新学期
卒業パーティーの公開婚約申込の後、私は一週間ほど学園を休んでから必須科目のみに出席した。一年生の単位は取れているから、自由登校な科目も多かったので生徒はまばらで、でも私は案の定、周囲から好奇と嫉妬と怨念の目を向けられることになってしまったわ。
でも、朝はクレちゃんたちの誰かと一緒に登校するし(もちろんヴィーくん付きで)、帰りはほとんど毎日サレオスが送ってくれるし、何事もない平穏な日々を過ごせているから問題なし。
なぜかサレオスの過保護がさらに強力になっていて、すれ違う見知らぬ生徒にまで威圧することがあるのが少し気になる。
威圧というか殺気というか、もしサレオスと仲良くなりたい人だったらどうするのかと、お友達チャンスを逃しているわよと内心ひやひやしている。帰り道は、学園の外に一歩出れば常に手を引かれて歩くようになり、毎日押し寄せるキュンが飽和状態なのも困る。
最初の頃は手を繋げるのが嬉しくて浮かれていたけれど、最近では「もはやこれは強制連行されてるだけなのでは?」と疑い始めている。なんで王子様の警戒心がアサシン並みなんだろう……。
そういえばフレデリック様が卒業パーティーの後にデートに誘ってきたけれど、病弱設定というか本当に風邪気味だったので、寮の応接スペースで5分だけの面会をした。持ってきてくれた花束にお礼を言ってお茶を一口飲んだら面会時間は終了したわ。
にも関わらず、エリーがその夜にサレオスを普通に部屋に迎え入れてしまっていたからびっくりした。なんだか最近、周囲からの圧力がすごい。
「そんなに露骨にしたら、私がサレオスを好きだってバレる!」
エリーに抗議したら衝撃的なものを見るような目で見られた。え、どういうこと、もうバレてるの?ねぇ、バレてるのかしら?
「マリー様、一緒にがんばりましょう」
なぜかしら、エリーが私を励ましてくれた。これは監禁されるくらい好きになってもらえってことなのかしら?でもその兆候は残念ながらまったくないわ。結局、公館への家出のときもすんなり解放、というか帰るのをあっさり見送ってくれたし。やはり監禁への道は遠い。
そしていよいよ今日から新学期。ほんっとうに色々なことがあったけれど、どうにか進級して二年生になれた。ジュールはギリギリで進級できたらしく、ほぼ毎日のように勉強に付き合っていたアイちゃんが涙ながらに「まさかあれほどとは思いませんでした」とその苦労を語っていたのが記憶に新しい。一体どれほどバカだったんだろう……詳細を聞くのがためらわれるほど、アイちゃんの顔がやつれていた。
それはひとまず置いておいて。
朝、入学式をのぞきにいこうとすると、サレオスが私を迎えに来てくれた。「以心伝心で夫婦みたい」と喜んでいたら、前日の時点でエリーがサレオスに連絡してただけだった。ちょっとキュンだったのに。
あぁ、今日もおはようと言ってくれる声がかっこよすぎる。晴れた空や温かい気温にもまったく左右されないクールなところも好き……!どうしよう、なんだか毎日かっこよくなってる気がする。クレちゃんには「そんなに人は進化しない」と言われたけれど、これだけは譲れないわ。
そんな煩悩まみれの私を優しく見つめてくれる彼は、自然な所作で手を繋いでから言った。
「レヴィンには来るなと言われたんだろう?まともに講堂に入ると目立つけど、どうする?」
「ふふっ、大丈夫なの!講堂の二階席からこっそり観られるように、ジニー先生に手配してもらったわ」
サレオスのタイが、進級に伴って青から黒になっている。青いのはもちろん、私がもらったわ。強奪したわけでも盗んだわけでもなくて、ちゃんともらいました!
