おまけ
馬車に乗り込む前、サレオスの目の前にはイリスの姿があった。目を細めて睨むと、寝不足な顔をまじまじと見られて苛立ちが湧く。
「そんなに寝られないくらいなら、最初から別室で眠ればよかったんですよ」
「……うるさい」
「でもよかったですよ主人が我慢強いタイプで。既成事実でも作ろうものなら、侯爵の説得がますます大変ですから」
深いため息をついたサレオスは、無視して馬車に乗り込もうとする。しかしそのとき、背後から笑いを含んだ声が投げかけられた。
「マリー様には、別室にもベッドがあるというのは黙っておきますので大丈夫ですよ。まぁそもそもこの広さでほかにベッドがないのもおかしいですが」
「おまえ盗聴でもしてたのか」
「いいえ?あなたのことですからマリー様の良心につけこんで、自分はさも長椅子で寝るようなことを言ったんでしょう」
「……」
「ぷっ……」
笑いを堪えている従者に、苛立ちはピークに達した。
「おまえの部屋、全部凍らせるぞ」
その夜、本当に一室まるごと凍っていたことはイリス以外に誰も知らない。




