性格矯正大作戦
星祭りは王都の中心部でにぎやかに行われる。屋台がたくさん並んでいて、基本的には平民の人たちで溢れているが、私たちみたいにお忍びで行く貴族も少なくない。
だって、カップルは一緒に行くと結ばれるというジンクスがあり、夫婦や家族はより絆が深まるといわれているんですもの!このイベントを逃す手はないわ!アイちゃんもジュールと行くんだそうな。
私は夕方、ロニーくんとの待ち合わせしていた。ラベンダー色のワンピースを着て、髪は左側にゆるく編み込んでもらった。
「どこからどう見ても平民の街娘ね!」
自信満々にはしゃぐ私を見て、ヴィーくんが困った顔をしている。え、見えないのかしら。困ったわ。
でもそんなこと気にしていられない。そろそろ出かける時間だもの!ご機嫌な私は、出発の号令をかけた。
「さぁ!今日はみんなで楽しい星祭りを過ごすわよ!」
エリーとリサ、ヴィーくんはなぜか苦笑いを浮かべていた。そしてもう一人、渋々参加した感が満載の不機嫌な子がいる。
「なんで姉上と一緒に星祭り!?シーナさんが来なかったら絶対行かないのに」
文句を言いながら、シーナに会いたくてばっちり時間通りにやってきたレヴィンが私を睨む。シーナはバイト終わりで、待ち合わせ場所に来てくれる予定なのだ。レヴィンをおびき出すだめに私がシーナを誘ったのよ。
ふふふ、シーナを餌に愚弟をおびき出し、ロニーくんと交流させる。完璧な作戦だわ!今はこんな反抗期丸出しの歪んだレヴィンだけど、ロニーくんの純粋さに当てられたらお友達になりたいと思うはず。そしてそのうち、素直な性格になるのよ!
「姉上、なに企んでるの?」
ニヤニヤする私を見て、レヴィンがじと目を向けて舌打ち交じりに言ってきた。ちなみに、パーティーで殴られて気絶させられたこと、まだ謝ってもらっていない……。
「企むなんて人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。私はただ純粋に、レヴィンと星祭りに行きたかったのよ」
うん、純粋に、どうにかこの性格を矯正できないかと思ってるの。
「んなわけないじゃん。ま、別にいいけどさ、姉上ははかりごとするの向いてないんだから」
「なんですって!?」
弟が生意気で苛々する~!ロニーくんと触れ合ってお友達になって、性格を矯正してもらう完璧な計画なんだから!帰るころには素直ないい子になってるはずなんだから!
「そんなこと言ってないで行くわよ!」
私はレヴィンを馬車に押し込んで、待ち合わせ場所に向かった。
ロニーくんと待ち合わせた街の中心部にある大きな時計塔がある広場は、まだ夕方で暗くなってもいないのにすでにたくさんの人が楽しそうに歩いている。馬車は裏通りの停車場に停めてあり、ここまで5分ほど歩いてやってきた。レヴィンはシーナを探してくると言って、ヴィーくんを連れて行ってしまった。
私はすぐにかわいいロニーくんの姿を見つけ、手を振って大きな声で呼んでみる。
「ロニーくん!」
彼はこちらを見ると、ものすごくびっくりした顔をして「え?」と声も漏れていた。
「ごめんなさい、遅くなって!待たせてしまったかしら?」
まぁ、美少年は驚いた顔もかわいいわ!
「いえ、そんなに待っていませんが……え?」
「え?」
あ、しまった。エリーやリサの紹介をしなきゃ。
「あぁ、こっちは私の従者のエリーと世話役のリサ。それにレヴィンがもうすぐ私の友達を連れてくるわ。あと護衛のヴィーくんも」
「……」
はっ!しまった、ロニーくん人見知りだったわ!私ったらロニーくんが「友達ができない」って淋しそうな目をしてたから、みんなでわいわいした方が楽しいと思ったんだけど、慣れないうちは気まずいわよね。ここは何とかフォローしなくては!
