お迎えがきました
お昼前、私たちが公館の近くまで戻ってくると一台の馬車が後ろから追い抜いていった。
そして数十メートル先で急停車すると、馬車の中からとてつもない悲壮感を漂わせたお父様が飛び出してきた。長ランみたいな外務の黒衣のままだから、早朝に出仕してすぐこちらにきたんだろう。
「マリィィィ!!!」
はっ!このまま突進されたら間違いなく抱きつかれて潰される!危険予知センサーが働いた私は、さっとサレオスの後ろに身を隠す。
それを見たお父様は私たちの少し手前でピタリと止まり、しばらく呆然と立ち尽くしていた。私を抱きしめようと伸ばしていた手が行き場をなくして淋しげだわ。
「…………お久しぶりです」
私たち親子に挟まれてしまったサレオスが、仕方なく口を開く。防波堤にされてしまった彼はどこか遠慮がちに、どこか申し訳なさそう。
でもお父様はキッとサレオスを睨みつけ、敵対心を露わにした。
「久しぶりですよ、ええ娘に会うのが久しぶりですよどなたかのせいで!」
うわっ、怒ってる。でも不敬だからお父様、相手は隣国の王子様だから。
私はサレオスの後ろからひょこっと顔を出して、鬼の形相のお父様を観察する。
しかし私と目が合ったお父様は、急に優しい声色と表情で早口で捲し立てた。
「マリー!父様が悪かった、頼むからメアリーと一緒に帰ってきてくれ!ノルフェルトにもオーエンにも婚約の話は保留にしてもらった、というかなかったことにしてもらったから、マリーが結婚する必要はないよ!大丈夫だから戻っておいで!」
あまりに懇願されたので、私は仕方なくサレオスの隣に並んで姿を現した。詳しく話を聞くと、妻と娘を人質にとられたというか家出されてしまったお父様は、例の婚約申込みをいったん保留にしたらしい。
もともと、アリソンの求婚に関してはノルフェルトの叔父様が二つ返事で「マリーちゃんなら嫁に歓迎だよ」と言ったらしいけれど、生徒会長の場合はそもそもオーエン公爵家との交渉の席を用意する前だったので、正確にいえばまだ申込みでも何でもないらしい。ただ、昨日お父様に会った生徒会長は、絶対に親を頷かせてみせると宣言したという。
その話を聞いたとき、なんとも言えない気持ちになった。だって生徒会長、運命の女性は絶対にキャサリン先生だからね?私じゃないからね?
さすがに72歳じゃ年が離れているか、と思いながらも何で私を好きになったんだろうと謎は深まる。
しかも、このたった四日間のうちに先輩の妹がオーエン家の長男、つまり生徒会長のお兄様に嫁ぐという話まで持ち上がっているらしく、そんな中で私という一人の娘を両家の息子が取り合うのは関係性の悪化につながるということで、互いの出方を見るように仕向けたという。
家同士のお付き合いって大変だわ。ちなみにこの縁談の出所はお父様じゃないらしいから、イリスさんが主犯と思われる。
「とにかく、そういうことだから一度タウンハウスに戻ってきなさい!」
延々と続きそうな立ち話に終止符を打つかのように、お父様が語気を強めた。
私は仕方ないかなと思い、それに従うつもりで一歩前に出ようとするが、続いたお父様の言葉にカチンときてしまう。
「何より……命を狙われるようなお人の元に居させるわけにいかん。サレオス殿下、今後はうちの娘に近づかないでいただきたい」
「はぁ!?」
何てひどいこと言うの!?唖然とする私を見ながら、お父様はさらに続けた。
「後ろ暗いことばかりしているから刺客になんか狙われるんだ!マリー、王族なんてものはな、きれいな世界じゃないんだ。そんないかにも娘受けしそうな顔立ちで純真なマリーを騙しているが、どうせとんでもない悪行に手を染めてるんだよ」
言い掛かりがすごい!?裏路地で親子ゲンカ勃発のゴングが鳴る。
「サレオスはそんな人じゃないわ!優しくて私のことを大事にしてくれるもの!」
拳を握りしめた私はお父様に対して全力で言い返す。でもそんな真剣な想いを鼻で笑ったお父様は、聞く耳を持とうともしない。
「はっ、マリーは世間知らずなんだ、騙されてるんだよ」
そんなことないもの!私はサレオスの腕を掴んで絶対離れてなるものかと態度で示す。
「だいたいね、何も知らないお父様にそんなこと言われなくないわ!
サレオスは領民のことも考える優しい人だし、自分のことよりも国やお兄様を優先するような人なんだから!勝手な思い込みでサレオスを悪く言わないで!」
私は観察日記をつけるほどサレオスのことを見まくったのよ!そんな私よりお父様の方が彼を知ってるわけないじゃない!
