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星祭りの約束

4月も終わりに近づいた頃、図書室でロニーくんに再会した。


5階の比較的人がたくさんいる恋愛小説コーナーから本を借りて移動していると、他国の歴史などが書かれた古い本を持ったロニーくんと曲がり角でばったり遭遇したのだ。


ちなみにヴィーくんはすぐそばの個室で勉強中。私は寮で読みたい本があって、それを探して戻る途中だった。ひとりでうろうろしていたらサレオスに叱られると思ってこっそり移動していたら、知り合いのロニーくんに会ってほっとした。よかった、これでひとりでうろうろしていたことにならないわ!


彼は相変わらず愛らしい笑みで、撫で回したくなる小動物感だった。ふわふわ揺れる金髪がかわいい。


「久しぶりね、ロニーくん」


私の顔はきっとニヤニヤしていて締まりがないと思う。自分では見えないけど。


「こんなところでテルフォード様に会えるなんて嬉しいです!」


おふっ……!まるで犬のような耳が見える、ぴょこぴょこしているように見える!私より背は20センチくらい高いのに、なんでこんなにかわいいんだろう。

はぁ……もこもこの犬が飼いたくなってきたわ。でも本人に向かってそんなことは言えない。


そんなかわいすぎるロニーくんは、少し躊躇いがちに話した。


「あの、もしよかったらマリー様と呼んでもいいですか?レヴィンくんも同じテルフォード様だから」


まぁ!なんていうことなの、レヴィンのことを既に認識してくれているのね!私はもちろん、盛大に頷いて愛称で呼んでもらうことに承諾した。


「もちろんよ!ふふっ、もうクラスには馴染めた?」


私は何気なく聞いたんだけど、彼はこの言葉を聞いた瞬間、急に切ない眼差しになった。しゅんとした表情がまた萌える!


「それが……僕、あまり馴染めなくて」


「ええ!?そうなの!?」


「友達と話すより、本を読む方が好きなんです。人見知りなのもあって……だからこんな風に話せるのはマリー様くらいですよ」


きゃあああ!見つめないで、犬が欲しくなるから!淡い紫色の瞳は吸い込まれそうなほどキレイで、儚げな雰囲気がまた美少年にぴったりだ。どうにかして助けてあげたい、そして犬を飼いたい。そう思わせる雰囲気がある。


「私にできることがあれば気軽に言ってね?」


そういうと、ロニーくんはパッと花が咲いたように笑顔になり、私の右手をぎゅっと握りながらあるお願いを口にした。


「あの……あさってに星祭りがありますよね。それに、一緒に行ってほしいんです」


「星祭り?」


毎年、街をあげて行われている星祭りというイベントは、家族や友達と行くと絆が深まり、恋人と行くと結ばれるというジンクスがある。観光客もたくさんやってくる一日限りの夜のお祭りで、去年私は遊びに来ていたエレーナとリサと一緒に行った覚えがある。


ロニーくんたら、かわいい!そんなイベントに行きたがるなんてまさしく理想のかわいい弟だわ!

私がじ~んと感動に浸っていると、ロニーくんが淋しげに視線を落とした。


「ダメですか?婚約者でもないのに一緒にでかけるとか……すみません忘れてください」


いやぁぁぁ!ロニーくんかわいそう!お友達ができなくて淋しいのね!?私はまっすぐに彼の瞳を見つめた。


「私でよければ一緒に行きましょう!」


「マリー様……僕、嬉しいです!」


天使のような微笑みの後、一瞬だけ瞳が冷たい感じがした。あれ?今なんか違う人みたいだった。気のせいかしら。


「マリー様、どうかしました?」


くっ、この甘えん坊の犬みたいな目が破壊力抜群だわ。


「いいえ、ではまた連絡させてもらうわね!」


「はい!楽しみにしてます。絶対、約束ですよ!」


きゃぁぁぁ、なんていう素晴らしい笑顔!純粋な弟がいたらこんなにかわいいのねきっと……!

