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勉強会

新学期になり早2週間。今日は授業が午前中だけだったので、図書室の学習コーナーでヴィーくんのための勉強会を行なっている。

本人は卒業なんてする気はまったくなく、あくまで私の付き添いだと言っているが、やはり生きていく上で最低限の勉強をしておいた方がいいということで現在に至る。


とはいえ、紫の髪が抜け落ちるんじゃないかと思うほど、左手で無意識に髪を掴み悩みまくっているヴィーくんを見ると哀れに思えなくもないわけで……。


「はい、ここにヴィーくんがいて、暗殺するターゲットが100メートル先にいます。でも逆方向にも100メートル先に二人目のターゲットがいます。一人目を倒し、二人目に行くまでに時速50キロで移動するとしたら……」


まともな例文は今度また考えるとして、少しでも身近なものがいいと思ったんだけど、これがまた進まないのよね。


「一人目は投げナイフで、二人目は毒針を使えば遠距離からも攻撃できますが」


「はい、だめです。飛び道具は禁止します。あくまで接近戦で!」


「うっ」


そんなに難しい要求してないんだけどな……。

どこがわからないかわからない、そんな状態のヴィーくんの正面に座り、私はひたすら根気よく計算を教えていた。


「あ、マリーやっぱりここにいた」


「アリソンせんぱ、じゃなかった、先生」


個室スペースの仕切りから顔をひょこっと見せたのは、2週間で人気講師となってしまったアリソンだった。


「いいよ、先輩のままで」


さりげなく個室スペースの中に入ってくると、私の目の前に5冊の本をドサっと置く。


「これは?」


私が尋ねると、柔らかく優しい笑顔で一冊の本の中身をペラペラとめくって見せた。


「マリーのための参考書だよ。こないだの続きだね」


見れば大事なところにメモが貼ってあり、試験対策のようだった。私が補習にならないように協力してくれるらしい!


「ありがとうございます!これで補習は免れる!」


感動のあまり笑顔でお礼を伝えると、私なんかよりずっと美しい笑顔で返された。


「いいよこれくらい。未来の愛する妻のためだからね!」


「え……その話はお断りをしたのに」


私が眉根を寄せたのを見て、アリソンはくすっと笑った。そしてヴィーくんの隣に座り、見るからに悩んでいるところをみて個別指導に入ってくれた。


そして気づけば二時間後。

ヴィーくんは白目で椅子の背もたれに身体を預け、勉強酔いなる症状が出ていた。口から白い塊が出ているのは息であり、魂だとは思いたくないわ!


「すみません、寝させてください……」


そう言って完全に意識を飛ばしてしまったヴィーくんは、もう今日は使い物にならなさそうだ。しばらくそっとしておこう。


斜め前に座るアリソンは、どこからどう見ても先生らしくはない。ただのイケメンである。シーナも呼べばよかったわ、と思った。


「そういえば……いつから研究講師をやるつもりだったんですか?」


私の問いかけを受け、彼は長い脚を組み直してしばらく考えてから話し始めた。


「そうだね~去年の今頃は何も考えずに生きてたけど、秋頃かなぁ真剣に希望したのは」


よくノルフェルトのおじさまが許してくれたな、と思っていたらどうやら顔に出ていたようで、アリソンは詳しく話してくれた。


「俺ってさ、ノルフェルト家の中では防御特化タイプで異質なんだよね~。結界は張れるけど、属性魔法を持たないから攻撃力ゼロ。剣も体術も苦手じゃないけど好きじゃないんだよね」


確かおじさまは騎士団出身の戦闘バリバリの人だったなぁ、と思い出す。


「俺以外の家族や親戚はみんな攻撃特化なんだ。火とか雷とかの魔法でバンバン攻撃する好戦的なやつらばっかり。だから『跡取りなのに役立たずだな』って昔からよく言われたよ」


それであんなに素行不良のエロ兄さんになっちゃったのね……。


「本当は城で文官になる予定だったけど、父からは五年だけだって猶予をもらったんだ」


何でもないように話すけれど、五年で成果が上がらなければ、ますます親戚の間で立場が悪くなるだろうからけっこう大変なのでは……。

私はそうまでして何をやりたいのか気になって尋ねた。


「先輩は何の研究をしてるんですか?」


「防御魔法とそれ関係の魔法道具の研究だよ。結界を張ると魔力の消耗が大きいから、それをもっと簡単な道具にできないかと思ってね」


うおっ、なんだか私にはむずかしい話だわ。


「結界ってさ、面と面が合わさってできてるのは知ってる?正方形とか長方形、五角形とか」


そういえば昔エリーが教えてくれたような。魔力の少ない人は文房具の下敷きみたいなペラペラの面しか作れないけれど、高位レベルになればなるほど多角形の結界をつくれるって。


私は黙って頷いた。


「でも、一番強いのって円なんだよね。魔力を均等にできるから、防御力が高いんだ。でも限られた人にしか作れない。魔力が多いだけじゃなくて、経験とか器用さも求められるからね~。

俺はそれをどうにか魔法道具で作り出せないかって研究してるんだけど、こないだレヴィンがバズーカの中で魔力を圧縮する方法を教えてくれてさぁ」


え、まさかの愚弟が絡んでた!


