トゥランっ娘との再会
放課後になり、私たち女子四人組はカフェテラスへと向かった。ここでアリーチェさん、リータさんと待ち合わせしているのだ。クレちゃんはルレオードのパーティーで挨拶だけはしたらしく、何となく覚えているくらいだと言っていた。
カフェテラスの一番広いスペースで、半個室のように仕切りがあるテーブルにトゥランっ子の二人はすでに到着していた。私が手を振ると、アリーチェさんがにっこり笑って迎えてくれる。
後ろを付いてきていたヴィーくんが、スッと気配を消してその姿もどこかに消えた。あ、今日はアサシンモードで潜むのね?
「マリー、久しぶりね!こちらの方々は皆さんお友達?」
アリーチェさんの目がキランと光った。赤い髪の縦ロールが威圧感抜群で、いかにも高位貴族のご令嬢という雰囲気が漂っているわ。それに数々の修羅場を渡り歩いてきた公爵令嬢だけあって、初対面の令嬢のことは警戒するみたい。
私は「安全なお友達ですよ!」とシーナやアイちゃんを紹介した。アイちゃんはアリーチェさんの圧にビビりすぎて、全身をガクガク震わせていて小動物みたいになっている。どうしよう、ちょっと会わせるのが早すぎたかもしれない。
「まぁ、マリーが信頼している友達なら安心ね」
ふふふと満足げに笑うアリーチェさんは、私たちにも着席を勧めてくれた。
その隣で、長い黒髪をハーフアップにしたリータさんが細い目をさらに細めて優しく見守ってくれている。リータさんも手紙で婚約が決まりそうだと言っていたけれど、どうしても相手が気に入らなくて留学を押し切ったらしい。
「もう、本当にトゥランの男性は地味なんですの」
心底困ったという風に話すリータさんに、アリーチェさんがうんうんと同調する。そこにシーナが手を挙げて「詳しく伺いたいわ!」と率先して会話に乗り出した。アイちゃんも小説のネタ探しのために、トゥランの恋愛事情に興味があるらしく、前のめりで話に参加し始めた。
しばらくの間、トゥラン男性がよくいえば大人で落ち着きがあり、悪く言えば地味で面白みがないという話というか愚痴で盛り上がった後、シーナが「あれ?」と疑問を呈した。
「ねぇ、テーザ様ってすごく明るくて優しい人じゃない?特殊タイプなの?」
シーナに話を振られたクレちゃんは、焼き菓子を飲み込んだ後「もちろん特殊だわ」と答えた。まぁ、叔父様みたいなプレイボーイがそこら中にいたら大変だわ、と私は思う。
「ロッセラさんの婚約者さんは?」
私が尋ねると、トゥランっ子は顔を見合わせて首を静かに振った。アリーチェさんは、口元を歪ませて話す。
「あの子は見た目に絆されたのよ。なんていうか……ちょうどいい美形だったのよ、サレオス殿下と違って」
ちょうどいい美形って何!?私の頭にハテナが飛んでいると、リータさんが説明してくれた。
「ほら、目鼻立ちが整っていて、目立たないけどよく見たらイケメンに見えなくもないみたいな?とにかくちょうどいいのですわ!」
わかるようなわからないような……。
「ふふふ、あの方もたいがい無口ですわね。ロッセラが嘆いていましたもの『顔合わせのとき、二時間一緒にいて相槌しか打たなかった』と。ま、でもちょうどいい美形なんで顔を見てれば時間は過ごせますわ」
アリーチェさんの批評に、私はつい笑ってしまった。なんだかんだで、一緒に留学できなくて淋しいって気持ちが見え隠れするのも可愛く思えた。
私は二人に対して、アガルタの印象を尋ねる。
「で、留学してみてどう?まだ初日だけど素敵な人は見つかった?」
一学年下に留学した二人だけれど、年齢に関してはさほど気にしていないようだった。私が話を振ると、リータさんが興奮気味に拳を握って熱弁を始めてしまう。
「マリー様!そうなんです、クラスにものすごい美形がおりましたの!見た瞬間に全身が震えましたわ」
え、全身が震えるってそれやばくない?一個下にそんな美形がいるんだ!びっくりだわ。
「それって一目惚れ?恋したってこと?」
私が食いつくと、リータさんがぶんぶんと首を勢いよく左右に振って否定した。