あぁ!やっぱりエレーナが昔拾ってきたピンクの熊の魔物を思い出すわ。あの子、ふわふわでかわいかったのよね~。熊だから一年で2メートルくらいになっちゃって、泣く泣く森に帰したんだったわ。元気かしら。リサにも懐いてたし、寮に帰ったら熊の話をしようっと。


私はロニー君と分かれ、勉強疲れで瀕死状態だったヴィーくんを回収するために個室に戻った。



ご機嫌で個室に戻ってくると、そこにはサレオスとクレちゃんの姿があった。ヴィーくんはもちろん白目で意識不明になっている。


「マリー、一人でどこに行ってたんだ?」


扉を開けた瞬間に目があったサレオスは、声も顔も優しいけれど目が笑ってない!そしてやっぱり今日もかっこいい、存在がもはや凶器……ってそんなこと思ってる場合じゃない。


クレちゃんはヴィーくんの頭に濡らしたハンカチをあてながら、私を見て微笑んでいる。


「あ、あの……もう授業終わったんだ、早かったのね」


しまった、迎えに来てくれるまでには戻ろうと思ってたのに間に合わなかった。本を抱きしめ、個室の壁にへばりつく私は「これ怒られるやつだ」と瞬時に悟る。最近ほっそりしてしまったクレちゃんを縋る目で見つめるけれど、ふふふっと笑った女神はスッと席を立ち、ヴィーくんの襟を掴んで立ち上がらせた。


「では、私たちはこれで。マリー様、サレオス様からきちんとお叱りを受けてね?」


「わぁぁぁクレちゃん!」


あぁ、ヴィーくんはかろうじて自分の足で立ってるけど、ヨロヨロしながらクレちゃんに引きずられるように連れていかれてしまった。……大丈夫かしら。


ーーバタンッ


扉の隙間から、去っていくクレちゃんたちを覗いていたら、そっと扉が閉められた。あらこれ自動だったかしら、ってそんなわけないわ。私の背後には心配性を発動してお怒りモードのサレオスがいつのまにか立っていて、その手は扉のノブに伸びていた。


「さて……一人で動かないようにと言ったはずだが」


吐息がかかるほどの耳元で、低い声が静かに響く。全身にゾクッと震えが走り、私は扉に向かったまま振り返るのを躊躇してしまう。前方は白い扉、右側は壁、左側にはサレオスがノブに手をかけたままなので私の逃げ場はまったくない。これぞまさに四面楚歌。


「ご、ごめんなさい……!すぐそこに借りたい本があってその、近くだし大丈夫かな~なんて」


うん、実際に大丈夫だったよ!?


「ここに来たときマリーの姿が見えなくて、どれだけ心配したと思ってるんだ」


過保護っ!私が驚いて振り返ろうとすると、背後から腕がまわされてぎゅっと抱きしめられた。


「ひぅっ……!?」


きゃぁぁぁ!背中にのしかかる重さとあったかさがたまらなくキュンだわっ!

思えば最近一緒に居られる時間が少なくて、こんな風にぎゅってしてもらうこともなくて我慢してたもの……!久々の触れ合いで一気に体温が上昇する。


「あの、でもっ、大丈夫よ!?さっきそこでロニーくんに会ったから一人じゃなかったもの」


「ロニー?」


「ええ、セシリアの弟さんでレヴィンと同じクラスなの……ってちょっ」


きゃぁぁぁ!なんかものすごい抱き締められてるー!びっくりして目を見開き絶句していると、低い声がぼそぼそと何やら呟くように発せられた。


「また……またおかしなのが増えるのか……次から次へと」


私はぎょっとして、サレオスの腕を一生懸命ほどいてどうにか向き合い、不満げなオーラを発する濃紺の瞳を見上げた。


「おかしなのって、ロニーくんのこと!?おかしくなんてないわよ、とってもいい子なんだから」


あんな天使は他にいないわよ?私は必死で訴えかけるけれど、サレオスはまったく信用してくれない。


「マリーは人を見る目がないと思う」


「え」


なんてこと言うのよ、サレオスを好きになった時点で見る目あるわよ!


「それに今だってこんなに簡単に捕まるだろう。警戒心というものがなさすぎる」


「それはっ……」


言えない、まさか「大歓迎なんで、あなたにはむしろ自ら捕まりに行っています」なんて言えない!長い腕に包み込まれ、頭に顎を乗せられてしまえば、完全に捕縛完了だわ。確かに私は防御力も攻撃力もないに等しいけれど……。

