないわ!私は思わずふらついて、エリーに支えられてしまう。
「嘘よ、天使が死んじゃった……」
あああ、そういえば、白いものは黒いものと混ぜると絶対に黒になるのよ!純真で真っ白な心の持ち主のロニーくんは、レヴィンの漆黒の闇に包まれた心に汚染されたんだわ……!痛恨のミス!私のせいで清らかな天使が一人、消えてしまいました!
シーナはいまだ号泣しているので、私のこの無念を分かち合ってくれる人はいない。
魔法の光がふわふわと浮く幻想的な丘で、シーナの地を這うようなぼやきが聞こえる。
「ううっ……ジニー先生ぇぇぇ……何がヒロインよ、結局好きな人ひとり落とせないんじゃ意味ないじゃない。ちょっと地味だからいけるかなって思ったのは事実だけど……でもだんだん本気だったんだから。うわあああん!知ってたの~彼みたいな割り切ってないタイプの客に惚れたらいけないってぇぇぇ」
うん、シーナ。お客さんじゃなくて先生だから。かなり動揺しているようで、なんとか慰めようとするレヴィンの腕を跳ねのけて私に巻きつくようにして腕を回すと、女子とは思えない力で締め付けてきた。
「うぐぅっ!?」
私からも女子と思えないような声が漏れる。サレオスと違ってシーナは柔らかいけれど、腕力がものすごくてびっくりだわ!
「マリィィィ!お酒ぇぇぇ!お酒ちょうだいっ!呑まなきゃやってらんない!」
「シーナ!とりあえず肉食べよ!?お腹が空いたままお酒呑むとロクなことにならないから、とりあえず肉!肉食べようシーナ!」
体に巻きつくシーナの腕を掴んで私がそういうと、とんでもなく低い声で「……食べる」と短い返事が聞こえた気がした。
「みんな、みんな失恋すればいいのよ……ってゆーかローザ、死ね。ジニー先生も1回頭打て」
あれ、もしかして闇堕ちした!?ドキドキしながらゆっくりとシーナの顔を見ると、涙だらけでぐずぐずになり、ほぼ白目だった。さすがのヒロインもキャバ嬢も失恋は堪えるらしい。
席に着くと、シーナは肉が刺さった串を乱暴に取り、ガツガツと食べ始める。あまりの食べっぷりにレヴィンが引いているか……とおもいきや、隣で頬杖をつきものすごい笑顔でガン見していた。
だめだわ、これ私と同じで、もう好きな人なら何してもいいって思ってるパターンだ!恋は盲目というけれど、こんなにまざまざと見せつけられると自分への戒めにも思えてくる。ま、でもサレオスに悪いところもカッコ悪いところもないから心配する必要なんてないわ!
私はまだ使っていない銀カップを手に取り、ぶどうジュースを注いでシーナに手渡した。
「シーナ、ちゃんと噛んでね?ジュースも飲んで」
「んぐっ、あいあとう、んぐっ」
なぜかしら、泣きながら肉を頬張る美女って……萌え!
ところがシーナは泣き止まないどころか、ふどうジュースを片手に酔っ払いみたいに荒れ出して、お腹が満たされるとまた号泣し始める。
「ひぐっ……うええええ」
泣き止まないシーナを前に、私は慰める言葉が浮かばない。興信所まで使って調べまくって、そして結婚まで考えてたのに、渾身の告白をそのまま放置されて。あろうことかジニー先生にやる気を出させてしまうなんて……私でも泣くわ。気絶していないだけシーナはしっかりしていると思った。
「うわあああん、マリー!今夜泊めてぇぇぇ、クレちゃんの部屋に泊めてぇぇぇ!」
「ええっ!?それはクレちゃんに聞いて!ってゆーか私の部屋じゃだめなの?」
結局、泣き喚くシーナを馬車に押し込み、私たちはそのまますぐに寮へと戻った。星祭りなのに、まったく流星を見なかったわ……。