「いえいえとんでもない!ぜひ遠巻きに愛でたいと思います、決して近づきませんし邪魔しませんわ。お幸せを願うのみです」
あら、ファンみたいなものかしらね。しかしその後、リータさんが衝撃的なことを言った。
「あ!その方はテルフォード様とおっしゃるのですがご親戚ですか?」
「はぁ!?……まさかと思うけどレヴィン?」
「ええ、レヴィン様です!藍色の髪に済んだ瞳が美しい男子よ!」
どうしよう、リータさんが愚弟の外見に騙されているわ。私は視線を落として答えた。
「それ、うちの弟……なんかすみません」
「まぁぁぁ!!素晴らしいわ、ぜひ今度、遠くからのぞかせてね!」
「あ、やっぱり近くじゃなくていいんだ」
「もちろん!遠くがいいんですわ」
私としても愚弟の中身を知られるよりは、遠くから愛でてもらう方がいい。まさかあの王子様風の見た目で、姉のみぞおちを殴って気絶させるような中身だとは思うまい。そして王太子様にバズーカを撃つ傷害未遂歴があるとは……。
苦笑いの私をよそに、アリーチェさんはここにいないロッセラさんについて再び話題にした。
「でも私たちの中ではロッセラが一番の美形好きなのよ?だからレヴィン様の姿をあの子が見られなくて、そこだけは胸がスッとしたわ!」
どうやらアリーチェさんは、先に婚約してしまったロッセラさんにちょっぴり嫉妬しているみたい。まぁ、これまで一緒にがんばってきたから複雑な気持ちはわからないでもないわ。
ところがアリーチェさんの発言を聞いたシーナが、突然ビクッと全身を跳ねさせてひとり言を叫んだ。
「はっ!ロッセラ、ロッセラさんよ!え、え、え!?留学してないってことは、レヴィンルートは崩壊?」
「は?何をおっしゃってるの突然」
しまった、きっと何かシーナは思い出したんだわ。怪訝な顔をする、というかシーナの奇行にやや引き気味なアリーチェさんをクレちゃんが優しくなだめた。
それからしばらくすると、アイちゃんが恋愛小説のサークル活動があるということで先に寮へ帰っていった。途中でジュールにお菓子を差し入れにいくらしい。もう奥さんみたいになってるけど、まだ結婚の話は一切出ていないというから不思議だわ。
私たちがお昼ごはんを食べ終わってのんびりしていると、アリーチェさんが突然イレーア様の話を切り出した。トゥランの貴族の間では、色々と噂が回っているらしい。クレちゃんとシーナには私から事前にイレーア様の話はしていたので、「あぁ、噂の魚顔の」とシーナがすぐに反応していた。
「んふふ、サレオス様が万が一ブス専だったらイレーアが有利かと思われたけど……どうやら疑惑で済んで何よりだわ!」
アリーチェさんは優雅な所作で珈琲をひとくち飲んだ後、さらにイレーア様についての噂を言及した。
「なんでも、従者の方を婿に迎えて、辺境の親戚の伯爵家を継ぐことになったんだそうです」
その言葉にいち早く反応したのはクレちゃんだった。
「それってつまり、田舎でおとなしくしろという罰ですよね?」
私は紅茶をゴクリと飲んだ。確かに、王子様の婚約者候補にまでなっていた令嬢が、従者と結婚して伯爵家(しかも辺境)に行くってなるとみんな「あいつ何かやらかしたな」ってわかるわね。多分というか、絶対私に薬を盛ろうとしたことが原因だな。
アリーチェさんはクレちゃんの問いかけに頷くと、声のボリュームを落として話を続けた。
「実は、どうやらその結婚も婚約をせずに急遽だったらしいのです。従者の方と恋仲を越えて深い仲になったのでは、と噂になっていましてよ!」
「ごふっ!」
私は飲んでいた紅茶を噴きこぼした。クレちゃんがすぐにハンカチで拭いてくれたおかげで、制服がシミにならずに済みそうだ。私の反応を見たアリーチェさんが「あら?」と不思議そうに黒い瞳を向けた。
「マリーは知らなかったの?」
「え、ええ。最近の話は知らなかったわ」
だってすっかり忘れてたもの!その後に色々大変だったもので。