私は少しむくれつつも、考えていることを彼に話した。


「ロニーくんはレヴィンを浄化するために必要な人物だと思うの!心の清らかな人と一緒に過ごしていると、レヴィンもまともになると思うんだけれど……どうかしら!?」


もぞもぞと身動きをしてどうにか空間を確保するも、私の目線はサレオスのタイにある。急激にドキドキし始めた心臓は、いくら深呼吸しようとも一向に静まる気配がない。

大量のキュン発生に私が悶えているとも知らず、彼は私の顔をのぞきこむようにして屈み、残念な予想を告げた。


「どうかと言われても……むずかしいと思うぞ」


うっ、さすが現実的!ちらっと見上げると、なぜか哀れみの目を向けられていた。え、そんなに無理なの?レヴィンは浄化できないの?もう悪魔祓いのプロとか雇うしかないのかしら。


「「……」」


しばらく無言が続いた後、もう一度ぎゅっと抱きしめられてさらに私のキュン死にフラグが乱立する。


「あの……」


「ヴィンセントの仕事はあくまで護衛だ。使い物にならないほど勉強させてどうする」


うっ……それは確かに。


「ごめんなさい」


だんだんと温かくなってくる腕の中で、私は開き直ってここぞとばかりに彼の背に腕を回した。たまにやってくる貴重な触れ合いを逃すべからずだわ!深呼吸して瞳を閉じると、世界で一番幸せなのは私じゃないかと思えてくる。


「学園内だからといって一人でうろうろするのはよくない」


「はい、気をつけます」


いやいや、本来は平和で安全な学び舎のはずなんだけどそのあたりはどうなってるのかしら。私は答えながらも違和感を抱く。


「俺が忙しいせいであまりそばに居られないから……」


ん?何かしら、降ってくる声がめずらしく弱々しいわ。片腕で私を捕獲しつつも、もう片方の手で白金の髪をくるくると指に巻きつけて、なんだか拗ねてるみたい……って、え?拗ねてるの!?まさかサレオスに限ってそんなバカな。


私はそおっと見上げて、その端正な顔立ちを観察してみた。あぁ、今日も濃紺の瞳が吸い込まれそうなほどきれい……ってちがう、そうじゃない。そこじゃない。


「サレオス……?」


「なんだ」


少し痩せたかしら、なんて思って頬をペタペタ触って確認していると、唇に軽いキスをされてまたぎゅうっと強く抱きしめられた。


「うぐっ!?」


うきゃぁぁぁ!痛い痛い痛いっ!

私が令嬢らしからぬ悲鳴を上げたことで、彼は驚き慌てて腕を緩めた。


「すまない、大丈夫か!?」


「うっ……ゴホッ……だ、大丈夫」


なんだろう、いつもと全然違う。もしかして……もしかして。


「サレオス、もしかして淋しかったの?」


いやいやまさかね、私じゃあるまいし淋しいとかないわよね!私ったらあり得ないこと言ってしまったわ。

ほら、突拍子もないことを口にしたからサレオスが唖然としてる。自惚れてると思われるかも、私は急に不安になって視線を落とす。


「そんなのあり得ないわよね、ふふっ」


「……」


しばらく返事がなかったからゆっくりと顔を上げれば、固まったままのサレオスとばっちり目が合った。

あれ、ちょっと顔が赤い。


「えっ!?……まさか本当に?」


私がびっくりして目を見開くと、頭を押さえつけられるように勢いよく抱き寄せられた。


いやぁぁぁ!またとない萌えがぁぁぁ!顔をっ、顔を見せてくださぃぃぃ!

私は必死でもがいてサレオスの顔を見ようとするが、腕力では絶対に勝てない。


「マリー、動くな!」


「どうして!?見たいっ!顔が見たいの!一生のお願いぃぃぃ」


「一生のお願いをしょうもないことに使うな!」


「しょうもなくなんてないわ!国宝級の萌えが!」


「前から気になってたがその萌えとは何だ!?」


あ、萌えに食いついた!どうしよう、一言では説明しきれない。それにこうしている間にもサレオスの表情はいつも通りに戻ってしまった。


「……くだらない、淋しいなど」


そう呟いた彼はものすごく苦い顔をしていた。


「……」


私はついしょんぼりしてしまう。はい、わかってました!淋しいのは私だけなんですね、すみませんでした!