「あの子、先輩にバズーカ見せたんですか!?」


しまった、我が家のおかしな部分がバレた!犯罪のにおいしかしないあの武器を見せたのか!?


「うん、授業終わりに魔力の圧縮と効率化の話で盛り上がっちゃって、どうせなら寮の部屋でバズーカ見ないかって言われてね~お言葉に甘えて見せてもらったよ」


「えええ……」


まさかあの万年反抗期が先輩と仲良くなるなんて……趣味ってすごい。「魔法道具作るやつはみんな友達」的な理論なの!?オタク友達なのかしら、あ、先生だった友達じゃないわ。


「ついでにマリーとの結婚について協力してよって軽く言ったらさ」


「はぁ!?」


「利益があればねってあっさり断られたよ。あの目的のためなら手段を選ばないところとか、合理的に計算して動くところとか、テルフォードのおじさんにそっくりだね彼は」


「……」


あぁ、あの子ったら仮面の下の性格の悪さがバレちゃってるわ。これは本当に、早いところロニーくんに浄化してもらわなきゃ。

私が頭を抱えていると、先輩が肘をついて嬉しそうにこちらを見ていた。


「なんで笑ってるんですか」


ぼそっと呟くように訪ねた私は、つい拗ねたようになってしまう。


「ごめんごめん、マリーとこんな風にゆっくり話せるのが嬉しくて。あ、別にマリーのそばにいたくて講師になったわけじゃないよ?でもやっぱり近くにいられるのは嬉しいんだ……サレオス殿下が羨ましいよ」


愛おしいという気持ちを隠さずに、じっと見つめられると居心地が悪くて視線を逸らしてしまう。どうしよう、本格的にお断りする手段がわからない。言葉でも態度でも示しているのに、諦めてくれる気配がない。


「あれ、そういえばサレオス殿下は?俺とこんなところで喋ってたらヤキモチ妬くんじゃない?」


「ちょっと忙しくて……最近はあまり時間が取れないんです。でもヤキモチ妬くなんてそんな人じゃないですよ?」


うん、私と違ってストーカーじゃないからね。


「なら今がチャンスだね!ほら、よくあることだよ忙しくてすれ違って、いつのまにか心が離れていくってやつ」


少し意地悪く笑ったアリソンは、私がペンを握っている手に自分の手を重ねようとする。


ーースッ……


当然、よけた。前に、不用意に触らないって言ってくれたの忘れたのかしら!?

何が楽しいのか、私に避けられてもアリソンはニコニコ笑っている。


「心が離れるも何も、私はストーカーの国家試験があるならトップ通過できるほどの女ですから。必死でしがみつきますから」


「いや、マリー、絶対にそんな試験はないよ」


うん、そりゃそうよね。試験会場に来た全員が逮捕されるわ。

はっ!でもサレオスが忙しい間に私のこと忘れちゃったらどうしよう。私もアイちゃんみたいに何か差し入れをしようと思った。


「先輩……」


「ん?なに?」


「差し入れはなにがいいんだろう」


「え、話が飛びすぎだね。しかもそれ俺に聞くんだ。もしかしなくてもサレオス殿下への差し入れだよね。それは俺に聞いたのがバレると叱られちゃうよ?」


「先輩は元・遊び人だからそういうのに詳しいと思って。でも寮に戻って、やっぱりクレちゃんに相談します」


「うん、そうして」


私はヴィーくんを起こすと、アリソンにお礼を言って寮への道を急いだ。


「ねぇ、ヴィーくん。サレオスに差し入れを持って行こうと思うんだけど、何がいいと思う?」


問いかけると、彼は紫の頭を少し傾けて何やら思案してこう言った。


「一時間ほどいただけるなら、狩ってきます」


え?なにを?嫌な予感がする。


「ヴィーくん、なにを ()る気かしら?」


「もちろんサレオス様に来た刺客を」


いやいやいや、どんなホラーな差し入れよ!?それにたった一時間で誰か狩れるほど来るの!?そんな恐ろしい意見はもちろんボツだ。


結局、私は素直にクレちゃんの部屋に直行した。



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