「アガルタからトゥランに戻ってきた後、しばらくの間は夜会や舞踏会に参加なさってたのよ。でも確かに私が見かけたとき、従者の方とただならぬ雰囲気を醸し出していたわ。あのブス……じゃなかったイレーアは高慢で高飛車でいけ好かない女だったのに、すっかり態度がおとなしくなっていたからおかしいと思ってたのよ!」
相変わらず人の好き嫌いが激しいアリーチェさんは、イレーア様が嫌いらしく嬉しそうに話していた。目が完全に「ざまあみろ」と言っている。
クレちゃんは私の様子を見ながら、「もう会うこともないし大丈夫よ」と大人の意見を述べた。
イリスさんにはあのとき「厳罰を望まれますか?」って聞かれたけれど、もう私の人生に関わりさえしなければ厳罰は望まない。あまり興味がないというか、怖かったけど恨んでるかって問われると微妙なところなのよね。どうか末永く、従者の方と仲良く暮らしてほしいものだわ。
一人納得して頷いていると、アリーチェさんが瞳をきらきらさせてたずねてきた。
「ねぇマリー、サレオス様とはどうなの?泣かされてない?」
私はすぐさま否定した。
「まさか、とても優しくしてもらってるわ!幸せよ!」
はっ!?幸せって言っちゃったわ!どうしよう、特に結婚の約束もしてないのにこんなに幸せだなんておかしいかしら?頬が緩む私を見て、トゥランっ子のふたりはさらにニヤニヤしだした。
「そうよね~ルレオードであんなにイチャついてたものね~」
ひぐっ!?それを持ち出されると恥死量オーバーですよ!?
「あ、あれはその、婚約者候補を遠ざけるための演技だったって話したじゃない!」
恥ずかしくて真っ赤になって反論したけど、何を言っても「ふふふ、マリーったら照れちゃって」と余裕であしらわれてしまった。
ニヤニヤしてる、ものすごくニヤニヤされてるわ!
両手で顔を覆ってテーブルに突っ伏していると、クレちゃんがあらあらと言いながら背中を撫でてくれた。今日も女神が優しい。私をクレちゃんの嫁入り道具に入れて欲しい。
もうこのままクレちゃんに抱きついてしまおうか、そう思っていると、リータさんがカフェテラスの入り口を見て「きゃあっ!」っと小さな悲鳴を上げた。何事かと振り返ると、こちらに向かってきているサレオスの姿があった。
彼は私たちの姿を見つけると、ゆっくりと歩いてきてすぐそばに立った。アリーチェさんたちは慌てて立ち上がり、公爵令嬢の仮面を一瞬でかぶって挨拶をする。さっきまでのニヤニヤが嘘のようだわ。
「あぁ、そういうのはいい、ここは学園だから」
サレオスは彼女たちの挨拶を適度に止めると、私の方を見て「変わりないか」と尋ね、指でそっと私の髪に触れた。
「うっ……!」
アリーチェさんたちもいますから!びっくりしてオロオロしていると、私の顔がおかしかったのかサレオスは少しだけ笑って、申し訳なさそうに眉を顰めた。
「マリー、今日は叔父上と食事の約束があるから先に帰るよ。ヴィンセントがいるのはわかっているが、絶対にひとりになるな」
「は、はい……」
そしてクレちゃんに向かって「マリーを頼む」というと、席には座らずにすぐにその場を去ろうとした。気にかけてくれているのが嬉しすぎて、キュン死にしそうだわ!
マリーを頼む、だなんてまるで私がサレオスのものみたいじゃないの!?幸せすぎて壁に頭をぶつけたい衝動に駆られる。そのうち「妻を頼む」になるのでは!?きゃぁぁぁ、どうなの、それはいつなのー!?
半個室の壁からこっそりとサレオスの後ろ姿を眺めていると、アリーチェさんたちが私と共にサレオスを観察しながら呟いた。
「わ、笑っておられたわ……気のせいかしら」
「いいえ、アリーチェ様、確かに笑っておられました。それにマリー様を見るあの慈しむような目……!美形の破壊力を目の当たりにしましたわ!やはりイケメンは遠巻きに愛でるに限ります。レヴィン様のファンクラブを早急に作りましょう」
おおっ、なんだかイケメンは愛でるものという真理に到達したみたいね!でもレヴィンのファンはやめた方がいいと思うな……。
私たちは学園でイケメンを見つけたら報告し合おうと約束して、この日のお茶会を終了した。