そんな私を見て優しいサレオスは慌てたように眉を下げた。


「サレオスなんて……サレオスなんて……」


くっ!好きとしか言いようがない!この後なにか言いたいけれどたいしたことが思い浮かばないわ。ぐっと押し黙る私を見て、サレオスは不思議そうな顔をしている。


そうね、テルフォード領に帰ったときは淋しかったって言ってくれたけど、今回は毎日会ってるものね。これで淋しいなんて、やっぱり私がおかしいんだわ。


「私は淋しかったのに……」


いじけた私は抱き合ったまま俯いて、彼のみぞおちあたりに額をぐりぐりしてみる。このままどうにかして内部に溶け込めないかしら。そうすればずっと一緒にいられるのに、そんなバカなことが頭をよぎる。


「マリー」


サレオスは身体を少しだけ離すと、そのきれいな指で優しく私の前髪を整え出した。左手は私の背に回したまま、右手で丁寧に髪を流していく。二人きりでこんな風にされていると、世話を焼かれているというか大事にされてる感じがむずがゆくなってしまって照れくさい。


視線を逸らしていると、呆れたように笑ったサレオスが私の背中をそっと撫で、ゆっくりと屈んで優しく唇を重ねた。


緊張で身体が硬直するけれど、柔らかい唇の感触に思考が鈍る。もう、ただ好きっていう気持ちだけでいっぱいになって息苦しい。

毎日会えて、たまにこんな風にキスしてもらえて、それなのに淋しいなんてどうかしてるわね。


長い口づけの後、濃紺の瞳を見上げればとても穏やかで優しい色をしているように思えた。はぁ……好き。お嫁さんにしてほしい。


こんなに好きなのに、卒業したら離れ離れになっちゃうのかしら。好きすぎてテンションの浮き沈みが激しいと自覚があるから、「こんなことではいかん!」と私は頭を左右に振って悪い想像を消そうとする。


するとサレオスが私の髪を撫でながら、ふと思い出したように来月のことを口にした。


「来月の8日からしばらくの間、兄上たちがこっちに来る。俺の誕生日を祝いに、というのは口実でアガルタを見て回りたいらしい」


え!?お兄様ってサレオスに似てるっていう王太子様よね!?


「来るのは兄上とアマルティア義姉上と、それからもうすぐ一歳になる甥のレオンだ。マリーを紹介したい」


「え……?」


サレオスの言葉に私は驚愕で目を見開く。そ、それはどのポジションで……?友人としてなのか、それとも恋人としてなのか……。しばらく黙ったままの私を見て、サレオスは不思議そうな顔をした。


「マリー?どうした」


「あ、えっと、嬉しいわ。私も会ってみたい」


聞けないぃぃぃぃ!!「私ってあなたの何として紹介されるんですか」なんて聞けないぃぃぃ!!何とか平静を装ってにっこり笑った私に、サレオスは優しく目を細めた。


「今回は表立った訪問じゃない。だから気を遣わずに一緒に食事でもするつもりでいてくれたら」


「わかったわ」


「あぁ、クレアーナも一緒に行く。さっきその話をしていたんだ」


あぁ!そうなのね!?叔父様の婚約者であるクレちゃんの紹介がメインか!なるほど、私はおまけね……ちょっと期待しちゃったわ私ったら。でもせっかく来てくれるんだから、きちんとご案内しないとね。一応、外務大臣の娘なわけだし、サレオスとクレちゃんと親しい間柄なんだし。


サレオスによると、王都のすぐ北にある港町・バナンに5日前後滞在する予定らしい。そこまでは馬車で一時間もかからないから、私は当日にサレオスとクレちゃんと一緒に向かうことになった。


「マリーは、バナンに行ったことはあるのか」


「ええ、おじいさまの拠点があるから何度か。お母様が出資した商店もあるから、あの街の人たちには昔からかわいがってもらってるわ」


学園に入学してからは行けてないから、約一年半ぶりだろうか。そういえばお父様を襲撃して楽しんでいたリュックさんが、今の時期ならバナンにいるはずだわ。


「おじいさまもひょっとしたら戻ってるかも。冬は魔物狩りで飛び回ってるけれど、春先から夏はバナンかテルフォード領の別荘で過ごしているのよ」


「ロッサム伯爵か……うちの脳筋兵士たちが一度手合わせしたいと信仰している」


信仰!?おじいさまが武人として有名なのは知ってたけれど、まさかトゥランにも信者がいたなんて。


「おじいさまがバナンにいたら、会えるかどうか聞いてみるわ。まだ戻ってないかもしれないけれど」


エリーは実家があるから行きたがらないだろうなと思いつつ、私は来月になるのが待ち遠しいくらい楽しみになった。


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