私が意気込んでいると、すぐそばから大音量の悲鳴が聞こえてきた。
「きゃぁぁぁ!!ロニーくぅぅん!久しぶりだわー!美少年萌えっ!」
シーナが来た。隣であからさまにレヴィンが嫌そうな顔をして、ロニーくんに冷たい視線を送っているわ!しまった、シーナがロニーくんにはしゃぎすぎて、レヴィンがやきもちを妬いている!これは痛恨のミス、これじゃ性格矯正がむずかしくなるじゃないの!
「あ、えっとマレット様、お久しぶりです」
「やだー、そんな他人行儀な!シーナって呼んで」
うん、シーナ、だめだよロニーくん侯爵家の跡取りさんだから。テンション上がってるのはわかるけど、貴族社会的にはそれNGだわ。でもロニーくんはにっこり笑って了承していた。やっぱりいい子!
感動でプルプルしていると、背後からヴィーくんがぼそっと話しかけてきた。
「あの、俺は今日本当にレヴィン様に付くんですか?大丈夫でしょうか、どっかいけオーラがすごいんですけど」
そう、今日はレヴィンが勢い余ってシーナを襲わないように、ヴィーくんを護衛につけることにしたのだ。まぁシーナなら黙って襲われないだろうけど、万が一っていうのがあるから……友達のことは守らないと!
「頼んだわよ、ヴィーくん。私のことはエリーがいるし、リサもいるし、そもそも今日はおとなしくするから」
「……」
あれ、ヴィーくんから疑いのまなざしを感じるわ。主を疑うなんてどういうこと!?エリーが横からヴィーくんの肩にポンと手を置いて、「俺が見てるから」と言って諦めさせてくれた。
◆◆◆
「うわぁ、すごい貸切ね!」
星がよく見える丘にやってくると、シーナが興奮してはしゃぎ始めた。両手を広げて丘を走りながらくるくる回って、ものすごくヒロインっぽい!レヴィンはそれを満足げに見ている。
屋台で串焼きなどを調達し、流れ星がよく見える丘にやってきた。すでに真っ暗だけれど、エリーが魔法で灯りをところどころに浮かべてくれているので足下はよく見える。
光るしゃぼん玉みたいな灯りは、宙にふわふわと浮いていて、指でつつくとほわんとちょっとだけ移動する。エリーに「こんなにたくさん浮かべて疲れない?」と尋ねたら、「マリー様じゃないから大丈夫ですよ~」って返された。なぜ、私=魔法が苦手という代名詞になってるの!?
大きなシートを広げ、そこにテーブルやいすをセッティングすれば即席のピクニック会場が出来上がった。テーブルの上には野営用の銀カップや銀食器、ジュースの入ったボトルが5本並んでいる。
そこに串焼きを豪快に盛った大皿や前菜、スープなどが並べられると一気に賑やかになった。
それにしてもレヴィンはシーナにべったりで、全然ロニーくんと話そうとしない。未だって席に着かず、丘の上でシーナの手を握り一生懸命に口説いている。
最初から助走なしに全力でお砂糖をばら撒くなんて、あの子ったらテーザ様予備軍なの!?
「シーナさんがいるのに他の人間と話すなんて、一分一秒が惜しい」とか言ってる弟は気持ち悪い……。
シーナはというと、大人の余裕というかキャバ嬢の余裕でするりと口説き文句を躱し、気を持たせるでもなく冷たくするでもなく、適切な距離を取っているから素晴らしい。
私は長椅子にひとりぽつんと座るロニーくんの隣に腰を下ろし、ごめんなさいと謝罪した。
「同じクラスだから、レヴィンとお友達になれればって思ってたのに……あの子ったら気が利かなくて申し訳ないわ」
これでは性格矯正計画がとん挫してしまう……。
「大丈夫ですよ。僕はマリー様さえいれば楽しいですから」
「うくっ……!」
な、なんて良い子なの!?本当は淋しいくせに、健気に強がって!感動で涙が出そうになる私は、両手で口元を押さえてプルプルしてしまった。
それを見たロニーくんは、少し私との間の距離を詰め、優しく慰めてくれた。
「みんながいたときはびっくりしたんですけど、でもこれって逆に言えば二人きりになるのを警戒してくれてるってことですよね」
ん?何のこと?よくわからなくて私は目をぱちぱちさせてしまう。警戒って、ロニーくんは危険人物じゃないわ、ただの天使よ。
「弟のようには、思ってほしくないんです」
ロニーくんは囁くように優しい声でそう言った。
「え?ええ、弟だなんて思ってないわ。弟大賞があったら優勝できるくらい模範的で素晴らしいとは思っているけれど、私の弟は残念ながらアレだから……」
私は遠くでシーナと笑っている愚弟を半眼で眺めた。レヴィンの顔が、最近では見たことないほどニヤけている。
たかだか半年程度で背が伸びてシーナより高くなったのは、遺伝子もあるだろうけど執念さえ感じるわ。
ただでさえ上から目線だったのに、今では現実として上から見下ろされているのが悔しすぎる。
私が苦い顔をしていると、ロニーくんが「かわいい顔がだいなしですよ」と労わる言葉をかけてくれた。
なんていい子なの!?こんな弟がいるなんてセシリアが羨ましいっ!
