後始末です
「本当にすまなかった!勝手をしたことは心から謝る!だから二人とも、戻ってきてくれ」
私とお母様に向かってキレイな二つ折り謝罪を見せるお父様。私たちは今、トゥランの公館で私が借りている客室に三人でいる。ソファーに座り、腕組みをして座るお母様が仁王立ちに見えるのは錯覚なのかはたまた……。
勝ち誇った笑顔を浮かべるお母様は、恐ろしいほど尊大な態度で、そして美しい。あれ、レヴィンって外側はお父様だけど、中身はお母様なのかしら?
サレオスは気を利かせてくれて、「家族三人できちんと話をした方がいい」と席を外してくれた。私は一緒にいて欲しかったけれど、お父様が拗ねてまたサレオスに失礼な態度をとると困るから言う通りにしたのだ。
まだ怒っている私だけれど、お父様に対して聞きたいことがあるのでとにかく質問を急ぐ。
「お父様、顔を上げてください。さっきのアレは一体なんですか」
娘の厳しくも呆れた声に肩をビクッと揺らしたお父様は、イケオジ要素が行方不明になっている。そして膝の上に置いた両の拳にぐっと力を入れ、見たくもない半泣きで白状した。
「あ、あれは……知らん!大臣なんぞやってるとしょっちゅう来るんだあぁいうのが」
しょっちゅう来るの!?
「悪いことをやってるかといえばそこは聞くなとしか言えんが、捕まるようなことはしてないし怨みを買うことは貴族にはよくあるし」
あ、開き直った。
「とにかく、サレオス殿下のことを罵ったのに自分に刺客が来て反省しています!ごめんなさい!」
もうため息しか出ない。私はお母様に視線を移すと、同じくため息を吐いていた。まぁこんなことを根掘り葉掘り聞いてもどうしようもないので、さっさと次の本題へと移ることに。
「隣国に私を嫁がせたくないのはわかりますが、よりによってなぜアリソン先輩だったんですか?卒業パーティーのエスコートを勝手に受けるなんてひどいです!」
私の目を見つめてどうにか弁明しようとしているお父様だけど、怒り心頭の私を見て早々に断念したようだった。半泣きどころかもはやリアルに泣いている。涙がうるうるしている顔を見ていると、追いうちをかけるようにさきほどのダサい姿が脳裏に浮かぶ。
「ノルフェルトの息子は……近頃はすっかり心を入れ替えたようで、しかも冷静な目で見れば優秀だった。研修後に全部門から欲しいと手が上がったのは、宰相の息子だからというだけではないだろう。
それに友人の息子だし、あそこの母親は穏やかでぼんやりした女性だから、結婚後もマリーがいじめられることはないと……」
そんなことまで考えてたの!?
過保護もここまでいけば見事ってそんなこと思ってる場合じゃない。
「それにあいつは、何と言ってもマリーに惚れている。男が本気で惚れた女を嫁にして、大事にできないことはないと私が一番知っている」
お父様の言葉に、お母様がため息を盛大に吐き出した。
「だとしても!アランはやることが強引なんです」
「うっ」
「まわりが見えなくなるというか、そもそもマリーちゃんはサレオスくんじゃないと嫌だって言ってるのよ?想う相手がいなかった私のときとは状況が違います。そんなこともわからずに愚かしいにもほどがあるわ」
お母様に正論を突きつけられ、お父様は膝の上で拳を握りしめ、がっくりと項垂れてしまった。
「だから反省したんだよ……暗い寝室に手紙一通が置いてあって、しかも内容が『後妻にはヴェルマ夫人を』って」
お父様の元・婚約者のヴェルマ様は、確か今は伯爵家の未亡人で、イケメンならとにかく誰でもいいっていうアグレッシブな方だ。お子さんが五人いるけれど、父親が誰なのかわからないっていう……。夜会で会うたびに、未だにお父様に色目を使ってくるイケイケ美魔女なのだ。
「ヴェルマ夫人ならあなたとお似合いではなくて?顔さえ良ければどんなあなたでも受け入れてくださいますよ?」
「やめてくれ!私にはメアリーしかいないんだ!どれほど愛しているか知っているだろう!?」
お父様の懇願は続く。
「それに!おとといからリュックが毎夜襲撃してきて……!」
出た。おじいさまの冒険者仲間のリュックさんは、60歳を超えた今もピチピチのTシャツにホットパンツで年中過ごす、露出度の高い筋肉おじさんだ。金の短髪で彫刻みたいな顔立ちで。
あ、そういえば冬はロングコートを着ているときがあるわね。昔「セーターとか着ないの?」って聞いたら、「なぜかな?マリーは不思議な子だね」って言われたの。いやあなたの方が不思議なんだけどって思ったわ。
お母様のことを自分の娘のようにかわいがっていて、お父様から引き離すチャンスを虎視眈々とうかがっている人なのよね。いい人なんだけどお父様にだけ厳しい。
きっとお母様が手紙でも出したんだわ。嬉々としてやってくるのが眼に浮かぶ。大鎌を持った露出度の高いおじさんに毎夜襲撃されたら、大抵の人は心が折れるわね。
「本当にすまなかった!私が悪かったから、二人とも許してくれ!」
「ふふふ、私はトゥランで再婚相手を探そうかしら」
「メアリー!」
平謝りするお父様に、着実にダメージを与えていくお母様。私はしばらく黙って二人を眺めていたけれど、さらなる質問を続けた。
「あの、お父様。アルベルト生徒会長のことは?」
「マリーを好いているとは知らなかった。それほど親しいとは思っていなかったからな」
あ、うん。私もまさか好かれてるなんて微塵も思ってなかった。たかだか一人の後輩に過ぎない私に、なんて優しい人なんだろうって思ってたけど。
「アルベルトも優秀で、何より次男だし……ものすごく心は揺らいだがマリーが望まぬなら仕方がない」
どうやらわかってくれたみたいで、私はほっと胸を撫で下ろす。でもお父様は、真剣な表情で私をまっすぐに見つめて言った。
「だからといってサレオス殿下に嫁ぐことは……今すぐには了承できない。どうしてもマリーを遠くにやりたくないんだ。何かあれば、すぐに顔の見える場所にいてもらいたい。それは、今も変わらない私の本心だ」
「あ、お父様、それはとっくに知ってます」
「あなた、情に訴えかけるのが遅いわ。完全に悪手よ。最初にそこから始めればまだチャンスがあったかもしれないのに、バカね」
妻と娘に容赦なく口撃され、お父様はまたしても完全に項垂れた。もうイケオジでも大臣でもなんでもないな。ただのしょんぼりしたおじさんだわ。
その後しばらくお母様によるお説教タイムが続き、あまりに長くなりそうだったから「続きは帰ってから」と言ってその場を収めた。
 