ふふふ、これくらいは素直に言えるようになったのよ。
思い出しキュンで幸せに浸っていると、ヴィーくんが「全然ちゃんと言えてませんでしたよ」と突っ込んできた。
あれ、そうだったっけ?三日前の一年生としての最終登校を思い出す。あったかくなってきた中庭で、ベンチに座ってのんびりしてたときにちゃんと言ったはず……。
『サレオス……それなんだけど……』
『それって、コレか?』
『そう、タイ……使わなかったら、もういらなかったら、捨てるくらいでもうどうでもいいかなーとか思ってたら、その、あれなの』
『?』
そうだわ、ストーカーと思われたらって心配して何も言えず仕舞いで。ひたすら無言で俯いてたら、結局サレオスが苦笑いしつつ私の右手首に青いタイを結んでくれたんだった。
くぅっ……私の気持ちを汲んでくれるなんてカッコよすぎる。収集グセがあってすみません。
思い出すとあのときのキュンが込み上げて悶えた。
サレオスと一緒に講堂まで来ると、こっそりと裏の搬入口から中に入った。なんとしても、レヴィンが首席入学で挨拶するのを見届けなくてはいけないわ!しかも今年はあの子一人らしい。本人にとってはシーナとデートするためだけに勝ち取った首席入学だけど、学園もまさか色ボケからの飛び級&首席だとは思うまい。
私たちは事前にジニー先生から聞いていたように、すでに関係者がたくさん集まっている二階席にこっそり上がっていった。バレないように、目立たないように……ってサレオスがいると黒髪が目立つことを失念していた。
結局、新入生が入場してきたときに、レヴィンとばっちり目が合ってしまった。
向こうも外ヅラ全開の笑顔で、もちろん私もふふふと令嬢モードで笑ったままだったけれど、心の声は思いきり聞こえたわ。「なんで見に来てんだよ」ってね。
はっ!?レヴィンの近くに、セシリアの弟さんのロニーくんもいるわ!はぁぁぁ……やっぱり遠目で見てもかわいい。同じクラスみたいだし、どうにかしてレヴィンとお友達になってくれないかしら。今度会ったら頼んでみようっと。
ちなみにサレオスはずっと寝ていた。
入学式には興味がないらしい。
私がここぞとばかりに肩に寄りかかると、一瞬だけ起きた感じはしたけれど、すぐに私の左手を握ってまた寝てしまった。不意にきたキュンであやうく咳き込みそうになったわ。
レヴィンの代表挨拶のとき以外は、ずっとサレオスの寝顔を堪能させてもらいましたよ。はぁ……好き。お嫁さんになりたい。最近、気づいたのよね「愛しい、で人は萌え死ねる」ってことに。好きな気持ちが大きすぎて困るわ。
でも年末からの一連のことを考えると、随分と進展した気がする。
あの求婚を受けずに済むようにサレオスが色々と動いてくれたし、何と言っても一緒のベッドで眠ったし!この際、寝込みを襲われなくて女としてそれはどうなのという懸念はポイっと捨てておく。
このまま一緒にいたら、もしかして卒業する頃には国に連れて帰ってくれるかも!?うきゃぁぁぁ!婚約とか、結婚とかできるの!?どうなの神様!
あれからお父様は少しだけ態度を軟化してくれて、婚約の話題は口にしないものの「サレオス殿下によくしてもらいなさい」と謎の言葉を泣きながら言われた。よくしてもらうってどういうことかしら?もう十分よくしてもらってるのに……ただ、お父様がしくしく泣いていたから詳しくは聞けなかったわ。
あ、でも「トゥランの建国式典に行くのは許可できないからね」って言われちゃった。私がサレオスにおいでって言われたこと、どこで知ったんだろう。まぁ、お母様が「私も行こうかしら」って笑ってたから大丈夫よね!
式典用に私の新しいドレスを作るんだってはりきってたから、お母様の中では行くのが決定なんだろうな。
ドレスといえば、サレオスと結婚できるとして、どんなのが好みだろう?紺色のドレスを作ってしまっていいのかしら!でも似合うと言ってくれた赤系の色もいいな。
ちなみにアガルタでもトゥランでも、結婚式だからといって白いドレスを着るという文化はない。黄色や紫、水色など淡い系のやさしい色味のドレスを着る花嫁さんが多いけれど、これといっての決まりはなく自由だ。
そういえばクレちゃんの結婚式のドレスを相談しているとき、私が純白のドレスを提案したら一蹴されちゃった。
『せっかく痩せたのになぜ膨張色を選ばなきゃいけないの……?』
あのときのクレちゃんの言葉には説得力があったわ。ダイエット疲れなのか、目がいつになく鋭かったもの。がんばって痩せたから、膨張色は選びたくないっていう気持ちはわかる。でも見たかったのよね~!
結局、淡い緑とブルーで迷って、テーザ様が好きな方にするっていうことになったんだけど、いざお仕立てにまわすときにはこの二色に加えてピンクと深紅も増えていた。お披露目などもあって、クレちゃん本人の知らないところでさらに10着以上ドレスは増えるらしい。王弟の結婚って大変なのね……。
でもクレちゃんたら、「マリー様のときはもっとたくさん作るわよ」と恐ろしいことを言っていたような。いっそのこと、半分くらい紺色と黒にしてしまおうかしら。あれ、魔女っぽくなる!?やっぱり白にしようかしら。
監禁してくれるならそんなに衣装はいらないかと思いきや、飽きられるのを防ぐには多少おしゃれが必要よね。これはむずかしいわ、監禁生活を長続きさせられる方法が書かれた本ってあるかしら?あとで探しにいかなきゃ。
はっ!私ったら図々しくも監禁生活を想像するなんて!ダメだわ、そんな高望みはしないでまずは普通の結婚をイメージしないと。
そのあと入学式が終わるまで、私は繋いだ手をときどき見てはニヤニヤして、婚約式や結婚式の妄想に浸って過ごしてしまった。