「レヴィンくんはシーナさんに夢中ですね」
そういって二人を眺めるロニーくんは、まつ毛が長くてどこから見ても美少年だわ。しばらく横顔を観察していた私は、ロニーくんが淋しげな目をしていることに気が付いた。
はっ!?もしかして、レヴィンとお友達になりたいと思ってくれてるの!?私の中でどんどん期待が膨らむ。
「ロニーくん……私にできることがあれば何でも言ってね!」
そうよ、あんな性悪の弟だけれど、ロニーくんの友達になったらクラスに馴染むきっかけになれるかもしれない。絶対に二人を近づけなくては!私は気合いを入れて、二人を接触させる機会を伺うことにした。
私の言葉に返事をするようににっこり笑ったロニーくんは、心細いのか寄り添うように隣に座っていて距離が近い。やっぱり知らない人に囲まれて不安なのね。こんなに純真な天使すぎるこの子に気づけレヴィン!
よし、と気を取り直した私は、リサが作ってくれた特製ジュースのボトルを手に取ってロニーくんに勧めた。
「どれがいい?このぶどうのジュースはリサの」
説明しようとすると、ボトルを掴んだ私の手の上に細く大きな手が重ねられる。びっくりして隣を見上げれば、さっきまで微笑んでいたロニーくんが真剣な瞳で私の手を掴んでいた。
「マリー様……」
淡い紫色の瞳がじっと何かを訴えかけてくる。もしかしてこれは……
ぶどうジュースが嫌いなのね?
「それ入れないで」という意思表示なんだわ、だってかなりの力で抑えられているもの!きっと遠慮して言えないんだ。ロニーくんの気持ちを察した私は、目で「わかったわ!」と頷くと、ジュースの瓶から手を離した。
「気づかなくてごめんね」
私がそういうと、ロニーくんはくすりと上品に笑い、私の耳元でねだるように囁いた。
「二人で、話がしたいです」
な、なんですって!?隣を見ると、ロニーくんの淡い紫色の瞳がうるうるとしていた。こ、これは美少年からおねだりされている!
「任せて!」
脚力をフルに使って速攻で立ち上がった私は、すぐさまレヴィンのもとにダッシュしてその腰にタックルをかまし、身柄を確保した。
--ドンッ!
「今よヴィーくん、捕獲して運んで!」
「え!?は、はい」
草っぱらに転がったレヴィンをヴィーくんに担がせ、私はロニーくんの元に誘導した。
「はぁぁぁ!?何すんだよシーナさんと楽しく過ごしてたのに!」
レヴィンは怒り狂っているけれど、いかんせん細身のもやしっ子だから身長はヴィーくんともう同じくらいあっても完全に力では敵わない。呆気なくロニーくんの正面の椅子に座らされ、私はまんまと二人を向かいあわせることに成功した。
「じゃ!あとは仲良くね!ロニーくんがぜひレヴィンと話したいそうよだから、二人で親睦を深めなさいな」
「ちょっ……!姉上」
私はレヴィンを置き去りにし、シーナと一緒に屋台の方へ遊びに行くことにした。もちろん後ろからはちゃんとエリーがついてきている。
ふぅ、いい仕事したわ!