シナリオはつくれる(クレアーナ視点)
クレアーナ・ミルドワードがマリーに出会ったのは七歳のとき。
王妃様のお茶会で、お菓子を食べすぎて気分が悪くなり控室に戻るとマリーがいた。
肩ほどで揃えた白金の髪に大きな瞳、赤い唇はまさに人形のような愛らしさ。それでいて「今、私サボり中なの」と堂々と笑う彼女に衝撃を受けた。
目を離せば迷子になり、同い年なのに自分のことを姉のように慕う笑顔が堪らなくかわいいと思った。しかしすぐに、彼女はあることに気づく。
(この子も転生者なのね……)
クレアーナには、物心ついたときから前世の記憶があった。ここは、彼女がハマっていた乙女ゲームの世界。のめりこんだ作品ではなかったけれど、おおまかなストーリーやイベントは覚えていて、自分の記憶どおりならこのかわいらしい女の子はヒロインのライバルキャラとして登場する悪役キャラ。子供の頃はこんなに愛らしい少女なのに、成長すると婚約者をヒロインに奪われまいと、あの手この手で陥れようとする悪女になるのだ。
ヒロインがフレデリックまたはアリソンルートに入った場合、マリーは悲惨な末路を辿ることになってしまう。
ゲームのシナリオに沿ってすべてが進むなら、マリーは十歳で母親を事故で亡くし、それを機に父親は仕事一辺倒になり、マリーはその美貌と家柄ゆえにワガママ放題な令嬢に成長するはず。
(そんなことは絶対にさせない)
まずは母親の事故死という不幸なシナリオを早々に変えた。頼りない父に代わり、十歳で領地運営に乗り出していたクレアーナは、街道の開発を進めることでマリーの母親が遭うはずだったガケ崩れの原因となる道をすっかり変えてしまったのだ。先にガケを崩してしまえば、崩れるものなど何もない。
両親の愛情を受けて育ったマリーは真面目に勉学に励み、ちょっぴりお人よしで天然なところがあるクレアーナにとって最高にかわいい女の子に成長した。
十六歳になった今、改めてゲームのマリーとの違いを認識して思う。
(バグがすごい! 嫌味のひとつも言えない素直な子になってしまった)
女の戦いが繰り広げられる社交界で生き抜いていけるのかと、これはこれで心配になる。
(転生ヒロインのシーナさんが悪い子じゃなくてよかった……ちょっと変わってるけど)
クレアーナが思うに、今マリーはヒロインからあっさりとフレデリックルートを奪い去って爆走中。マリーが自分という取り巻きを従えているというわけでもなく、むしろマリーが自分に懐いているこの状態もおかしい。
しかもルートに入っているにも関わらず、入学初日から王子のことをナルシストだと毛嫌いし、ほとんどの会話を「ええ」「いいえ」「そうですか」のループでさりげなく躱す。そして街に出たときはフレデリックの誘いをあっさり断り、「自首します」と言い出した。確か街での誘いに乗ると、ロマンチックなスチルが印象的だった星降る丘へのおでかけイベントが待っていたはず。
さらに、誕生日にはテラスから王子がやってきて、一番にお祝いの言葉を言ってくれるというシナリオだった。
誕生日がやってくる前、マリーに「小説の話なんだけれど」という前置きをした上でその話をした。すると驚いた顔で真剣に心配されてしまう。
「窓から男子が来るの? それは警備が甘すぎるわ。クレちゃんの部屋大丈夫?」
(いや、私の部屋には来ないわよ)
いざイベントが強制的に発生しても、サレオスにしか興味がないマリーは警報機を鳴らしフレデリックを追い返してしまった。
(イ、イベント崩壊にもほどがある!)
深夜、自分の部屋に駆け込んできたマリーを抱き締めながら、クレアーナは笑いを堪えるのに必死だった。こうして日々、シナリオはつくり変えられていく。
現在クレアーナは、サレオスルートを改変するのに余念がない。
(どうしたものかしらね……サレオス様と恋仲になるとしても、彼はヤンデレキャラだったはずだし。でもそれもマリー様がシナリオを根本から変えちゃったから大丈夫かな)
クレアーナの記憶では、サレオスは乙女ゲームシリーズの第二弾のヤンデレキャラ。シナリオでは、この夏休み中に兄に会いたくて自国に戻り、そこで自分を狙った刺客によって兄を殺されてしまい心を病む。
もう誰のことも愛さないと決めた彼が二年後に出会うヒロインに惹かれ、「監禁すれば危険な目に合わないだろう」というヤンデレへと覚醒する流れだった。
しかしマリーは、サレオスをテルフォード領に呼んだことで無意識のうちに彼の兄の命を救い、すべての元凶を取り去ってしまっている。
(お兄様が生きている以上、サレオス様は闇部分がなくなって溺愛だけが残るはず……。ゲームなら監禁されてもいいって思えたけれど、いざマリー様がサレオス様の相手になるとなればヤンデレ化だけは絶対に防ぎたいわ!)
クレアーナは、サレオスと仲良く並んで授業を受けるマリーを見て満足げに微笑む。
(シナリオなんて新しく作ればいいのよ。この子の幸せは絶対に私が守って見せるわ!)
二人の様子を陰で見守りながら、一人意気込むクレアーナだった。