サレオスは大声で叫ぶ私を宥めるように、肩にそっと手を置いた。
「いいんだ、マリー。本当のことも一部ある。言えないような悪行だってやってる……主にイリスが」
イリスさーん!何してるんですか!?
「確かに俺が生きてきた世界は……それにこれから生きる世界だって決してキレイなものじゃない。それは事実だし、変えられない。だから父君の言うことは間違いではない」
私は肩に置かれた大きな手を、自分の両手で包み込んで訴えた。
「でも命を狙われるなんて、もうそんな危ないことはなくなるんでしょ?叔父様が、前より随分とマシになったって言ってたもの」
そうよ、きっとそのうち……ってあれ?サレオスが不自然に視線を逸らしている。え、待って、狙われるのはずっと変わらないってこと?
私が首を傾げていると、勝ち誇ったようにお父様が笑った。
「ほら見ろ。そんな危険が伴う人間のそばにマリーは置いておけない。さっさとその手を離して帰ろうマリー」
お父様を睨む私は、絶対手を離してなるものかと唇を噛んだ。
するとそのとき、サレオスが急に私を自分の背後に隠し、突然に鋭い空気を放つ。
「え?」
訳もわからず彼の背中に埋もれる私は、ここでようやく周囲に怪しげな男たちがいることに気づいた。
黒ずくめの服を纏い、薄い布で頭を覆って眼だけが怪しく光る男たち……どこからどう見ても暗殺者よね!?
お父様は深いため息をつき、やれやれと言った感じで襲撃者たちに向かって言った。
「うちの娘には手を出してくれるなよ」
そして言い終わるとほぼ同時に、一番近くの男の顔面を蹴り上げた。
えええええ!?お父様って火属性魔法で焼き払うタイプじゃなかったかしら?あ、こんな街中だと火事になっちゃうから素手なのか!
私が動揺しているうちに、サレオスも次々に男たちを紫の靄で捕らえていく。……何かしら、このものすごく悪役っぽい感じ。私の中では勇者なのに、いかんせんやり方が魔王っぽいのはなぜ?
「もらったぁぁぁ!」
ーーキィン
一人の男が鋭い剣でお父様の頭部に狙いを定めて突きを放つも、それを護身用の短剣ですぐに弾き返すお父様はイケおじだった。戦ってるところは初めて見たけど、こんなに強かったんだと衝撃を受ける。
それにしても。
さっきから、いえ、最初から薄々気づいているけれど…………この人たち、お父様に集中して攻撃してない?
サレオスも気づいているようで、私にそれを見せまいと決して前に出さない。
うん、これ絶対お父様に来た刺客よね。私は半眼でお父様を見守る。
「アラン・テルフォード、死ね!」
あ、おもいっきり名前言われた。
お父様もぎょっとした顔をして、ちらりと私の方を確認する。いや、よそ見しないの。娘に気づかれたかな、なんてチラ見しないでカッコ悪い!
しかしお父様はここでまさかの攻勢に出る。ついに最後の一人となった暗殺者を拳が見えないほどの速さで殴りつけ、すでに倒したにも関わらず胸ぐらを掴み上げて尋問し始めたのだ。
「おのれ、サレオス殿下への刺客だな!?」
え、お父様なにを言ってるの?
「サレオス殿下に何の恨みがあるんだ!言えこの野郎!」
お父様ぁぁぁ!めちゃくちゃ卑怯!さっきあれほどサレオスを罵っておいて、まさか自分に刺客が来ましたとか言えないからって、サレオスの刺客と偽るなんてありえない!
「ダサっ」
私の本音がぽろっとこぼれ落ちる。ボコボコ殴りながら無茶苦茶なことを言うお父様の姿は、娘としてあまりに恥ずかしくて俯いてしまった。暗殺者を脅迫する父ってなんてダサいのかしら。
「マリー……見るな」
サレオスが私の肩を抱き寄せて、前が見えないようにしてくれる。うん、もうなんか残虐なシーンを見せたくないみたいになってるから。
「あの、テルフォード様、もうそのあたりで」
「イリスさん!」
ダサすぎる現場にストップをかけたのは、公館から駆けつけてきたイリスさんだった。
私はゆっくりとお父様の方へ近づいていき、その肩をポンと叩いた。そして持てる限りの笑顔と愛想で、静かにお父様を脅してみる。
「これはどういうことかしらお父様」
うふふふ、と笑う私にお父様は決して目を合わせない。あははは、と乾いた笑い声が静かに漏れ出ていた。




