それぞれの恋
サレオスがくれた栞は、寝室に額縁に入れて飾ることに。エリーは一度くらい使っているところを見せた方がいいと言っていたけれど、ちょっと気分が乗らないわ。汚れたら困るもん!
せっかくのプレゼントなのにって言う人もいるかもしれないけれど、あれは私にとってはプレゼントの域を超えて贈呈品なのよ!
オリンピックのメダルよ! メダル持ち歩く人なんていないでしょう!?
◆◆◆
休講になってしまった自習時間、私はシーナと一緒に屋上にいた。
屋上といっても建物が二階建てだからそれほど高さはない。ここからよく見えることに気づいたシーナがイケおじ用務員さんから鍵をもらって場所を確保したの。なぜってシーナが男子のバスケットボールを見たいと言ったから!
「あ! フレデリック様が決めた! やっぱりかっこいいいい!」
屋上の柵をつかみ、シーナはきゃあきゃあ言っている。
「シーナ、今からでもフレデリック様と仲良くすれば?」
せっかく私たちと仲良くなったのに、フレデリック様が来るといつもシーナはいなくなる。あんまり近づきたくないみたい。
「いや~、あれは観賞用よ。あ! ほら、もうすぐサレオス様が出てくるよ! よそ見してないで眼球が飛び出るくらい目をこじ開けて見てマリー!」
うん。大丈夫よ。私、サレオスが絡むことになると視力五・〇だから。はぁ……なんで遠くから見ても、どれがサレオスかすぐわかるんだろう。あ、黒髪だからじゃない? ってのはナシで。
「あわわわわ、うひゃぁ! ああああ!」
「マリー、うるさい」
あまりに早い動きに、見てる私が緊張する! かっこいいいい!
ぐっ……! 気を抜いたら精神を全部持っていかれそうだわ!
ただ、サレオスとフレデリック様が同じコートにいると、まわりの空気もピリピリしてる。ダブル王子はだめだな、周囲の男子の動きが硬いよ。仕方ないけれど。
「ねぇ、マリーは好きって言わないの?」
「ひうっ!? 好きって、言うの!? 無理よ言えない、お嫁さんにして欲しいなんて!」
あ、シーナが首を傾げてる。そっか、シーナの家は男爵家でそんなに貴族らしくないものね。
「その、侯爵家だと『好き』って言うともうそれは『結婚したい』になるのよ。私に好きって言われる人は、負担がなかなか大きいというか、私は重い女なの。生まれながらに」
サレオスに対する気持ちが重いのは認めよう。ただし、重いのは気持ちだけじゃないのだ。
「ええ~、じゃあ向こうから言ってくれるの待つの?」
待つって……言ってくれること前提!? そんな未来くるのかな。
「う~ん。今まで考えたことなかったけれど、よく考えたらサレオスからっていうのも私以上にないんじゃないかな。だって王子だし」
「そうね。王子だもんなぁ」
「うん。忘れがちだけど王子なの。え、ほんとにどうしよう。思ってた以上に面倒なんだね私」
「マリーは何かそういうの全部ぶち壊していきそうだけど?」
「簡単に言うわね~。だいたいサレオスが私のことを好きになってくれなきゃ何も始まらないじゃない。今はとにかく仲良くなりたい」
私がため息交じりにそういうと、シーナは半笑いで見つめてきた。え、なにか言ってよ。にやにやして……かわいいな! さすがヒロイン! 細胞レベルで贔屓されてるよこの子。
そういえばシーナは好きな人いないのかな?
「ねぇ、シーナはどうなの? 付き合ってる人とか好きな人」
「気になる人はいるんだけど……。引かない?」
え、なに、やばい人なの?私は心配になってシーナの瞳をじっと見つめた。
「この学園の人?」
「まぁ、そうね」
「はっ! まさか……用務員さ」
「違う。それは、ない」
なんで力一杯、否定するかな~。いいと思うんだけどなー。
「実はね……ジニー先生が好きなの」
え。まさかの先生!? ん? ジニー先生って誰だ。
私は記憶をおもいきり掘り返してそれらしき先生を探した。
あ、あの人だ。入学式の日に、フレデリック様と初めて会ったときにいた先生!
「シーナ、ジニー先生って何歳? 若いよね多分」
「二十七歳だって。彼女はなし、実家はわりと裕福な子爵家で二男。担当教科は経営学と魔法基礎。ネクタイはだいたい青かグレー、食堂ではだいたい日替わり定食を食べているわ」
この子いつのまにかストーカーに? わかるわ、恋する乙女はだいたいストーカーよね!
健気じゃないの! ひとりでこんなに調べて。
「最近上がってきた報告書によれば」
「ちょっと待って! 誰に調べさせてるの!?」
「誰って興信所に」
うわ。この子、できる子だわ! プロの手を借りて堂々と調べていたのね。
「卒業したらプロポーズしようと思って。家族にはすでに話してあるわ」
しかも計画性がすごい。根回しもやってるね!
「あとは付き合うだけなんだけど……手詰まりです」
えへっ、って語尾につきそうな感じでかわいくまとめたけど、結局のところ外堀だけ埋めまくって中身は空き地なんだね!
この日、私はシーナの恋を応援すると約束して友情を深めた。




